13「1-Cのみんなを守るために」
キーンコーン、カーンコーン
「はい、終わりです。後ろから解答用紙を集めて下さい」
ガタガタ
……
トントン
………………
…………
……
「……あなた達、今回は静かね。何周ぶりかしら?」
「まあ、同じ問題をこれだけ繰り返し解いていたら。試験からの開放感もいまさらだし」
「安積さんが関わっても、問題内容の『変動率』は限りなくゼロに近かったですしね」
「そうなるように誘導したのでしょう? その分なら、今回は苦労せずに済みそうね」
「僕達も反省したんですよ。無茶振りも怠惰も、ループ問題の解決にならないって」
「もっと早く気づいてほしかったけど……今回は、安積さんのおかげかしら」
「あはは……」
1学期中間考査最後の試験科目が終わり、試験監督だった白鳥先生が、解答用紙を集めて職員室に戻っていく。担任が最後の試験科目の監督をするのは偶然ではなく、試験期間終了に伴うSHRが行われるはずなのだが……このクラスでは不要なのだろう。
「さてと、今日から部活動再開だね。地区予選も近いし、走り込んでくるよ!」
「私もですね。もっとも、この時期は他の部員の指導が定番になってますけど」
「弓道は団体戦も命だよね。短距離走はひたすら鍛える! めざせ、毎周0.01秒短縮!」
0.01秒……10ミリ秒か。つまり、既にそれだけの差しか出ないほどになっているのか。弓道の鳴海さんはともかく、陸上の湯沢さんはいつどこでそこまでにしたんだろう。ゴールデンウィークは一緒にお出かけする日が多かったのに。
「柿本、国研は今回どーする?」
「安積さんもいるし、そろそろ古ゲルマン語いってみるか?」
「え、私? まだアラビア語もマスターしてないんだけど。最近は例の曲の楽譜作成と伴奏練習ばかりだったし」
「ああ、そっか。北欧神話を直接当たってみようかと思っていたんだけど」
「ノルン三姉妹か。とりあえず、俺らだけで資料集めしてみないか?」
「ちゃんとした辞書もまだだしな。じゃあ、安積さん、そっちはまた別の機会に」
「うん」
もうしばらくは『例の曲』の伴奏練習に集中したいところ。部活動としてできればいいけど、うかつに聴かれて『フォルトゥーナ』の活動に影響を与え、予測不能な事態にしても困るだろう。みんなにとっても、私の伴奏は初めてのことだし、大事をとるに越したことはない。
「安積さんのお父さんが言ってたってことも、まずは僕の方で調査してみるよ」
「わかった。それじゃあ、今日はひとりで帰るね」
「うん、またあしたー」
「安積さん、また明日ね」
試験期間中は『過去問』確認という理由もあって、午前中には終わる試験の後は、いつも誰かと帰り、どこかに集まっていた。ゴールデンウィーク中もみんなと遊んでばかりだったから、ひとりで帰るのは本当にひさしぶりだ。
◇
下駄箱で靴を履き替え、校門に向かおうとしていたところ、声をかけられた。
「……安積さん、だよね? ひさしぶり」
「えっと……ああ、あの時の」
「今、ちょっといい?」
「いいけど、なに?」
1-Aの女子3名が私に近づき、そう尋ねてきた。4月初めの集会で話しかけられ、部活動での1-Cのみんなのことで少し話したことがある人達だった。
「私達、安積さんにお願いがあるというか……」
「お願い?」
「その……1-C生徒の何人か、私達に紹介して!」
……は?
「紹介、って、私が?」
「うん。ダメかな?」
「ダメというか、私が紹介しなくても、直接話しかければいいと思うんだけど……ああ、そっか」
「う、うん。ゴールデンウィークが明けてから、ますます近づきにくくなっちゃって……。友達に、なりたいんだけれども」
みんな、連休や試験期間を通して、有名人オーラが更に増したもんなあ。これは比喩でもなんでもなく、1-C生徒のひとりひとりが、学校内で有名なのである。
恋愛マンガとかの定番で、芸能人顔負けの『イケメングループ』や『学園のアイドル』なんかが出てくるけど、それを地でやっているとでもいえばいいのだろうか。本人達も割と自覚しているみたいだけど、経緯が経緯だからか、他のクラスの生徒とはあまり積極的に交流していない。彼ら彼女ら曰く、少なくとも最近の周回では。
「1-Cでも、安積さんは話しかけやすくて……あ、ごめんなさい」
「ううん、いいよ。でも、だからこそってわけじゃないけど、私から紹介するのも厳しいかなあ」
「そっか……。あ、そうだ。安積さんだけでもどうかな? これから1-Aの何人かで打ち上げに行くんだけど。ひとりだよね?」
「そうだけど……」
たまには、いいかな。
「ダメよ」
「え? 白鳥先生?」
いつの間にか近くにいた白鳥先生が、そう言って止めてくる。
「し、白鳥先生、なぜですか!?」
「……お酒はダメ、ってことよ」
「「「!?」」」
「ほら、もう行きなさい。試験が終わったからって、ハメを外さないように」
「……はい」
すたすたすた……
「えっと……ありがとう、ございます?」
「あら、わかるの?」
「それは、まあ。でも、このままでいいんですか? あの子達、お酒を飲むようなところに行くんでしょう?」
「大丈夫よ。1-Cの誰かがついて行きさえしなければ、相手にされないから」
……?
「前の周回から判断して、ってことにして。これでも、私も『13回目』だから」
「……わかりました。それじゃ、帰ります」
「ええ。また、明日」
白鳥先生、これまでも……私がいない周回でも、1-Cのみんなを守るために、こうしてきたのかな。詳しくは聞けないし、聞かない方がいいのだろうけれども。
トコトコトコ
「……傍から見ればすぐわかることでも、本人はなかなか気づかないものなのね……」