07「うん、喜んでもらえそうで良かったよ」
この話から新規日常回が続きます。
学校近くに開店したカラオケは、部屋数がいくつもある、割と大規模な店だった。クラスメートのほとんどで向かった私達は、隣り合ったパーティルームを3つ借りて楽しむことにした。
「そうそう、この会員カードが面白いんだよ」
「柿本くん、また転売?」
「安積さんが厳しい」
「そうじゃなくて、会員カードには著作権管理機能も紐付いていてね、持ち込んだカラオケCD/DVDで歌うこともできるんだ」
「そうなんだ。面白そうだね」
「安積さんの、俺と安藤の扱いの差が酷い」
柿本くん、12周ものループの中で『自業自得』って言葉を覚えなかったのかな?
「でも、実際には何に使うの?」
「それは……これですよ!」
ビデオゲーム同好会のひとり、松坂くんが、自作DVDらしきものを取り出し、高らかに掲げた。
「これには、『フォルトゥーナ』が人気バンドとなるきっかけとなった曲が入っています!」
「え、それって、まだ発表されてないよね?」
「耳コピです!」
「歌詞は僕たちも『復元』に協力したよ」
「私も!」
ああ、うん、歌詞はわかる。言葉だしね。でも、曲の耳コピ?
「手元に原曲がないのに?」
「5周回ほどかけて、完璧に復元しました!」
「最終的には、発表ライブでイヤホンで聴き比べてタイミングも確認するんだけど、最近の周回ではそれも必要なくなってるね」
「それは……すごいね」
すごいけど、
「でも、著作権コードが記録されていないと、持ち込んで使うこともできないよね?」
「それも復元しました! CDやDVDの実物を解析し、暗号化部分のバイナリコードを全て覚えました!」
「……は?」
「仕様に沿った著作権コードなら受け付けるみたいなんだ。で、このお店の場合、使用回数のみ記録されて、著作権料支払いは年度単位」
「実際に歌ったことが確認されるのは、曲が発表された後ってことか……」
……いやいや、手間と効果の釣り合いがとれてないよ?
「そういうわけで、趣味と実益を兼ねて、今からこうしてみんなで歌えるようしたってことなんだ。厳密に言えば著作権法違反なんだろうけど……勘弁してね」
「まあ、ループを前提にしなければできないことだし、誰も困らないし……」
「安積さんの扱いの差がやっぱり酷い」
テンバイヤーは許しません。
◇
そういうわけで、私達はどの部屋でも、まずはその曲を歌った。男女どちらでも違和感のない歌詞で、ほとんど合唱状態だった。
「ちなみに、秋の文化祭では、クラスでこの曲を合唱しますからね」
「えっ」
「8周目からの定番になったねー」
新曲として発表された後なので問題ないだけでなく、合唱で歌う許可も取りつけるらしい。相変わらずすごいけど、白鳥先生が奔走するパターンかな?
「でも、さすがにカラオケ曲をそのまま流すのはダメだった。まだ発表されたばかりだって」
これまでの周回ではずっとアカペラ状態だったらしい。
でも、それなら。
「今から練習すれば、伴奏できるかな? コード進行はわかるし、バラード調だからピアノが合うかも」
「え、菜摘ちゃん、ピアノ伴奏できるの!?」
「うん。でも、ループの間に誰か伴奏を入れるってことはしなかったの?」
「ギターはできるヤツがいたんだけど……」
どうやら、私がクラスに大きく貢献できる初めての例となるようだ。
「うわあ、今から楽しみ!」
「だな! 『フォルトゥーナ』絡みはいろいろやってきたけど、13周目で大きく動いたな!」
「やっぱり、安積さんが来て良かったよ!」
な、なんか大げさになってきたような。正直、この程度でループから脱出できるとは思えないけど。
◇
そうして、みんなで2時間ほど歌って終わった、帰り道。
「安積さん、ピアノ伴奏、よろしくね!」
「よろしくね、菜摘ちゃん!」
「う、うん。CDももらったし、たぶん、数週間で形にできると思うよ」
「じゃあ、ゴールデンウィーク明けぐらい? 楽しみにしてるね!」
うん、喜んでもらえそうで良かったよ。
「(ひそひそ)……楽器弾ける人って、普通、歌もうまいよね?」
「(ひそひそ)そうとは限らないらしいけど……とにかく、安積さんは伴奏一択で」
「(ひそひそ)おっけー」
ん?