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令和源氏物語  作者: 紫ゆかり
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明石の凪

 俺は困惑している。

午後に社長(といっても義父だが)社長に呼び出され、アパートの鍵を渡され、これから週3回通うよう指示され、来てみたら知らない女が待っていたからだ。

 全く意図がわからない。

まさかとは思うが、社長の愛人の世話を、俺にさせようというのか?

婿養子で、娘と結婚させても足らず、さらに穴兄弟の契りでも交わそうというのか?

それとも俺の知らない上流階級のしきたりでもあるのか?

埒が明かないので声をしぼりだして聞いてみることにした。

「……あんた、だれ?」

これしか言葉がでなかった事に驚きつつも女に注視する。

女は跪いて頭を下げながら話し始めた。

「お待ちしておりました、桐人さん。

 私は皆本 礼と申します。

 名も顔も変え、桐人さんとの間に男の子を産むという契約を交わしました。

 これが終わらないと桐人さんも解放されませんので、ご協力ください」

「契約って、誰と?」

「さあ?」

そう言い捨てると女は風呂に案内した。

明るいところで見ると、知っているような顔だった。

混乱した頭で湯船につかり、反芻する。

みなもと れい……みなもと れい……。

昔つきあってた女の子と同じ名前だ。

顔もこんな感じだったような気がする。

すごい猛アタックされてつきあい始めたんだったっけ。

というか、ものすごくエロい子でやりまくっていた記憶しかない。

そういや、レイちゃんも初めてだったが、俺も初めてだったんだった。

その気持ちよさやプレイを友達に語ってたら、馬頭のやつが興味持っちゃったんだ。

それでNTRを警戒してレイちゃんに必死に馬頭は真性包茎って言い聞かせてたんだった。

今更ながらアホすぎたな、俺。

それからなんだっけ……。

結婚するにあたって彼女を整理しようと電話しまくってたんだった。

漠然と俺はレイちゃんが結婚の報告を喜んでくれると思ってたんだ。

そしたら一言「ショック!」って言われて電話切られて、俺もショックを受けたんだった。

冷静に考えると若い頃の俺はどうかしてるな……。


 つまり、社長は俺の初めての女も把握しているというアピールをしているのか。

なんのために?

やっぱり独立しようとしてるのが気に入らないんだろうな。

男の子を産む契約って言ってたし。

そこ子に帝王教育して継がせるつもりなのか。

じゃあなぜ妻じゃないんだろう……。

遺伝子的に能力の向上が望めない組み合わせとかだったのか。

結婚した頃は遺伝子検査も占い程度のレベルだったからな。

 のぼせそうなので風呂を出ると、女はベッドに腰掛け下着姿で待っていた。

「今やっても俺は避妊処置してるから無駄なんだ。

 明日にでも医療機関で解除してもらってくるよ」

「わかりました。でも日付が変わるまで帰らないで。

 そういう契約だから」

「そんな細かいことまで決まってるなんて……。

 なんの意図があるんだろう」

「さあ……奥様に焼き餅を妬かせて家庭内不和を煽り、

 あなたに試練を与えてるのでは?」

「妻がそんな性格じゃないのは社長も知ってると思うが……。

 あ、でも娘には嫌われちゃうだろうな、そういう年頃だし。

 もう口聞いてもらえないかも……」

体が重くなってベッドに横たわる。

窓から月の光が差し込んできて、窓の鉄格子の影を俺のアンダーシャツに落とす。

……まるで囚人のボーダーシャツだ。

「ねえ、この仕事でいくらで引き受けたの?」

ちょっと気になっている事を軽い気持ちで聞いてみた。

すると女はこちら向きに座りなおし、まっすぐ鋭い目で正視してきた。

「答える義務はないけど教えてあげる。

 お金じゃなくて国籍、名前、顔、つまり階級そのものよ。

 これで私は階段を登ることが許されるの」

「すげえ野心に満ち溢れた目だな。世界征服でもしそうだ」

「あなた、知能拡大剤を飲んだことある?」

「ない。飲むつもりもない」

「私はある。すごい体験だった。

 頭の中のパズルに一瞬でピースが揃った。

 すると脳の中に宇宙が生まれて、神経の手を伸ばしてブラックホールに触れた。

 ブラックホールというものを一瞬で理解した。

 もっと遠くへと手を伸ばしているうちに薬の効力が切れたんだけど、

 なにも記憶に残らなかった。膨大すぎて記憶力が追いつかなかったみたい。

 残ったのはもっと知りたいという欲求だけ。

 知るために階段を登るのであって、世界征服したいわけじゃないのだけど」

そう言って女は目を伏せた。

その姿を見てると、なぜか下半身に血液が集中してきた。

血液を上半身に戻そうと、ちょっと意味のわからない理論を披露してみる。

「まっすぐに手を伸ばしたり、階段を登るってのはなんか違うよ。

 たとえばだけど、何かを求めるときってのは、

 円の周辺から中心に向かって、同時に3本くらいの線をじわじわ延ばしていって、

 なにかアタリがあったら求めるものの近似値。

 そういう方法じゃないと、もう先人の通った道か空振りの道だよ。リスク高い。

 俺は独自のなにかを掴みたいんだ」

自分でも何言ってるかわからない。

血液が下半身に集中しすぎた。

慌てて素数を数えるが、ただの奇数になってしまっている。

やばい。

社長の思惑通りにコントロールされたり、踊らされるのは一番嫌なんだが……。

「変わった人。好きになっちゃったかも」

女が覆いかぶさってくる。

月光に映し出された顔が、レイちゃんを思い出させた。

途端に体が熱くなり、10代の頃のムラムラした気持ちが蘇ってくる。

「私とあなたの子供が、どんな子に育つのか楽しみになってきたわ。

 なんなら5人くらい産んでもいい」


 妊娠しない全く無意味な行為だったが、夜明けまで没頭してしまった。

こんなに一気に10代の性欲を思い出すとは思わなかった。

しばらくほんとうに週3で通うことになりそうだ。

だから顔までレイちゃんに似せて整形させたのか……。

くそっ、社長!!

 出勤すると俺の仕事はなかった、というか終わった。

なにもすることがなくなり、干されていると感じた。

全く触れた事のない分野でもインプットしようとバーチャル美術館を開く。

ダヴィンチ特集だ。

自画像らしき男の目がこちらを見ている。

目が合ったようでギョっとする。

次は有名なモナリザだ。

そういえばレイちゃんもよくこんな表情で俺を見ていたな……。

正確な顔を思い出したくなり写真と動画を発掘する。

驚くことに二人で写っている写真が一枚もない。

妻に見せてどんな反応するか見たかったのに……。

そうだ、あの頃俺はレイちゃんの焼き餅妬く顔や泣き顔が見たくて、他の女の子をイカせた話やデートした話をしてたんだった。

そしたらレイちゃんはモナリザのような表情で俺を見つめてたんだった。

妻にレイちゃんの写真を見せても同じ表情をするだろう。


 俺って全然変わってないんだな……。


 虚しくなって別の方向に思考を振る。

遠くにある星と星を結びつけて新しい星をつくる。

そうすれば無から発生した星のように感じるはずだ。

遠ければ遠いほど元ネタがわからない。

頭の中で片っ端からマッチングさせる作業に入る。

この新しいものを生み出したいという欲求も昔から全然変わらない。

結局、遺伝子に命令されてるだけなんだな……。

 凪だ。

風が吹くまで待つしかないというのに、なぜ俺はひらめきを求めて歩き回ってるんだろう。

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