47「すー、すー、……むにゃむにゃ」
※当初の1日1話更新予定を変更し、第27話より連続公開をしています。この回は最終章の5話目で(短編加筆修正ではない)新規追加分です。
照明によって明るくなったグラウンドには、安積さんの御両親の他にも、白衣を着た研究者らしき人々もいた。大掛かりな測定装置のようなものを操作しながら、驚愕したり、感心したりしている。いや、他にもまだまだいる。あれは、TVカメラ? それが何台も僕らの方を撮影し、やはり何かに感動している様子を見せている。それに、あれはもしかして……。
「『フォルトゥーナ』の、キラさん?」
「やあ! またみんなに会えるなんて、嬉しいよ! いやしかし、うらやましいね。みんな、あの頃のまんまだ! オレたちはすっかり老けちまったのによ」
「当たり前だろうが。お前、菜摘の説明を聞いてなかったのか?」
「いやいや、聞いてはいたけど、普通は信じられないでしょう? それに、あなたもずっとロリ」
「ヘッドロックキック!」
「ごへっ」
ずしゃっ
いきなり始まった漫才に笑うタイミングを逃した僕らは、周囲にいた人々が用意してくれた椅子に座り、そのままグラウンドで、安積さんの御両親の話を聞くことになった。
「まあ、そういうわけで、ここはお前たちが12回もループをしていた年から、12年経過した世界だ。未来への転移だな」
「そんなことが、12年後には可能になったんですか……」
「いや? 私らはグラウンドで待ち構えていただけだ」
「「「「「へ?」」」」」
「誰が君たちを転移させたかは、僕らも、そして、この世界の菜摘さえも知らないんだ」
「この世界の……菜摘ちゃん?」
「そうだな、まずは、お前たちが転移した後の、菜摘のことを話そうか」
その話は、まさに驚愕の連続だった。
「菜摘さんが、タイムトリップの理論を確立したのですか!?」
「しかも、たった数年で!?」
「すげえ、すげえよ、安積さん! まさしく、神のごときだよ!」
「じゃあ、僕らを転移させたのも……いや、転移のための全ての条件と手順を定義して、科学技術が発展した更に未来の時代の人々に託したのが……」
「ああ、菜摘だ。時空間転移は膨大なエネルギーが必要でな。原子一個を転移させるにも、現在の地球上の全てのエネルギー一日分を費やしても無理なんだと」
「うわあ……」
「まあ、菜摘はそのエネルギー問題を解決するための理論も打ち立てたんだけどね」
簡単に言えば、エネルギーそのものを時空間転移できることを前提に、恒星がもつ無尽蔵なエネルギーを利用するという理屈らしい。そして、極めて小規模ながら、太陽に送り込んだ小型探査機を用いた実験が、既に始まっているそうだ。
「菜摘ちゃん、凄すぎる……」
「とはいえ、それこそ人類が銀河系全体に進出できるくらいの進歩がないと、今回のような転移は無理らしいんだ。ただまあ、たとえそれが数千年後であっても……」
「事前定義された手順を実行するだけで可能、か」
「いずれにしても、安積さんは俺たちの大恩人だな! あのとんでもないループから救い出してくれたんだから!」
「そうだな。……でも、あれ?」
そんなことができるくらいなら、ループそのものを解除するだけで良かったのではないだろうか? その方が、エネルギーも少ないはずだ。なにしろ、記憶や意識だけの問題なのだから。
「ふん、気づいたか? 実は、お前たちの記憶や身体が時間跳躍した直後の、4月1日にな……」
そうして僕らは、このループにまつわる核心を聞くこととなった。
「地震、ですか……」
「ああ。当時は大騒ぎになったよ。昔の大震災ほどではないにしても」
「もっとも、お前らの失踪の方がむしろ話題になりまくったけどな」
「それは、まあ……」
「ということは、その地震に巻き込まれないようにするには、身体ごとの時間跳躍が必要だったと」
「それも、ある」
「それも? 他にも理由が?」
「ああ。お前たちの失踪は、私らにとっては『既に起きたこと』なんだ。特に、当時その場で体験した、菜摘にとってはな」
既に起きたことを起こさないようにすると、因果関係が狂って『なかったこと』になりかねない。だから、安積さんにとって『既に起きたこと』はそのままにした上で、どうすれば僕らを救えるか、それを研究し続けたらしい。
「もしかして、俺たちがこの12年後の世界に転移したのは、安積さんが理論を確立した時期だから?」
「そうとも言えるね。既に経過した過去に、君たちは現れなかった。だから、僕たちにとっても予測不能な未来である、今日この日以降の転移を想定するしかなかった」
「なるほどなあ……」
僕らの12回ループについては、安積さんも知っていた。だから、それを起こらないようにするのも、因果関係をおかしくすることにつながるのだろう。
……
…………
………………
いや、むしろ。
「……あの、僕らの『12回ループ』も、安積さんの確立した時空間転移理論の応用で、可能になるんですよね?」
「さすが、安藤くん。気がついたか」
「はっはっは。まあ……そういうことだ」
えええええ……。
「安藤、なんなんだ?」
「いや、つまり……そもそもの12回ループも、安積さんが意図的に起こしたってことなんだ。彼女にとっても『既に起きたこと』と認識していたから」
……
…………
………………
「「「「「えええええええええええええ!?」」」」」
いやあ、なんというか……。
「つまりはこういうことだな。『だいたい菜摘のせい』」
「ごふっ」
「ひえええ……」
「私たち、菜摘ちゃんの手のひらの上で転がされていたんだねえ……」
「まあ、地震の件もありますから、しかたがないといえばしかたがないのですが」
「いや、もちろん、安積さんを恨むなんてことはこれっぽちもないぜ? けどよ、あの気の狂いそうなループを発生させたのが、神様とか自然現象とかじゃなくて、安積さん自身だったって思うとなあ」
わかる。非常に、よくわかる。あの、プールとかで見せた天真爛漫な様子を思い浮かべると、なおさらである。
「菜摘ちゃんも、かなり苦しんだんじゃない? 過去の周回のことは詳しく話さなかったけど、いろいろあったってのは伝えていたし」
「そうだね。特に、一番苦労していた白鳥先生のことも、安積さんはよく知っていたし」
「白鳥先生?」
「え、そうなのか?」
「あー、白鳥先生、もう、話してもいいですか? ……白鳥先生?」
すー、すー
「うわ、寝てるよ、白鳥先生。こんな衝撃的な話を立て続けに聞かされてるのに」
「最後まで……残念」
「笹原、お前もひとのことは言えないからな?」
わいわい
「まあ、寝ちまうのはしょうがないだろ。ようやく目的を果たせたんだし、それに―――
こいつ、今も昔も夜ふかしには慣れてないからな」
「「「「「………………え?」」」」」
えっ……その言い方、それって、まるで―――
「なんだお前ら、さっきの話を聞いても、まだ気づかなかったのか?」
「安藤くんあたりは、すぐに気づくと思ったんだけどね」
「え? え?」
「はー、じゃあ、私からはっきり言うか。お前らが白鳥先生と呼んでいるそいつ、菜摘だぞ?」
「「「「「えええええええええええええ!?」」」」」
すー、すー
……むにゃむにゃ
次回で完結(最終話)です。




