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令和源氏物語  作者: 紫ゆかり
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キラキラ光る桐人くんと光ちゃん

 YouTubeのおすすめに現れたサムネに釘付けになった。

懐かしい笑顔。桐人くん……?

動画が始まると徐々に確信に変わっていく。

笑ったときの頬の筋肉の上がりかた、眉毛の傷。

楽しくて、ちょっとお調子者で、自信に満ちていて、物怖じしない。

YouTuberになったんだ……。

YouTuberはアメリカ式のビジネスの始め方だ。

まずテレビに出て広く顔を売って、それからビジネスを始める。

まずYouTubeで広く顔を売って、それからビジネスを始める。

まったく同じことだ。

成功の兆しが見える。

桐人くんはさらに大きく羽ばたこうとしている。

その風圧で、わたしは地上に叩き落とされる。

わたしたちは連理の枝の比翼の鳥ではなかった。

彼の羽の大きさに、わたしは圧倒される。

周囲の木々を揺らし、わたしのこころも揺れる。

同時に飛び立っても、彼の高度まで辿り着けないことに気づく。

風圧で高度を下げていくことになる。

唐突なフラッシュバック。

二度目の失恋のリプレイが始まる。




 出会ったのは高校の先輩の誕生日パーティだった。

わたしは高校1年生、桐人くんは高校3年生。

一目惚れだった。

桐人くんはあまりにも眩しく太陽のようで、失明すると知っていても直視することをやめられない。

直視する視線に気づいたのか、桐人くんのほうから声をかけてきた。

頭が真っ白になる。

心臓が踊り出し、呼吸を制御できない。

何を言ったか覚えていないが、震える子猫のような気持ちで好意をストレートに伝えた。

すると思いがけない言葉が返ってきた。

「俺、半年後からアメリカの大学に行くんだけど、それでもいいなら」

肩甲骨から翼が生え、天に祝福されているように感じた。

そして初めて人を好きになるということの、ほんとうの意味を知る。

本能という名の強烈な性衝動だ。


 アメリカに行くまでの半年間は、わたし達はふつうの恋人のようだったと思う。

高校生らしいデートをし、遊んだり、数学を教えてもらったりする。

ただ、わたしは強烈な性衝動に突き動かされていた。

プロセスをすっ飛ばし、目的に邁進する。

目的とは妊娠のことだ。

桐人くんは典型的な誇示型の男性で、決してつがいの鳥になることはない。

誇示型の男性とは、伝統的な採集民族社会で、大きな獲物を仕留めて村中の女と寝るタイプのことだ。

寝た女達は勝手に子供を育てる、理にかなった生存戦略だ。

しかしわたしは妊娠しなかった。

桐人くんは、これから世界に羽ばたく男の嗜みとして対策していたようだ。


 桐人くんがアメリカに行く。

たくさんの人と出会う。

大人の女性と出会う。

洗練された女性と出会う。

好きになり、結ばれる。

そんな不安に怯えるように、わたしは桐人くんをあきらめる努力をし始めていた。

だが意外にも桐人くんのなかでの、わたしの優先順位は高かったようで度々電話がきていた。

「今日、やらかしちゃって……」

元気のない声でわたしの脳が覚醒する。

まるで非常事態宣言だ。

今まで聞いた言葉、目にした活字、読んだ本の中の、ありとあらゆるポジティブな言葉を検索する。

ひたすら励ます。

徐々に声に元気が戻ってくる。

わたしは安心する。

安心はするが、元気になった桐人くんは周囲の女の子を魅了してしまう。

あまりの苦しさに、わたしは最後に一度だけ会いたいとアメリカに行くことにした。

アメリカで桐人くんは歓迎してくれたが、周囲の女の子からの宣戦布告の気配を感じた。

まず大人の女としてエントリーして、プレイヤーとして参加しろという意図だ。

わたしはこどもで、感情のコントロールもできない、一生大人になれない種族だ。

桐人くんの前に広がる世界には適応できない。

桐人くんに必要なのはなんでもこなせる大人の女性で、わたしではない。

日本に帰ったわたしは、この感情を完全に封印する覚悟を決めて、忘れる作業に没頭した。

没頭していても忘れる前に桐人くんから連絡があった。

声を聞いただけで胸がときめき、頬が上気し、作業がリセットされる。

だが、最後の連絡だけは作業の最適化が施されていた。

「俺結婚するけど、レイちゃんどうするのかなーって思って」



 忘れるのに3年かかった。

しかし忘れられたわけではなかった。

今、現にこうしてフラッシュバックしている。

ただ単に、必死で記憶を箱に詰めて封印していただけだった。

封印がとけ、さながらパンドラの箱のように開き、頭が混沌に包まれる。

涙が体中に溢れる。

脳内にも、血液にも、目にも鼻にも口にも。

涙の味がしない。

ということは、これは副交感神経による涙だ。

つまり嬉しいか悲しいかで泣いている。

嬉しさもある。

桐人くんが元気でいてくれて嬉しい。

前よりもかっこよく、自由に羽ばたいている姿が見れた喜び。

と同時に圧倒的に悲しみが押し寄せてくる。

もう二度と触れることのない手。

交わることのない視線。

わたしの名を呼ぶことのない声。

顔を見ているだけで体中が活性化され、封印した感情が呼び起こされ、生きている喜びを感じる。

なのにこの感情の恩恵に与れない人生なのだと自覚し、絶望する。

激しい性衝動が沸き起こってくる。

この性衝動は妊娠しなければ治まらない。

涙で粉々に砕け散った視野の隅に、ある広告がポップする。


仿制クローン


わたしはこの悪魔の誘惑に抗えなかった。

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