14「さすが12周回……とは言わないけど」
暑くなり始めてきたかなという頃の、ある日の昼休み。教室でお弁当を広げかけた時、
「……だよなあ。松坂もそんな感じだった」
「そっか。まあ、ねえ……」
安藤くんと柿本くんが、お昼も食べずに膝を突き合わせてなにやら話し合っていた。いつものようにループ関係だとは思うけど、ふたりとも芳しくない表情をしている。
「どうしたの? 何か深刻そうだけど」
「ああいや、以前言ってた時空間研究者の調査なんだけど」
「あまり見当たらないって話?」
「あまりというか、全くなんだよね。だから、もうやめようかって」
まあ、普通はすぐやめるよね。ただ、クラスのみんなは『実体験』としてループを経験しているから、あきらめきれないところがあったわけで。
「そもそも、時空間研究って、ものすごくミクロか、ものすごくマクロな話ばかりなんだよ」
「端的に言えば、量子力学と重力理論になるかな。後者は宇宙物理学に広げてもいいけど」
「それだって参考になればいいけどよ、身近な現象の解明に応用できる理屈じゃないし」
だよねえ。身近な現象ってことなら、物理学や科学というよりも、精神的で哲学的だよね。
「精神的な問題なら、因果関係とか、記憶による時間感覚とか、聞いたことがあるけど」
「そうだね。そもそも僕らは、物理的なタイムスリップを繰り返しているわけじゃないし」
「でもよ、記憶というか情報の移動だって物理現象だぜ? 別に俺らはテレパシーで会話してるわけでもないしな」
それでも、物質そのものより情報の移動の方がエネルギーはかからないとは思う。少なくとも、空間移動では。でも、今の科学技術では、その記憶の空間移動さえできない。できたとしても、それは禁忌となるだろう。人間の記憶という観点では、むしろ心理学の分野で扱うべき事柄だ。少なくとも、現在は。
……というのが、私を含めた13回目のループまでに得られた結論のようなものとなったようだ。それはつまり、
「……やっぱり、私が増えてもループ脱出の手がかりは得られないよね。私は、ループを経験しているわけでもないし」
「いやいやいや、そんなことない、そんなことないよ、安積さん! 僕達はずっと、ループ経験からの推測にこだわり過ぎていたんだから」
「そ、そうだよ! 客観的な意見が得られたおかげで、俺の持論『ループは神様ファンタジーによって引き起こされている』説が濃厚になったんだから!」
「神……様?」
「ああ。この世界を創り出している神様的存在の仕業ってな。『国際社会研究同好会』の領分だぜ!」
国研は、世界中の神話や民話も扱っている。それらが、今の人間社会の有り様に大きな影響を与えている……という理由で。実際、宗教とかに関係なく、聖書や神話からの引用で物事が語られることは多い。
「でも、それだと『なんでもあり』にならないかな? それこそ、作家が自由に物語を創るのと同じで」
「それでもやっぱり、相応のルールがあるはずなんだ。小説とかだって、作者本人を含めた『誰か』が見てるんだし」
そんなものかな? ……そうなのかも、しれない。
「……というわけでさ、安積さん、ひさしぶりにウチの同好会に来ないか?」
がこっ
「なーにが『というわけで』よ。傍から聞いたら下心が見え見えよ!」
「ですわねえ。柿本さん、あまり露骨なことをすると、6周目の……」
「わー、わー! ずっと話しかけてこなかったくせに、余計なこと言うなよ!」
いつの間にか近くにいた湯沢さんと鳴海さんがすかさず突っ込んでくる。でもこのパターン、柿本くんの十八番だよね?
「まあまあ。ふたりもお昼まだだよね? 一緒に食べないか?」
「食べる食べる! あ、ねえ、菜摘ちゃんの今日のお弁当ってなに?」
「今日は唐揚げだよ」
私は自分のお弁当を毎日作っている。料理は得意というほどではないが、嫌いでもない。同居しているいとこの司はまだ小学生で給食だし、共働きの芳月夫妻は外食派である。去年までは、在宅ワークのお父さんがよく作ってくれた。一緒に作ったりしたこともあったので、私の料理はお父さんゆずりということになる。
「やったー! 菜摘ちゃんの唐揚げ、おいしいんだよね」
「おいこら湯沢、なに安積さんからもらうの確定のようなこと言ってんだよ」
「ふふん、私、昨日のうちにリクエストしておいたもんね。もちろん、私も菜摘ちゃんにあげるから。お母さんが作った冷凍コロッケだけど!」
「うわ、ずっこ。あらかじめ仕込んでたのかよ!」
「ま、まあまあ、みんなの分もあるから、ほら」
「「「「えっ」」」」
だって、みんなの行動って割とパターン化されてるんだもん。いろいろと極めているからこそというか。さすが12周回……とは、声に出して言わないけど。




