19「え、私、そんなこと言ったの!?」
ぐすっ……うっ……
「お、おかあさん、めに……くまが……でき、て……」
「そ、そんな、そんなことはないぞ!?(がさごそ)……ほらっ!」
「……くりーむ、ぬったって、だめだよ……うわああああん!」
「な、菜摘!? 菜摘!!」
がばっ
「大丈夫、お母さんは、大丈夫だぞ? だから……な? ほら」
「ひっく……ごめん、なさい。な、なつみが、おかあさんに、あいたいって、いった……から、おかあさん、むりして、ふらふら……」
「わかった、わかったから! お母さん、無理はしないから! だから、謝らないでくれ! こっちの胸が痛くなる!」
「むねが……うっ……うう……」
「な、菜摘?」
「わ、わかった……なくの……やめる……ごめんなさい、いうのも……しない……」
「そ、そうか! 本当に、菜摘はいい子だな!」
「お、おかあさんに、あいたいって、いうのも……やめる」
「かはっ」
◇
「え、私、そんなこと言ったの!?」
「言ったぞー。あの時のお母さん、ショックで寝込むところだったぞー」
「菜摘、お母さんは茶化して言ってるだけだから、心配しなくていいぞ」
「でも……」
「ほら、また菜摘が気に病んでる」
「悪い悪い。まだ3歳だったお前が、あそこまで言うとは思わなくてな」
「うーん、やっぱり覚えてないかな……」
「おっと、謝るなよ? お母さんはむしろ嬉しかったんだからな」
「最初からそう言えばいいのに……」
1学期の期末考査も問題なく終わり、夏休みが始まった。クラスのみんなは、ゴールデンウィークの時とは比べ物にならないほどの楽しい予定をたくさん語ってきた。海、山、お祭り、プール、野外ライブ……本当に、今から楽しみである。なお、笹原さんの即売会参加のお誘いは丁重にお断りした。
ただ、夏休みの最初の週だけは、お父さんとお母さんに会うため、いくつかの予定をキャンセルした。残念だけど、両親と数か月ぶりに会える機会だったのだ。そして、今日ようやく、こうして3人で会ってお喋りしている。お父さんとはたまにIP電話で話しているせいか、主にお母さんが喋っている感じだけど。
「クラスメート達とは仲良くやっているようだな」
「うん、それはもう。とっても楽しくていい人たちばかりなんだ」
「自宅にも何人か遊びに来たと言っていたな。……その友達、それから何か、態度が変わったりしていなかったか?」
「態度? ううん、特にそんなことはなかったよ」
柿本くんにはしばらく崇められたけど。私の知らない過去の周回のことでそんなことされてもねえ。そもそも、本当に私が関与していたかさえ今となってはわからないし。
「いや、菜摘、お前は相手が手の平返すようなことをしてきても気づかないタイプだろ」
「タイプって。もう、お母さん、変なこと言わないで」
「菜摘はいろんな意味で賢いから、悪い人に騙されることはないだろうけどね。普通の意味とは違うけど」
「お父さんまでー」
そりゃあ、柿本くんや松坂くんがやったような不正まがいなことは、すぐに察知して是正したい所存ではありますが。こう、動機や因果関係から紐解いてですね。……安藤くんあたりにまた裁判長とか呼ばれそうだな。
「しかし、悪い人……悪い人、か。誘拐や泥棒の類ならなんとかなるが、ストーカー行為はどうしたものかな」
「え、お母さん、ストーカーって?」
「いやなに、中学までは郊外の本邸に住んでいたから、そういう行為は受けにくかったのだが、今はどうかなと」
「別邸も問題ないんじゃないか? 街中だけど、スペースは十分にとってあるし、家屋は門や壁からだいぶ離れているから」
「あ、そういえば、クラスのみんなも『公園か何かかと思っていた』って言ってたっけ」
「なら、大丈夫か?」
普通に公園と思って入ろうとする人が多いのは確かで、昔は本邸のように守衛さんが門のところにいたけど、今は、カード認証だけで門が開くようになっている。あの家の場合、その方がむしろ都合がいいらしい。
「ストーカーと言えば……クラスで特に仲良くしている女の子たちが、いろいろと対策してたかな」
「そうなのか!? いや、イマドキだと、普通の高校生でもそういうのを気にしなければならなくなっているのか?」
「えっと、何が普通かはわからないけど、大人しくて地味にしている娘ほど狙われやすい、って言ってたと思う」
「なるほどね。正確には、狙われやすいというより『執着されやすい』だろうね」
「しゅ、執着!?」
「ん? なんだ、それは男として理解できるってことか?」
「お母さん、冗談でもやめてくれないか?」
「あ、あはは……」
クラスのみんなから聞く過去の周回の話でも、たまにそんな雰囲気のようなものを感じることがある。私も人間関係のことはいろいろと考えるけど、その辺の、えっと、愛とか欲とかが関係することは、どうにも難しい。……まだ、恋とかもわからないし。
「ふむ、一度そのクラスメート達に会ってみたいものだな。最新の状況を知りたい」
「クラスメートって、仲良くしている女の子? それなら、今、連絡とってみようか?」
「いいのかい?」
「うん。インターハイで忙しい時期だけど、今日はもともとその娘たちと遊びに行く予定があったから。聞いてみるだけ聞いてみるよ」
そうして、スマホを取り出した私は、メッセージアプリで湯沢さんと鳴海さんに連絡をとってみた。
◇
からんからん
「あー! ホントに菜摘ちゃんがいた! 御両親と一緒に!」
「湯沢さん、いつも言ってますけど、不躾ですよ」
「いや、だって、本当に家族そろってファミレスにいるとは思わなかったんだもん!」
湯沢さん、すぐにやってきたと思ったら、何を言い出してるのかな? ファミレス=ファミリーレストランだよね? むしろ、ひとりで来たりしたら、ものすごく寂しいよね?
「ああ、確かに、分家の連中とかはこういう店を避けるよな……何様だと思ってんだか」
「まあまあ、生活様式は人それぞれだよ。変なことを言われたりはしてないんだろう?」
「まあな。っていうか、絶対言わせないね。言ったら、家も資本も引き上げてやる」
よくわからないけど、前にお母さんが牛丼屋さんに連れていってくれて、その後、目撃情報がどこかのSNSに書かれたとかで、『スレごと駆逐してやる!』なんて叫んでたっけ。あまりに鬼気迫る様子だったから詳しくは聞けなかったけど。
「あ、し、失礼しました! 菜摘ちゃんのクラスメートで、湯沢と言います!」
「鳴海です。菜摘さんとは仲良くさせていただいています」
「こちらこそ、はじめまして。菜摘の父です」
「菜摘の母親だ、よろしく。なんか食べるか? ここはドリンクバーのメニューも豊富だから、なんちゃってカクテルも結構イケるぞ!」
「うわあ、ビデ会の連中が好きな話題だ!」
「ご、豪快なお母様ですね……」
うん、そうだよ。元気で優しい、自慢のお母さんだよ!
菜摘「むしろ、ひとりで来たりしたら、ものすごく寂しいよね?」
作者「ごふっ(吐血)」




