39「神隠しの伝説?」(後編)
※当初の1日1話更新予定を変更し、第27話より連続公開をしています。この回は、第七章(バレンタイン&年度末編)の3話目です。
前後編の後編です。
そうして、2日目もお昼に近づいていた頃。
ざくっ、ざくっ
「ねえ、あなた達、1-Aの芥川くんを見てない? 行方不明らしいのよ」
「え? いや、見てませんけど」
「白鳥先生、それってもしかして、過去の周回ではぐれたっていう生徒ですか?」
「そうなのよ。よく覚えていたわね」
「昨日、思い出す機会があったんですよ。でも……今回は回収しなかったのですか?」
「回収? なんのこと?」
「「「「「え?」」」」」
「え?」
かくかくしかじか
「ごめんなさい、私、スキーは苦手なのよ。あの時は、別の先生が見つけたわ」
「えー」
「がっくり」
みんなの心の中で、白鳥先生の『残念美人』像が復活した瞬間であった。
「えっと、じゃあ、そうすると……その周回の時にも、私みたいなイレギュラーが存在したのかな?」
「安積さん、イレギュラーって。でもまあ、割と局所的だよな、『変動』があった割には」
「いやいや柿本、そんなのんきなこと言ってる場合じゃないでしょ! 『神隠し』の話、忘れたの?」
「あっ」
「んー、僕たちにも大きく関わりそうな話だし……白鳥先生、僕たちも芥川を探すのに協力していいですか?」
「そうね、みんなで動けばはぐれることはなさそうだし、天候も悪くないし……。お願いしていい? お昼の間だけだけど」
「「「「「了解!」」」」」
あれ、なんか夏で見たことあるような返答が。もちろん、私も探すよ!
◇
ざーっ
ざくっ、ざくっ
「芥川くーん! いるー!?」
「あくたがわー! いたら、返事しろー!」
「芥川さーん、聞こえますかー」
ざくっ、ざくっ
「おかしいわねえ、このあたりにいるはずなんだけれども」
「過去の周回の時ですか?」
「ええ。以前対応した先生曰く、この辺でうろうろしていたらしいの」
「確かに、木が多くて見晴らしが悪いね」
「でもよ、スキー板つけて、これ以上遠くに行けるか?」
「崖とかがあって落ちたとかじゃないしねえ」
「と、すると……」
ざっく、ざっく、ざっく
「おい、いたぞ! そこに倒れてるの、芥川だよな!?」
「そうよ! 誰か、救急の人連れてきて!」
「僕が行ってきます!」
ざくっ、ざくっ
「おい、大丈夫か?」
「う……ん……」
「良かった、意識はあるみたいだね」
「そうね……。びっくりしたわ、まさか、倒れているなんて」
「この辺にいるはずなのに返事がない。地面は雪が積もっていて見つけづらい。ってことで、あたりをつけてみたんだ」
「柿本、やったじゃん!」
「本当ですね。放っていたら凍死の可能性だってありましたし」
「良かったね、本当に」
本当に、良かった。
まだ、謎が残っているけど。
◇
幸い、芥川くんは少し過労気味だっただけで、迷っている最中に雪の中に倒れてから、数分程度気を失っていただけらしい。そして、その過労気味の理由は。
「ゆうべ、『神隠し』の話を聞いたら、怖くて眠れなくて……」
柿本くんと似たような理由だった。でも、そんなに怖い内容だったの?
「その伝説、オチがあってな。消えた人は何十年も経ってから、再び姿を現すんだと。でも、家族や友人は、既に亡くなっていて……」
「ああ、浦島太郎伝説に近いね。どこか時間の流れが違うところにいたわけではなさそうだけど」
「俺たちの状況に照らし合わせれば、タイムリープ……いや、タイムトラベル、タイムトリップってことか」
「未来に向けて物理的に時間跳躍したってこと?」
「未来へのタイムトリップは、難しいことではないと言われているけどね。僕たちが感じる時間は、過去から未来へと流れているから」
「そう考えると、俺たちの過去へのループは、かなり特殊なんだなあ。記憶のみとはいえ」
あと、1-Cのクラスのみんなが、ってところもね。つまり、
「柿本の『神様がループさせてる』説が強くなったね。明らかに『意図』を感じるもん」
「もしくは、意図をもった超未来人……とか?」
「誰なんだろうなあ」
それはわからない。
わからないけれども、ひとつだけ、私、安積菜摘から、みんなに謝っておくことがある。
「えっと、あの……ごめんなさい。さっきの『神隠し』の伝説、なぜこの周回だけに現れたか……私、心当たりがある」
「「「「「え!?」」」」」
「前に柿本くんに連れていってもらった古書店で、その伝説が書かれた本を買ったの」
「そういえば、何か買ってたな。あれが『神隠し』の?」
「神隠しとは書いてなくて、単純に、突然いなくなる、かと思えば、突然現れ、またいなくなって……を繰り返す、っていう伝承かな」
「そして、ついにはずっと……っていう?」
「うん。もっとも、近年の研究では、自殺願望とか、集落の人々との不和とか、そんな理由で森に逃げ隠れたっていうのが本当のところらしいの」
「神様じゃなくて、自分から隠れたってわけか」
特に、このスキー場がある地域に昔あった村の人々は、一生村から出ることがないことも珍しくないくらい、地理的にも精神的にも閉鎖的で、近くの森に行くだけでも『いなくなった』と思わせるほどだったようだ。
「でね、その本、人文関係の観点でも興味深い話だから、学校の図書室に寄贈したんだ」
「ああ……読んだのか」
「読んだんでしょうねえ……」
古い本だったせいか、ちょっと、おどろおどろしい雰囲気もあるものだった。怪談集のようにも見えたかもしれない。
「というわけで、ごめんなさい。私、芥川くんにも謝ってくるよ」
「いやいや、そんなの、私たちのループを知っていたからわかっただけで、別に菜摘ちゃんのせいじゃないでしょ?」
「そうだよ。因果関係は安積さんの言う通りかもだけど、それに責任を感じていたらキリがないよ」
「だよなあ。あのビデオ投稿の影響の方が凄まじかったしなあ」
いやまあ、そうなんだけど。
「じゃあ、白鳥先生に話してくるついでに、芥川くんと少し話題にする程度に留めるよ」
「だな。きっと喜ぶぞ、芥川も」
「かもねー」
「え?」
え、なんで?
◇
芥川くんが運ばれたロッジの特別室に行き、面会する。一通り話をしてから、ちょうどそこにいた白鳥先生と部屋を出て、クラスのみんなと話したことを白鳥先生にも伝える。
「全く、みんなの言う通りよ」
「でもまあ、私なりのけじめというか」
「安積さんがそれでいいなら、私からはもう何も言わないわ。彼も安積さんがお見舞いに来て喜んでいたし」
いやその、本当になんで? 確かに、少し話をしただけでも割と喜んでくれていたけど。
「じゃあ、私は待機に戻るわね。安積さんも午後の研修がんばってね」
「あ、白鳥先生。ひとつ聞きたいことがあるんですけど」
「いいわよ。なに?」
「なぜ、クラスのみんなに『スキーが苦手』なんて嘘をついたんですか?」
「……よく、気づいたわね。まあ、驚かないけど」
「白鳥先生って、クラスのみんなにバレないようにしていること、結構あるんですか?」
「そうね。あの子たちには、余計なことを考えすぎないようにしたいし」
「過去の、周回からの経験ですか? みんなの……心が壊れないように」
「まあね。というか、むしろ……ああ、安積さんは気づいているか」
「はい。クラスのみんなを誘導……っていうと、言葉が悪いですけど、そんな感じで」
「はっきり『洗脳』って言ってもいいのよ?」
「言いません! せめて『マインドコントロール』に留めてほしいんですけど」
「それも結構ヒドいわよ?」
くすくすくす
「人心掌握術、かしら? 安積さん、御両親から学んでいるはずよね?」
「ええ、まあ。お母さんは『帝王学』とか言ってましたけど」
「ちょっと違うと思うけど、話に聞くあなたのお母さんらしいわね」
「私は、あまり好きじゃないですけど。ただ、わかっているからこそ……」
「私のことも、気づかれちゃうか」
「気になるだけです。白鳥先生は……何者ですか?」
……
「何者でもないわ。安積さんが、そうであるようにね」
「わかりました。別に、みんなを悪く扱っているわけではないですし。でも……」
「安藤くんのこと?」
「……わかっているなら、はっきりしてほしいなあ、と」
「そのうちにね。その理由も……安積さんなら、わかるでしょう?」
「まあ……」
もうこれ以上、白鳥先生を追及する必要はないかな。こう言ってはなんだけど、私もクラスのみんなには、多少負い目がある。わかっていてもわからないふりをするというのは、正直言って、罪悪感しかない。
「それじゃあ、またね」
「はい、また」
すたすたすた
……3月31日まで、あと2か月弱。素性はどうであれ、白鳥先生としてはなんとか実現したいのだろう。私という存在が現れた、この13回目のループからみんなで脱出することを―――
前後編にした理由は特にないけど伏線がないとは言っていない(おい)。なお、あと三話で第七章が終了し、第八章=最終章となります。




