遮断き
遮断きが降りたら、線路へ入ってはいけません。
その日、飲み会で盛り上がってしまった俺は、居酒屋を数軒はしごして、気が付けば日付が変わってしまっていた。
駅前通りの飲み屋街。
千円札一枚でそこそこ飲める(金額的に)良心的な店が多いが、ほとんどが23:00で店仕舞いしてしまう。
早く帰れってことらしい。なぜか焦った様子の店員に、やんわりと言われた。
酔っぱらっていた俺には、その意味が理解できず、近くのコンビニで缶ビール一本だけ買って、飲んで、缶はちゃんとゴミ箱に指差し呼称してから捨てた。
コンビニの店員は迷惑そうだったが、くだを巻いたわけでもなければ、吐いたりもしていない。もちろん、仕事中の店員に話しかけたりもしていない。
……ただ、トイレは借りた。
声をかけたとき、ちゃんと聞こえるように、声は大きかったかもしれない。
俺の住むアパートは、飲み屋街からは駅のすぐそばの踏み切りを越えなければならない。
終電は23:30頃だから、さっき行ったのが最後のようだ。
スマホで時間を確認。……うん、俺は酔ってない。千鳥足でもない。
……今日はたくさん飲んで危ないから、ゆっくり歩くけど。
踏み切りが見えてくる。
まだ距離があるが、遮断機が上がっているのを、意味もなく確認。
思えば、21:00より遅くここを通ったことはない。
普通の飲食店も、20:00には店を閉めてしまうからだ。
そして必ず、早く帰れと促される。理由は聞いたことがない。
言われた通り早く帰っているから、今まで問題など無かったからだ。
踏み切りまで、あと一分。
その時。
カンカンカンカン
カンカンカンカン
遮断機がゆっくり降りてくる。
たくさん飲んだら、走るのは危ないとさっきも言われた。
だから、ゆっくり歩くしかない。
カンカンカンカン
カンカンカンカン
遮断機が降りきってしまう。
くそ、なんだよ……うん?
矢印は、駅側から電車が来ることを示していた。
電車は駅で必ず止まるので、遮断機が降りきっても電車が来るまではしばらく時間があるはず。
『遮断き』
しかも、ここの遮断機、字が間違っている。ひらがなじゃないか。
そこに気付く俺。やっぱり酔ってない。
「よいしょっと。失礼しますよ」
黄色と黒の棒切れをくぐり、線路内へ。
遮断機はカンカンうるさいが、駅の方を見ても、電車の明かりはまだ見えない。やっぱり、渡ってしまうだけの時間は十分にある。
……そう、思った時だった。
オオオオォォォォォォッ!!
駅の方から、電車の警笛の代わりに、たくさんの、野太い声が、聞こえてきた。
オオオォォォッ!
オオオオオォォォォォッ!!
オオオオオオオォォォォォォォッ!!!
たくさんの、声が、段々近付いて来て……
気が付けば、闇の中。
線路を照らす明かりなど、どこにもない。
紅い目が、いくつも、いくつも、いくつもいくつも!!
たくさんの、足音が、
ズンズン、ドスドス、ジャリジャリ、近付いて!!
逃げなければ。本能的に、そう、思う。
しかし、遮断機の下を、くぐれない。
壁があるように、先に進めない。
遮断機…………?遮断…………?いったい、何を、遮断…………?
『『『『『オオオオオォォォォォッ!!』』』』』
無数の声の方を振り向けば、
無数の、目。
無数の、口。
無数の、声。
そして、無数の、手と指。
……幸いだったのは、一瞬の出来事で、痛みすら感じなかったことか。
……そして、不幸だったのは、首から上だけが無事に残り、ぽーんとボールのようにはね飛ばされながら、自分の体がバラバラに引き裂かれて細切れにされて一欠片ずつ持ち去られていくのを、頭だけになりながら見なければならなかったことか。
そして、その、頭も…………。
巨大な、口が迫り…………。
ごき
ごり
ばり
ばき
ぐちゃ
もぐ
くちゃ
くちゃ
ごくん。