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薔薇に棘はあれど、茨邸の魔女に棘はあらず  作者: 卯野瑛理佳
EP1.茨邸の魔女と失踪の王女
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12.敵地潜入

わたし=アリソン・ヒューズとエイデン、オスカー王子、人間の姿に戻ったマリッサの4人は、この日最終の馬車でフラワーリングの外れへと移動した。そしてわたし達は、茨邸で作戦会議を行った。


戦地へ行く準備を整えたわたしは、集合場所にした玄関に早めに来て蝶々の髪飾りを眺めていた。それはダグラス邸に食事に行った際にロッテに貸した物で、彼女からは返してもらえなかったものだ。それをマリッサがダグラス邸近くの道で拾ったらしく、わたしに渡してきた。


マリッサは「私がプレゼントしたもの、ぞんざいに扱わないで」と、意地悪く言いながら渡してきた。でもその意地悪さはわたしを元気づけるためにわざとしてきているように感じて、嫌な気はしなかった。


わたしは髪飾りを左胸のポケットに仕舞った。お守り代わりに身に着けていたいけれど、これは先日ロッテが着けていたものでそれをダグラス母子は見ている。覚えていたら警戒されてしまうから、見えないところに仕舞っておくのだ。


わたしはエイデン、オスカー王子、マリッサと共に茨邸を出ると、東の方へと移動する。10分程歩いてダグラス邸が見えてきたので、そこでわたしは3人と別れる。


わたしはダグラス邸の門扉の前に立つ。何も知らずにロッテと2人で訪れた時は思わなかったけれど、今はその門扉が大きく恐ろしいもののように感じられる。

わたしが呼び鈴を鳴らすと、以前出迎えてくれた壮年の執事が応対してくれた。わたしは夜遅くに申し訳ないと告げたうえで、大切なものを失くしたようなので探させてほしいと告げる。執事はモーリー婦人に確認する旨を告げ、邸宅へと戻っていく。そして数分後、執事はモーリー婦人と共に戻ってくるとわたしをダグラス邸へと迎えてくれた。


わたしは親し気に話しかけてくるモーリー婦人に返事をしながら、ダグラス邸の廊下を進んだ。道中色々な部屋の扉を開けて覗きたい衝動に駆られたけれど、それを堪えてダイニングへと移動する。


「ありがとうございます。あとは一人で探しますので、お気遣いなく」


わたしがそう答えると、モーリー婦人はどこか名残惜しそうにしながら去っていった。執事は残ろうとしていたけれど、モーリー婦人に何事か囁かれて一緒に退室する。


わたしは辺りを探すふりをするけれど、それは1分も満たない短い間の事。モーリー婦人と執事の気配がなくなったのを確かめると、そっとダイニングを出る。そして、階段に向かって一目散に駆け出した。ダイニングは2階にあるから、まずは1階に降りてそこの窓のカギを開けないといけない。


わたしは運動音痴なりに精一杯走って、何とか誰にも遭遇せずに1階へとたどり着いた。そして裏路地に面した窓を探そうとした時だ。――後ろから口に布を当てられる。ツンっとするようなアルコールの匂いが鼻腔を刺激する。そう感じた刹那、ぐらりと視界が揺れてわたしの思考回路はショートした。




◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆




目が覚めると、天蓋が目前に広がっていた。半身を起こすとそこが寝室であることに気づく。わたしはどこかのベッドの上で寝ていたのだ。――何をしてたんだっけ。


「おはよう。寝顔もかわいいけど、やっぱり君は起きてる方がかわいいね」


声がした方を見ると、そこにはダグラス卿ことディラン・ダグラスがベッドの脇に立っていた。ダグラス卿は徐に着ていたパジャマを脱いで、パンツ一丁になる。――逃げなきゃ。そう思ったけれど、蛇に睨まれた蛙のように動けない。


「いい? 見ててね」


ダグラス卿はベッドの横に置かれた水差しを手にすると、自身の頭上へと移動した。そして、中身を自身に掛ける。すると白い光が彼の全身を包み、その光が止むとカエルに変化していた。わたしはカエルは好きでも苦手でもないけれど、大きさが人間と同じくらいあるとさすがに気味が悪い。


「わー! アリソン! やっぱり、君なんだね!!」


カエル姿のダグラス卿は、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。その拍子にパンツが脱げてしまう。それでもお構いなしで、ダグラス卿は飛び跳ね続ける。


「ママはね、美魚族なんだ」


うん。知ってる。


「だからね、僕は半獣なの」


うん。それも知ってる。


「ママみたく人魚の姿ならカッコいいのに、僕はなんでかカエルでさ。花嫁候補の女の子達、みんな怖がるの」


ダグラス卿はベッドへと飛び乗ってくる。


「だけど、アリソンはありのままの僕を受け入れてくれたね」


う、受け入れているというか。正体を知ってたから、驚かなかっただけよぉ。


「ママの言うこと聞いてロッテを花嫁にしようとしたけど、あの子は外れだった。僕を見た瞬間に悲鳴を上げて、逃げようとするの。やっぱり、アリソンが正解だったんだね」


ダグラス卿はベロンと舌を出すと、わたしの顔を嘗め回した。ひぃっと声が漏れる。それでもダグラス卿はわたしの顔を嘗め続ける。

あ、ダメ? 悲鳴上げてあからさまに拒絶しないと伝わらないの?


「ひぎゃあああああああああああああああああああ」


わたしはわざと大きな声を上げながら、ダグラス卿を突き飛ばした。すると全身が水に包まれ、緩やかな眠気に襲われる。




◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆




「――ソン、アリソン」


名前を呼ばれて目覚めると、目の前にはシャルロッテ・パーカー=ロッテの顔があった。ロッテは心配そうな顔でわたしを見ている。


「大丈夫? 痛いところはない?」


ロッテにそう尋ねられて、わたしは静かに頷いた。どこかから別の少女の声がして「友達?」と、ロッテに尋ねる。ロッテは「そうだよ」と答えた。

わたしはロッテの無事を確認し、ホッと胸を撫でおろした。どうもあのダグラス卿の様子だと、ロッテの貞操を犯すことすらしていないようだし。


安心したわたしは、周囲を見回した。日本で言うと学校の教室くらいの広さがあるこの部屋には、わたしとロッテの他に数十名の少女がいる。ランタンの明かりはあるものの窓のない部屋は薄暗く、遠くにいる少女達の表情はよく見えない。

わたしは助けを求めようとエイデンの名前を呼ぶけれど、近くにいる名も知らぬ少女に止められた。どうやらここは防音設備のきちんとした地下らしく、どれだけ叫んでも外の人間に声が届くことはないとのこと。


わたしはただ、エイデン達が助けに来てくれることを祈るしかできない。




☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆




「この子はアリソンよ。仲良くしてあげてね」


お師匠がそう紹介してきたのは、天然でクロウブラックの髪とブラッディレッドの瞳をした女の子だった。取り立てて容姿が優れているわけでもないその子だけど、「茨邸の魔女」の素質が感じられるその色合いがとてつもなく羨ましかった。――そして同時に、とても妬ましかった。


その子は初めこそ魔法が使えなくて、何のために茨邸にいるのかわからなかった。だけど、怪我をしていたという飛竜族を救った末に契約をしたらしく、気づいたら火の魔法を使えるようになっていた。

火は風に強く、でも水に弱い。だから相関関係で言えば美魚族である私の方が明らかに有利で何度もあの子の火を消してやった。けれど、お師匠からの評点が高いのはあの子だった。――お師匠も火の魔女だから優遇してるのかなって。卑怯だなって思った。


私は歌うことが好きだった。歌が得意なのは美魚族の証のようで昔は嫌いだったけれど、歌が得意な彼のおかげでこの歌声も愛おしく思えるようになった。――だから、茨邸に来てからも誰にも聞こえない場所で一人歌を歌うこともあった。

それをその子に聞かれてしまい、私はしまったと思った。美魚族の歌声は人間を狂わせ船を難破させるというから、人間はこの歌声を嫌うという。だからその子に拒絶されることを覚悟した。――けれど、彼女はこう言った。


「マリッサは歌が得意なのね。色とりどりの花が咲いたような、色彩感のある歌声。もっと聞きたいわ!」


その詩的な表現が何を言っているのかちょっとわからなかったけれど、「もっと聞きたい」ということは褒めてくれているんだろうな。陽だまりのように笑う笑顔を見て、その子のことが少しだけ嫌いではなくなった。


結局、第130代茨邸の魔女を継承したのはその子だった。それが憎らしくて腹立たしくて意地悪もしたからか、私が茨邸を巣立ってからは関わってこなくなった。そして、何人もの友達に囲まれている。――やっぱり、私はその子のことが大嫌いだ。




「マリッサ、どうだ?」


「やっぱり、鍵が開いてないわね」


私はエイデンとルイスと名乗る男と一緒に、ダグラス邸の敷地内に侵入した。裏道に面している窓を開けようとしているけど、鍵が掛かっていて開かない。約束では、エヴァが開けているはずだけど。


「何かあったのか?」


エイデンは歯がゆそうに壁を叩く。――ああ妬ましい。私には、こんな風に心配してくれる人がいるのかしら。

でも、今はそんなことを思っている場合じゃない。私は二人を窓から離れさせると、水の魔法の詠唱を始める。詠唱が終わると手のひらから細い水が飛び出し、窓ガラスへと突き刺さる。私はその水で窓ガラスに円を描き、その形にくり抜く。そしてくり抜かれた隙間に手を入れ、窓の鍵を開ける。


私達はその窓から邸宅内に忍び込んだ。足音を立てないよう細心の注意を払いながら進み、一室一室を確認していく。どこにも女の子達の影は見えない。1階の捜索を終えて、2階に移動しようとした時だった。


「お転婆が過ぎましてよ。姫君」


不意に呼び止められて振り返った。そこに居たのは、モーリー・ダグラスだ。その陰に隠れるように、ディラン・ダグラスの姿も見える。


「あら。私が王家の者とご存じでしたの」


「シアーズと言われれば、美魚族の者なら誰だってわかるでしょう」


それはそうだ。隠すつもりは毛頭ないからいいのだけれど。


「女の子達はどこにいるの?」


「何のお話かしら」


モーリー・ダグラスはとぼける気らしい。――そう。そちらがその気ならこっちも容赦はしない。


美魚族の乱心は私が止めなければいけない。

王家との縁は切れてしまったけれど――美魚の姫として。


私は二人の男の前に立ち、水の魔法の詠唱を始める。すると、モーリー・ダグラスも水の魔法の詠唱を始める。私が水の龍をモーリー・ダグラスの方に放つと、モーリー・ダグラスが生み出した水の龍がそれを迎え撃つ。私は魔法に集中しながら、二人にアリソン達を探しに行くように促した。


ルイスは戸惑っていたものの、エイデンに連れられてこの場を離れた。そして、モーリー・ダグラスの後ろにいたディラン・ダグラスもどこかへと移動していた。




◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆




わたしは大きな鉄の扉の前に仁王立ちになり、どうすべきか悩んでいた。どうも鍵は外側からかけられているらしく、押そうが引こうがびくりともしない。心配性のロッテがモーリー婦人が戻ってきたら怒られるから座ってようと言ってくるけれど、わたしはそれを無視して動き回っている。


魔法を使えば鉄の扉を溶かせそうだけど、アリソンの姿のままでは魔法は使えない。エイデン無しでは無力な自分が腹立たしい。


「ねー。余計な事しないでくれる?」


わたしが振り返ると、ちょっと不良っぽい少女が睨みを聞かせていた。


「あたしはここに居たいんだよ。あの美魚の怒りを買うようなことしないでよ!」


どうも、モーリー婦人は一日二食人数分の食事を運んできてくれるし、3日に1回はシャワーを浴びせてくれるらしい。自由はないけれど、苦のない生活できるから幽閉される前よりも良いと感じている人もいるとのこと。


でも、それってどうなのよ。仕事をしていく中で辛いことや大変なこともあるけれど、それを乗り越えてこそ生きてるって実感できるんじゃない。嬉しいことや楽しいことだって、外の世界にいてこそたくさん見つけられる。――わたしには、ジュリアン様のないここでの生活なんて耐えられない。


わたしがスプーンを使って鉄の扉を削ろうとし始めた時だった。扉の向こうから複数の足音と男の声がする。――もしかして、エイデン達が来てくれたのかしら! わたしは嬉しくって、扉の向こうに声を掛ける。すると、返答があった。やっぱりエイデン達だわ!


ゆっくりと扉が開くと、そこにいたのはエイデンとオスカー王子――そして、人間の姿をしたダグラス卿だった。わたしは思わずファイティングポーズを取る。ダグラス卿は悲しそうに視線を下げた。――いや、それよりも。


「マリッサは?」


「モーリー婦人を引き留めています。――この隙に、さあ!」


エイデンが外に出るよう促すと、9割くらいの少女達が走り出した。オスカー王子は少女達を引率しようとしているのか、扉の先にある階段んの方に移動している。


ダグラス卿は目の前に来た少女の腕を取り、「ごめんね」と謝罪の言葉を口にする。――だが、少女は表情を歪めて手を振り払った。ダグラス卿は傷ついた表情をするものの、次いで出てきた少女にも同じようにする。


「ロッテも先に行ってて。――あ、わたしは大丈夫。エイデン達と一緒に出るから」


ロッテは少し戸惑いを見せたものの、何秒か悩んだ末に納得して移動を始めた。――その時だった。ダグラス卿が「うわあああああああああああ」と大声を上げる。その刹那、ダグラス卿の方から凄まじい冷気が放たれる。

わたしはエイデンに引き寄せられ、彼の身に着けているマントの中に体を入れられる。マントで視界が覆われているので、何が起きているかわからない。複数の絹を裂くような少女の悲鳴とエイデンの火の魔法の詠唱の声が耳に入ってくるくらいだ。


視界が開けると、全身が炎で包まれる。その炎が止むと、わたしはクロウブラックの髪にブラッディレッドの髪のエヴァジェンナ・レヴィの姿になっており、エイデンは小さなドラゴンの姿になっていた。――魔獣族は本来の姿の時こそ本来の力を発揮できる。エイデンは本気で何かと闘うつもりのようだ。


「エヴァ。ここを出なさい!」


エイデンが背中に体当たりしてくる。押されたわたしは扉の方に視界を向けると、そこにはこちらを見て氷漬けになっているロッテの姿があった。ロッテの後ろには、階段を登りながら氷漬けになっている少女たちがいる。――どういうこと?


「うわあああああああああ。茨邸の魔女だああああ」


叫び声の方を見ると、そこにはカエルになったダグラス卿がいた。ぴょんぴょんと飛び跳ねている。――何が起きているの? 振り返ってみると、地下室に残ったままの少女達も氷漬けになっている。当然ながら、冷蔵庫に入っているように寒い。


「何が起きている!?」


階段の方から声がしてくる。振り返ると、そこには光の剣を前に翳しているオスカー王子の姿がある。


「ルイス、エヴァを連れてここを出なさい」


オスカー王子は駆け下りてくると、わたしの腕を引く。――やだ。ロッテ達を助けないと! わたしはオスカー王子の手を振りほどく。


「ディラン、どういうつもりですか? 少女達を解放したかったのでは?」


「うーうー。可哀想だからそうしたかったよ」


どういうこと?

エイデンとオスカー王子に追い詰められて不利だったからここに来たわけじゃなく、ダグラス卿自ら二人を連れてきたってこと?


「――でも、あんなふうに拒絶されたら。……気づいたら、魔法使ってた!」


ダグラス卿は前脚で瞼を覆っている。――とても辛そう。


「悲しいわよね」


この世界に来たばかりの頃の記憶が蘇って、胸がキリキリと痛む。


「わたしもね、この髪と瞳のせいで悲しい思いをしてきたの」


わたしはダグラス卿に駆け寄り、抱きしめた。背後でエイデンに呼び止められたけれど、気にしない。


「エイデンに出会ってからは色を変えられるようになったけど、その前はずっとこの姿だったから。――ずっとね、辛かったの」


しっとりと濡れたカエル肌が小刻みに震えている。わたしはよしよしをするように、彼の背中を撫でた。


「アリソンも辛かったんだね。……さっきは、茨邸の魔女だって叫んでごめん」


「いいのよ。慣れてる」


「僕のせいでパパに捨てられて、ママも辛かったよね。なのに、ママは、僕を見捨てずに育ててくれた。……心配して、お嫁さん候補を沢山連れてきてくれた。ママは、悪くない。……僕が、僕があ!」


先程よりも強い冷気を感じる。そして、鋭い衝撃がわたしの胸元を射る。足が宙に浮かぶ感覚がしたと思ったら、背中やお尻が固いものに強く打ち付けられる。

――遠くから、わたしを呼ぶ声がする。薄れていく視界の中で顔を上げると、そこには美魚族姿のマリッサがいた。ダグラス卿が水でできた紐で拘束されている? ――そのダグラス卿に向かって、オスカー王子が光の剣を振り下ろそうとしている? ――だめ!


「オスカー! だめ!!」


精一杯そう叫ぶと、視界が真っ白になった。




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