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薔薇に棘はあれど、茨邸の魔女に棘はあらず  作者: 卯野瑛理佳
EP1.茨邸の魔女と失踪の王女
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11.誘拐犯

わたし=第130代目エヴァジェンナ・レヴィは、使い魔であるエイデン・ヒューズととある事情から行動を共にしているオスカー王子を従え、マリッサ・シアーズと対峙している。

マリッサはスカートの裾から覗く魚の半身や七分丈の袖から覗く鱗で覆われた腕を隠そうともせず、麗しい笑みを浮かべている。


「最近、女の子の失踪が増えているそうね。――でも、どうして私が犯人だと思ったの?」


上品に問いかけるマリッサに、わたしは「水の魔女が少女を連れ去った」という目撃証言について話した。マリッサは一瞬目を見開いて驚きはしたものの、落ち着き払った様子で言う。


「あらあら。それだけで私が犯人だと決めつけちゃうの。――いいわ。部屋の隅々まで探して御覧なさい。茨邸と違って狭いからすぐ終わるでしょう」


わたしとエイデン・オスカー王子の二手に分かれ、クローゼットの中から暖炉の奥までそれこそ隅々探してみた。――けれど、マリッサ以外の少女の姿は一つも見当たらない。

オスカー王子は腰から下げている鞘に手を掛ける。すると、光輝く剣が姿を現した。マリッサは一瞬目を見開くものの、表情を変えない。その剣先が自身に向けられても、身じろぎ一つしなかった。


「光の剣の保有者なのね。――そう。だから、人間と慣れあわないはずの茨邸の魔女があなたと一緒にいるのね」


光の剣。

それは、この大陸の中心地に眠っている伝説の剣だ。

本来人間は魔法に太刀打ちできないが、その魔法に対抗しうる唯一の剣。

だが、その剣は保有者を選ぶ。今までの保有者はエイネブルーム王国と関わりのない者ばかりだったから、茨邸は門扉を突破されることがなかった。


わたしは光の剣の神々しい輝きを美しいと思うと同時に、恐ろしくも感じていた。

その剣は魔女や魔男・魔獣族の魔力を吸収する。たとえその一撃が小さな切り傷程度であっても、傷を負った以上は魔力を吸い尽くされて干からびてしまう。そう、言われている。


日本でプレイしたRPGに、ドラゴンを一撃で倒す剣とかゴースト系を一撃で倒す剣とかあったけど、それの魔力保有者バージョンのようなものだ。


わたしはオスカー王子に剣を向けられた時、光の剣についてよく知らなかった。後でエイデンにその詳細を伝えられ、肝が冷えたのを思い出す。――だけど、同じように剣を向けられているマリッサは、光の剣の恐ろしさを知っているはずなのに微塵も動揺していない。


――あ、そうだ。同じことをしているんだ。

わたしは確たる証拠があるわけでもないのに、オリビア王女を誘拐したと疑われて悲しかった。マリッサだって同じだろう。ましてや、腐れ縁であるわたしやエイデンに疑われるなんて。


わたしはオスカー王子のもとに駆け寄った。そして剣を握る手に自身の手を添える。


「ね。この剣をしまって。マリッサは犯人じゃないわ!」


でも、オスカー王子は微動だにしない。


「確かに誰もいなかったな。――でも、だからって誘拐していないとは限らないだろう」


オスカー王子が静かに答えると、マリッサはふふっと笑う。


「殺して、遺体はどこかに隠してるかもしれないものね。――たとえば、美魚族の棲んでいる海なら人間にバレないかしら」


美魚族の国に隠せるはずがない。だって、マリッサは――。


「私はね、こう見えても第150代目トリトンの娘よ。そう、美魚族の姫なの。――だから、一般の美魚族以上に人間と関わるのは許されていないのに、こうして人間のふりをして生きている。これが、どういうことかわかるでしょう?」


そう。マリッサは故郷を捨てて生きている。いつも明るく笑っているけれど、孤独な人なのだ。


「あらあら。私の代わりに悲しんでくれてるの? 相変わらず甘ちゃんね」


マリッサはわたしの方を見て笑っている。


「甘ちゃんだけど、甘ちゃんなりに考えたのね。読みは遠くないと思うわ」


マリッサは、知人に人間として生きている美魚族がいることを話し始めた。




◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆




30年程前。ある美魚族の女性が浅瀬で居眠りをしていたところ、人間の子どもに見つかって暴行をされてしまう。女性は魔法で抗うこともできたけれど、自分がきっかけで争いを起こしたくない一心でそれを耐えていた。そこに現れた人間の青年に助けられ、美魚族の女性は恋に落ちる。


寝ても覚めても青年のことが忘れられない女性は、人間のふりをして人間の世界で生きていくことを決めた。周りに止められたものの、女性はそれを聞かずに陸へと上がった。


異類婚は難しい。だから、女性はそこまでは望んでいなかった。ただ、片時でもいいから青年の傍にいたい。そして、恩返しができればいい。その思いで青年へと近づいた。


美魚族の血を引く女性の多くは見目麗しい。だからか、青年も女性に好意を示した。――そして、女性と青年は数年の時を経て夫婦となった。


更に数年後女性は身ごもり、元気な男の子を生む。――しかし、生まれた子どもはカエルの姿で生まれた。その子の誕生で女性が隠していた“美魚族であること”が発覚し、青年は激しく憤った。


青年は憤りはしたものの、侯爵という立場があったので妻子を捨てるわけにはいかず、首都のはずれに邸宅を建て、“愛人とその子”として住まわせることにした。


女性は愛する人に“美魚族だから”という理由で嫌われたことに絶望し、子どもを美魚族の国に預けて自ら命を絶とうとした。――しかし、子どもは半分が人間の血なので水中で生きることはできない。


だから、女性は人間の世界で生きようと決心した。




◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆




「この話は、私が小さい頃から何度も聞かせられたわ。だから、人間や陸の世界に興味持つんじゃありませんって。……逆効果だったけど」


マリッサはどこか懐かしそうに話す。海の生物がいじめられているのを助けられて恩返しをするって、それってなんだか。


「浦島太郎みたいな話ね」


「あら。それって、エヴァがニホンとやらにいた時のお話? そうね。作り話みたいよね。私もそう思っていたの。でも、“彼女”に会った時にわかったのよ。あ、この人があのお話の女性なのねって」


どうも、魔獣族は同種族なら人間の姿をしていてもその正体に気づいてしまうらしい。

だから、マリッサはその女性とその子を見た瞬間、気づいてしまったそうだ。


「お互いにね、気づいてのはいいのよ。言いふらすメリットはないから知らないふりをし合うだけ。でもね、彼女ったら息子を私と結婚するように言ってきたのよ。――丁重にお断りしたけれど、その翌日から息子がよく花を買いに来るようになったの」


マリッサのお店の常連。

首都であるフラワーリングのはずれに住む侯爵の妻子。

――どこかで聞いた気がする。


「なるほど。モーリー・ダグラスが美魚族なんですね。そして、その息子のディラン・ダグラスが半獣」


エイデンのその言葉に、マリッサは頷いた。その様子を見ているオスカー王子はようやく光の剣を鞘に収める。

そっか。モーリー婦人が誘拐犯なのね。ロッテが失踪したのもダグラス邸で食事をした後だったし、それなら辻褄が合う。


「ディラン氏いいじゃないですか。一応男爵で、地位とお金もある。お互いに美魚族の血を引いてるなら、夫婦で隠す必要もない」


「あらお言葉ね。私にだって、選ぶ権利はあるわ。あんなイボガエルお断りよ! ――それに」


マリッサは伏し目がちになると、口にしかけた言葉を飲んだ。なによ。気になるじゃない。


「男がいるんだろう」


オスカー王子がそう断言した。わたしはどうしてそう断言できるのかわからず、「え?」と聞き返していた。マリッサも何も答えない。


「俺が捜索した部屋に男物の服とか日用品とか、男の痕跡があった。――あと、その男、猫を飼ってるんだろう。そのグッズもあったな」


オスカー王子が言うと、マリッサはふふっと笑った。


「私、猫は嫌いなのよ。人間の姿をしていてもクンクン匂いを嗅いできて、噛んでくる子もいるし。でも不思議ね。彼の飼っている猫にはそんな気が起きないの」


マリッサは恋する瞳でそう語った。深海を思わせるブルーの瞳が、これまで見てきたどの瞬間よりも輝いて見える。その人のこと、本当に好きなのね。――なんだか羨ましい。


「ジュリアンの話をするエヴァによく似てますね」


エイデンに言われて、わたしは全身が熱くなるのを感じた。傍から見たわたしってこんな感じなのね……。


「羨ましいですね。早くジュリアンと両想いになりたいですね」


エイデンは柔和な笑顔を浮かべてるくせに、揶揄するように言ってくる。あーあー。話題を変えましょう。えーと、そもそも。


「好きな人がいるのなら、それを口実にお断りすればよかったんじゃない?」


「ええ。丁重にお断りしたっていうのは、そういうことよ。でも、納得してくれなかったの。――今はあなたに興味を持ってくれたみたいで良かったけれど。たまにはチューリップを飾るのもいいでしょう」


わたしはその言葉で、痴漢冤罪にあった彼を救った時のことを思い出す。お礼にと、マリッサのお店で買ったチューリップを押し付けられたのだった。


「あ。そうそう。大事なことを聞き忘れてたわ。あの痴漢冤罪事件、きっかけを作ったのはマリッサでしょう」


「そうね。あまりにしつこかったから、ちょっと意地悪をしてみたの。そしたらエヴァが正義感を発揮してくれて。いいんじゃない? 男爵よ」


わたしはダグラス卿の姿を思い浮かべた。母親は若い頃美人だったそうなのに、その遺伝を一切感じさせない顔に丸々とした体躯。――絶望的に好みじゃない。

――って、今は、わたしやマリッサの好みなんてどうでもいい。


「いや、わたしだけに好意が向くならどうでもいいのよ。ロッテに……友達にその好意が向いちゃったから困るのよ!」


「ロッテって、あのカエルが苦手でぴぎゃああって悲鳴上げてた子よね? あら。そうなっちゃったの」


眉を下げるマリッサの表情がわざとらしくて、わたしはその顔面に蹴りを入れたくなった。けれど、犯人が水の魔法の使い手二人ならば、火の魔法しか使えないこちらが不利。彼女の協力が必要だ。

だからわたしは蹴り上げそうになった両足で床を踏みしめ、マリッサにとある約束を取り付けた。




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