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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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このゴーレムは進化する!

「このゴーレムは進化する!」


俺は高々と宣言し、拳大の人型土人形「ゴーレム」に錆びたネジを突っ込んだ。するとゴーレムは見る見るその外装を変えていった。茶色い土色から錆びたネジ色に変色した。頭頂部からはドリルのようにネジの先端が生えてきた。かっこいい。ドリルは男の浪漫である。触れてみれば感触も硬質な鉄のものだった。


「やった!成功だ!なっ!?なっ!?すごいだろ?」


俺は興奮気味に真横でゴーレムの様子を見ていた幼馴染に声をかける。彼女はネジとの合体により進化を果たしたゴーレムを手に取り、弄り回す。感触を確かめ、あらゆる角度から検分し、手足を引っ張ってみたりした。気がすむと彼女はその綺麗な金髪を払い、大きな碧眼をこちらへと向けて口を開いた。


「すごいけどこれ動かせるの?」


「ふん。なにをバカなことを…ってあれ?」


魔力を進化したゴーレムへ送ってみても動かない。ゴーレムは俺が土魔法によって生み出したもので魔力を送ることで任意に動かすことが出来る。いや、出来ていたのだ。今までは…。


「ふふん!残念だったわね!進歩は認めるけどまだまだのようね!」


「ぐっ。」


材質が変わってしまったせいか、まるで動かせない。今までは自由自在に動かせていたのに…。


「じゃあ、次はあたしの番ね!」


彼女はそう言うと右手を掲げ、詠唱した。


召喚(サモン)!聖剣エクスカリバー!」


眩い光と共に神々しい剣が現出した。彼女の右手の甲では勇者の紋様が輝いていた。



俺が幼馴染と出会ったのは6年前、俺が7歳の時だった。王国の辺境にあるこの村に珍しいことに、とある一家が訪ねてきた。その一家は金髪碧眼の明らかに高貴な身分の人達だった。しかも一人娘を預かって欲しいというから驚きだ。村長は初め、断っていた。無理もない。きな臭い匂いがプンプンする。変な事件にでも巻き込まれるんじゃないかと不安になる。しかし、結局はその一家が見返りとして用意していた金貨に、目を輝かせて承諾した。その時村は財政難にあったのだ。村長が特別金に貪欲な人間というわけではない。良い村長なのだ。その証拠に村長はその財を村の運営のためにつかったし、今も彼女を実の娘か孫のように育てている。


ともあれ、俺の幼馴染の両親は彼女と莫大な金貨を置いて去っていった。


黒髪黒目が基本のこの村において金髪碧眼は良く目立つ。しかも彼女は顔も芸術めいて整っていたから注目の的だった。


しかし当時の俺はそのことを知らなかった。一日中家に引きこもってゴーレム製作に勤しんでいたからだ。その生活は今でもたいして変わらない。


土魔法しか使えないとはいえ、当時村で唯一の魔法使いだった俺はそのことがとてもうれしかった。自分が特別な人間だと思えた。そう思わせてくれる魔法が好きで毎日毎日飽きもせず、土魔法を行使し続けていた。当時はゴーレムも作っていたが、まだ自在には動かせなかったため、鍬などの農具や他の便利道具も製作していた。すると両親や村人は笑顔になり褒めてくれる。土魔法の研鑽こそが大事で、それだけが大切だった。


朝目覚めて、飯を食って、農耕道具を作る。昼飯を食ったら便利道具を作り、水浴びをして夜飯を食ったら寝るまでゴーレムを作る。そんな調子だったから一か月もの間、俺は新たな住民の事を知らなかった。どうやら両親は教えてくれていたそうだが、当時の俺は土魔法に関係のあることしか興味が無く、他の話は聞いても忘れてしまっていた。


だからあの時は酷く驚いた。


「何をしているの?」


昼間、ゴーレムを作って、その性能の向上を目指して四苦八苦していた所、急に声をかけられた。知らない声に、顔をあげると金髪碧眼の美少女が部屋の扉から顔を半分だけ覗かせてこちらを見ていた。同年代とまともに話せない俺は、当然同年代の可愛い女の子とどう接したらいいかわからない。内心かなり同様しつつも、可愛い女の子の手前、努めて冷静に答えようとした。俺も男だ。可愛い女の子にはかっこをつけたい。


「っ……。」


哀しいことに緊張で声帯は引きつり、声が出なかった。


仕方がないので何も言わず、彼女の目の前でゴーレムを作った。当時の俺に作れる最大の大きさで。


成人男性ほどの大きさのゴーレムが室内を歩きまわる。当時の俺には歩かせることしか出来なかったからだ。


「わあ!」


歩き周るゴーレムを見て彼女は歓声を上げた。当時の彼女は今ほど気が強くなく、人見知りだったが、嬉しそうに拍手をし、俺の傍まで寄ってきて自己紹介をしてくれた。


「アカシア・フォン・ビーライクです。今のは魔法?すごいね。」


「名前はダイク。今のは土魔法。」


笑う彼女は余計に可愛く、俺の心臓は不覚にも高鳴った。彼女の言葉に必死に言葉を返すが、どうにもぶっきら棒になってしまう。


この時からアカシアは良く魔法を見に訪ねてくるようになったし、俺は余計に土魔法に、特にゴーレムを作る魔法にのめり込んでいった。


今までは土魔法製の道具を作成することでしか村には貢献してこなかったが、アカシアと知り合い始めてからはゴーレムを農耕作業に貸し出すようになった。


初めは奇異の目で畑を耕すゴーレムを見ていた村の人達も三日もすれば慣れたようだった。一体、二体と農作業を行うゴーレムが増えていった。移動しながら畑に鍬を振り下ろすことしか出来なかったゴーレムも、少しずつ複雑な作業が出来るようになっていった。


ことわっておくが、単純にゴーレムを自動操縦で動かせるようになったのがこの頃というだけで、決してアカシアへの下心があってやったわけではない。単純に技術的な向上があったのが、この頃だったというだけの話だ。


しかし、アカシアと出会ってからたった1年で目に見えて技術が向上した。そのせいで、両親や村人から揶揄われるのは避けられなかった。


アカシアは俺が新しいことが出来るようになる度に目を輝かせて喜んでくれた。だから、彼女が俺のモチベーションになっていたことは確かだけれど、指摘されると妙に気恥ずかしくて、むきになって否定した。


アカシアと出会って1年が過ぎた頃、彼女から告白を受けた。


残念ながら「愛の告白」ではない。


「わたし、実は勇者なの。」


そういって彼女は勇者の証、聖剣を召喚してみせた。手の甲にはこれまた勇者の証である紋様が青白い輝きを放っていた。


勇者とは神より賜る聖剣を携え、災厄の魔王を打滅ぼす人類の希望だ。


当時の彼女の聖剣は、刀身が短く、ナイフのような形をしていたが、神々しい威容を湛え、荒唐無稽な彼女の言葉に確かな説得力を与えていた。


突然の告白に衝撃を受けて呆然とする俺に少し不安気な眼差しを向けながら彼女は言葉を続ける。


「でも、わたし勇者やりたくない。」


俯きながら弱弱しく告白する彼女。いよいよ混乱する俺。


だから仕方ないだろう。あんなことを口走ってしまったのはきっと混乱のせいだ。


「わかった。じゃあ俺が魔王を倒すよ。」


当時俺はまだ8歳で、身の程を知らず自身が特別だと思っていた。無謀で勇敢なガキだった。


「俺が君を守るよ。」


愚かな俺は口にした途端猛烈な羞恥に襲われて、アカシアから視線を逸らしてしまった。だから、その時彼女がどんな表情をしていたのか、俺は知らない。


その後、アカシアは彼女がここに来た経緯を教えてくれた。村の誰にも話していないことだという。


「二人だけの秘密。」


そう言われてしまえば、黙って頷き、話を聞く以外の選択肢はないだろう。


彼女は辺境の貴族の産まれだという。つまり彼女の両親もまた貴族ということ。金髪碧眼は貴族に多い特徴だ。だから彼女が貴族であることには薄々気付いており、驚きは少なかった。


アカシアは何不自由なく辺境で暮らしてきたが、5歳の誕生日、突然彼女の右手の甲に勇者の紋様が光始め、聖剣が顕現した。彼女の両親は初め、とても喜んだ。勇者であることは大変な栄誉だ。アカシア本人にとっても、両親にとっても。しかし、アカシアの酷く不安気で怯えた表情を見て考えを変えたという。


勇者には輝かしい栄誉とは裏腹に、重い責務がある。血と暴力の最前線に身を置くことが宿命づけられている。


5歳の少女にそんなことがわかるはずもないが、死と隣り合わせの恐ろしい未来が勇者という栄誉の裏で待ち受けていることを彼女は直感していた。


表情を曇らせるアカシアに両親は言った。


「君は勇者になりたくはないのかい。」


恐る恐るアカシアは答えた。


「やりたくない。」


勇者の責務の放棄。それは人類に対する裏切りだ。勇者が戦わなければ近い将来、世界は魔王によって滅ぼされるだろう。魔王と勇者は同時に世界に現れる。それは世界の法則だ。勇者が現れたのであれば、同時に魔王も現れ、世界終焉へのカウントダウンが始まる。

 

 アカシアの両親は人として、人を治める貴族として、娘を叱らなければならなかった。教え諭さなければならなかった。彼女は幼く、その使命の重さを、意味を、何も理解してはいないのだから。


「わかったよ、アカシア。君が勇者になることを拒むなら、私たちが君に勇者を強制する全てから君を守ろう。」


だが、アカシアの両親は人として、貴族として最も愚かな選択をしてしまった。彼女の意思を尊重してしまった。アカシアの両親は義務感の強い貴族だった。物の道理を理解する人達だった。しかし人の倫理も貴族の義務も娘への愛に屈してしまった。


歴史を紐解けば、勇者の英雄譚は魔王を倒し、王族と婚姻を結ぶハッピーエンドの物語ばかりではない。寧ろそのほとんどは魔王との相打ちで幕を下ろしている。


アカシアは一人娘だ。死の結末が濃厚である以上、親の決断としては理解できる。しかし、あるいは勇者には人を魅了し、愛に狂わせる魔力が宿るのかもしれない。そう思わせるほどの決断を、並大抵の愛情では下せぬ決断を、アカシアの両親はした。


そしてアカシアはその存在を隠すためこの村に預けられ、アカシアの両親はアカシアが勇者の使命を負わないために活動を始めた。


「お願いがあるの。」


アカシアが村に来た経緯を話し終えた直後のことだ。彼女は俺の表情を伺いながら言葉を続けた。


「わたしの存在を、勇者の存在を隠すために私の両親は今も色々と活動してくれているけど、いつまでも両親に甘えているわけにはいかないこともわかっているの。」


消え入るようなアカシアの声。迷いと決意、その矛盾が同居している。


「わたしの両親はわたしのために危険なことをしてる。わたしはいざという時の為に強くならないといけないと思う。だから、魔法を教えて欲しいの。」


やはり勇者には思考力を奪う魅了の魔力があるように思えてならない。


上目遣いで見つめる彼女に、俺は一も二もなく了承した。


彼女の大きな碧眼は清らかな泉を連想させ、そこに映りこむ俺は、なんとも間抜けな表情をしていた。




 それから二人で魔法の訓練を始めた。そして気づけば戦闘の訓練も行うようになっていた。


訓練1年目。この頃、俺のゴーレムは村中の畑に行き渡り、森の伐採や村の警備にも配備されるようになっていた。


アカシアは聖剣を召喚することしか出来なかったが、魔力を使う感覚など助言できることは多かった。アカシアの戦闘訓練もゴーレムを使って対応できた。残念ながら、俺自身は彼女の訓練相手になれる程の戦闘能力は終ぞ得られなかったが、ゴーレムを行使すれば聖剣を振るう彼女と互角以上に戦えた。このころはまだゴーレム1体で対応出来ていた。


 訓練2年目。俺は警備用ゴーレムの配備を増やすと共に、狩猟用ゴーレムを開発、配備した。本職程ではないが、一定の成果を上げることが出来た。


 アカシアはさすが勇者というべきか、その戦闘力の上昇は目覚ましく、ゴーレム1体では対応できなくなっていた。


だから仕方のないことだった。


「うわっ!ずるい!」


「ずるくない!数は力だ!戦略だ!」


決して悔しいとかそんなことではなく、俺は彼女の訓練のため、負ける度にゴーレムの数を増やしていった。


「ふはははは!我がゴーレム部隊は何度でも復活するぞ!!」


「ギャーーーーー!」


 ……、少し大人げなかったかもしれない。反省している。


 そしてこの頃からだったと思う。アカシアの性格が少しずつ変わっていった。戦闘能力の上昇で自分に自信がついたのか、どこかオドオドしていて人見知りだった彼女が、社交的になっていった。人の目をまともに見ることも出来なかったのに、目を合わせ、堂々と振る舞えるようになっていた。友人なんて俺しかいなかったのに、10歳になる頃には同年代のガキ大将のようになっていた。


 そして俺が彼女の成長を喜べなくなったことに気付いたのもこの頃だったように思う。


 アカシアが社交的になったことで俺といる時間はかなり減ってしまったけれど、それでも一日の大半を彼女と過ごしていた。今まで一緒にいる時間が長すぎたのだ。それでも寂寥感のような焦燥感のようなものを俺は感じていた。


 さて訓練3年目にもなると彼女と俺の戦闘力の差は歴然としていて、どれだけゴーレムの数を増やそうと勝つことが出来なくなっていた。なので工夫することにした。


今までは画一的な人型ゴーレムしか使ってこなかった。違いがあるとすれば、俺が直接操る手動式か事前にプログロムした命令通りに動く自動式かくらいのモノだった。


故にまずは大きさを変えた大小さまざまなゴーレムを作り同時に運用した。すると戦略の幅は大きく広がった。


大ゴーレムの肩に小ゴーレムを乗せて突撃し、大ゴーレムがアカシアの隙を作り、小ゴーレムがトドメを刺す。そういったことを四方八方から繰り出せば流石のアカシアとて対応に苦慮する。


 ただ、強くなったアカシアは、その対応力も磨かれていて一週間もすればゴーレム達の行動に慣れてしまう。だから俺はそうなる前に必死で次の手を打っていかなければならなかった。


 思えばこの時期が一番大変だった。


 大きさの次に俺はゴーレムの形を変えた。異形のゴーレムを作ったのだ。腕の長いゴーレムに始まり、六本腕のゴーレムや頭部や胸部から拳が飛び出すゴーレムなど思いつく限りあらゆる形状のゴーレムを作った。最終的にはもはや人型とは呼べないような形態になってしまったが、苦労した甲斐あって、新たな形状のゴーレムが出来上がる度、俺は彼女との訓練に勝利を収めることが出来ていた。


 俺が勝利すると彼女は意地になって何度も俺に勝負を挑む。それが嬉しかった。


 ガキ大将になった彼女には男女問わずたくさんの子分達がいて、彼ら、彼女らは俺が気に入らないようだった。彼女の時間の多くを俺が独占していたからだ。


 また、十代前半の子供達にとって同年代の誰かとつながりを持っているかどうかということは人間関係の上下を決める大きなファクターだ。多くの人間に好かれるほど位は高く、逆に誰とも関わらずに孤独に生きる者程蔑まれ見下される。


 つまり、同年代の繋がりがほとんどないにも関わらず、皆のアイドルアカシアとの親交が深い俺は、不満や嫉妬が集まれば容易に攻撃の的となる。


 例え、親やアカシアから諫められていたとしても、寧ろ諫められれば諫められた分だけ反発し、俺を攻撃してくる。


 子分達はアカシアや大人達の隙をついて俺に嫌がらせをしてきた。引き籠りとは言え、俺にも外出する機会はある。


 彼らは誹謗中傷の言葉を投げかけてくる。実に程度が低いが、俺も人間が出来ているわけではない。口に出す事こそないが、同レベルで憤っている自分がいる。


「引きこもりの根暗野郎が、調子に乗るなよ。」


「大人達に媚ばっか売りやがって男らしくねえ。」


「なんでアカシアの姉さんはこんな奴と…。」


「勘違いするなよ。アカシア姉さんはお優しいから一人可哀想なお前と遊んでやっているんだ。そうでなければ誰がお前なんかと…。」


 顔を歪めて罵る子分達。他者にバレないよう小声で囁きかけてくる。じつに滑稽で醜い。アカシアの子分には15歳の男までいるが、他の子分達と一緒になって俺を責め立ててくる。


 こいつらは俺が、俺のゴーレム達が村で果たしている役割を理解しているのだろうか。


 俺のゴーレム達の働きにより、村は大きく拡張されてきている。森の伐採が進み、開拓・開墾用ゴーレムを新たに配備するようになった。村が一回りも二回りも大きくなり、人口も増えてきていると村長から聞いた。


 村が大きくなったことに伴い仕事も増えた。それでもこいつらが仕事もせずに遊んでいられるのは一重に俺のゴーレム達が働いているおかげだ。木々を伐採し、土地を開墾し、畑を耕す。資材を運び、土台を組み、建物を拵える。村の周囲を巡回し警備をする。全て俺のゴーレムが配置され関与しているため、少ない人員で村の運営が回っているのだ。


 もはや俺抜きで村は立ち行かない。俺が一言村長に言えば、村からの追放すらあり得る。


 俺の気まぐれでゴーレム達が動かなくなっては困るから。


 こいつら追放してやろうか……。


 ほの昏い情動が沸き起こる。


 しかし、アカシアがどう思うかを考えるとそんなことは出来ない。同様の理由でゴーレムで痛めつけてやることもできない。


 こいつらは嫉妬を原動力に行動している。その感情はきっと理屈では制御できないものなのだろう。だからこいつらが俺の村での立場を理解していたとしても、理解したとしても同じことは続くだろう。


 さて、どうしたものか。


「お前はアカシア姉さんに相応しくない。」


 思案しているとまた嫌味が聞こえてきた。その言葉に思わず笑いが漏れてしまう。


「ははっ。」


「何笑ってんだよ。」


 眉間にしわを寄せて凄んでくる彼に俺は言ってやった。


「なら、お前はアカシアに相応しいとでも?」


「……っ!」


 俺の言葉に口をつぐむ彼。


 そりゃ言葉にも詰まるだろう。


 こんな辺鄙な田舎村に彼女に相応しい奴など居はしないのだから。




「ダイク、村の子達と何かあった?」


 翌日、開口一番アカシアは言った。子分達から俺の悪口でも聞かされたのだろうか。


「何かって?」


 しらを切ってみる。


「昨日ディエゴ達と言い争いしたって…。」


 やはり昨日の口論とも言えない諍いの事のようだ。


 心配そうに眦を下げるアカシアに俺は昨日の出来事を話した。ディエゴというのはきっと子分達の中の誰かのことだ。


「うん。そうよね。ダイクがケンカ売るような真似するわけないもんね。」


 どうやら子分達からは俺が因縁をつけてきたと報告されていたようだ。そして俺の言い分を信じてくれるらしい。ざまあみろ子分供。お前ら信用されてないぞ。


「ごめんね。あいつらにはダイクにちょっかいかけないよう言ってるんだけど…。」


「いいよ。アカシアのせいじゃない。」


「そう?ところであいつらに何言ったのよ。すごい怒ってたわよ。」


「子分達はなんて?」


「子分じゃないわよ。」


 アカシアは子分などいないと不満気に口を尖らせた。そしてすぐにどこか生意気な、意地悪な笑みを浮かべて口を開いた。最近よく見る表情だ。活き活きしていて楽しそう。だがこういう時、大概俺が困るようなことを口にする。果たして彼女は言った。


「『アカシアと縁を切れ。お前らにアカシアは相応しくない。』って言ってたって。」


 なんだ、子分供の言ったことを俺の言ったことにして告げ口したのか。訂正しようと口を開きかけたが、アカシアの話には続きがあった。


「『アカシアには俺がいればいい。』って言ってたって。」


 なんてことを言いやがる。おそらくアカシアの反応が悪いから話を盛ってしまったのだろうがいい迷惑だ。痛いところを突いてくる。


 なんと返せば適切なのか。しどろもどろにでもなれば最悪だ。「え?もしかて本当だった?とんだ勘違い野郎ね。」となりかねない。


 黙って考えているとアカシアがニヤニヤしながら覗き込んできた。


「なに黙ってるのっ。どうなのよ?」


 ムカつく笑顔で煽ってくる。揶揄う調子でいじってくる。


 だが何より腹立たしいのは意地悪く笑う彼女がとても可愛いいことだ。このやり取りが少しも嫌ではないことだ。そのことがとても悔しい。



 訓練4年目。ナイフみたいだった彼女の聖剣は彼女と共に成長しておりこの頃には立派に剣と呼べるまでになっていた。そして時を同じくして戦闘訓練でアカシアに手も足も出なくなった。どんな小細工を施そうと、どんな策を弄そうと彼女はその膂力、胆力、判断力そして何より火力でそれを凌駕してくる。


 そう火力だ。


 いままで彼女に火力なんてものはなかった。彼女の戦闘パターンは聖剣を召喚し、その聖剣を振るう、それだけだった。それだけといっても聖剣には魔力を操作することによって身体能力を引き上げたり、聖剣の切れ味を高めたりといった特殊能力はあった。彼女の培ってきた技術があった。


 しかし、そこに火力と表現できるような能力はなかった。そしてそれは彼女の大きな課題でもあった。遠距離攻撃の手段も高い破壊力も彼女にはなかったのだ。


 彼女はその課題を召喚魔法によって解決した。今まで聖剣しか召喚することは出来なかったが、火精霊を召喚することに成功したのだ。


 火精霊を召喚したことにより火魔法を扱うことが出来るようになった。火精霊は聖剣と違い、一度召喚したらそのままアカシアと供にあるようだ。聖剣は戦闘後毎回消えているのに…。


 火精霊はアカシアに宿り、普段他者の目には見えない。彼女の意思によってのみ可視化される。見た目はただの火の玉だ。ふよふよ宙に浮いている。しかし彼女には火竜、サラマンダーに見えるらしい。かっこいいので是非見てみたい。


「精霊を召喚出来ても、必ず召喚主に力を貸してくれるとは限らないみたい。精霊自身が力を貸すにふさわしい者を見極めるんだって。戦闘中に精霊を召喚したら、敵に力を貸しちゃったって例もあったくらい。」


 だから力をきちんと貸してもらっていること自体がすごいのだと彼女は主張した。


 しかし勇者をさしおいて精霊が力を貸すような存在なんてそれこそ魔王くらいしかいないだろうに。


 俺が呆れた様子を見せると彼女は不満気に頬を膨らませて見せた。


 ともあれ、火精霊の召喚により彼女の戦闘力は爆発的に上昇した。火魔法は正に竜の息吹の如しである。高温の火炎放射が得意のようで、初めて使った時は広範囲の山火事になった。


 どういった仕組みか不明だが、火魔法が使えるようになっただけでなく身体能力も飛躍的に向上した。適当なパンチで岩に穴が開く。俺のゴーレムで殴ってもダメージを受けない。勇者の名にふさわしい超人的身体能力をアカシアは手にした。


 「どう?すごいでしょう。私の力。」


 火精霊による能力の上昇を確認した直後、彼女は元気な声で胸を張った。誇らしげな表情を浮かべた。しかし、俺の勘違いでなければ、彼女の瞳は不安と恐れで揺れていた。


 超人の域に達した彼女の能力は「勇者」という宿命を強く想起させる。


 彼女は12歳になろうとしていた。村に来た当初と比べてその精神的成長は著しい。しかし勇者の重責を背負うには幼過ぎた。そして彼女がその重責を負うということは今もどこかで彼女の為に活動している両親の頑張りが無に帰すという事だ。だがその重責を負わないことによってどこかで誰かが死んでいる。幸か不幸かそのことがわかってしまう程度には彼女は賢かった。罪の意識が芽生えない程鈍感ではなかった。


 元気づけてやりたいと強く思う。


 しかし、俺もまた昔とは違った。「魔王を倒す」とか「君を守る」とか、それが如何に身の程知らずな発言だったか知ってしまっていた。


 不安を抱えながら笑って見せる彼女に、勇気づける言葉の一つもかけてやれない。


「ふんっ。これからは力じゃなくて技術の時代だ。」


 勇気づけてやれないなら話を逸らすしかない。おかしなことを言っているのはわかっていた。ただの負け惜しみだ。しかし口を吐いて出た言葉は止まらない。彼女の顔は怖くて見れない。だからゴーレムを創造する。


「見よ!この技術力!そう、このゴーレムは進化する!」


 ただただ勢いのままに叫ぶ。


 俺の創造したゴーレムはなめらかに姿を変えていく。人型から足が縮み腕が伸びて猿になり、どんどん猫背になり腕が縮み耳が頭頂から伸びて犬になる。


 この変化はあくまで序章。彼女の興味を引くための導入。


 そうしてゴーレムはやがて鳥へと姿を変えて空へと羽ばたいた。


 俺のゴーレムは飛行能力を得たのだ。


 戦闘訓練での小細工の副産物だ。人型にない構造、機構を作ろうとゴーレムをいじっていた時、森の動物達を参考にしていた。そして気付いた。鳥の形を模すと、ゴーレムは飛行能力を得ることに。だが、この飛行能力を俺は彼女に隠していた。


 この時すでに、そう遠くない未来、俺では彼女の訓練相手にすらならないことを予期していた。だから逃げ場を用意していた。言い訳を用意していた。


「どうだ!すごいだろう!これからは技術力で勝負だ。いかに新しいことが出来るようになるかだ!」


 ヤケクソ気味に俺は主張する。彼女と対等であり続けるための、いや、対等と錯覚させるための悪あがきだ。


 ちらりとアカシアを伺い見れば彼女は空を飛ぶ鳥型ゴーレムに目を奪われていた。


「ゴーレムって飛べるのね。」


「お、おう。」


 彼女はそう独り言ちると、こちらに視線を向けてきた。表情は神妙で俺はいたたまれなくなる。耐えられず俺が視線を逸らすと「ふふっ」という彼女の抑えた笑い声がした。


「そうね、これからは技術力ね。受けて立つわ!」


 彼女はそういうと徐に片手を突き出し唱えた。


『来たれ!吹きすさぶ風の精霊よ!召喚(サモン)!』


 アカシアの長く艶やかな金髪が舞い上がる。彼女を中心に風が流れている。気付けば彼女の目の前には拳大の薄く輝くエレラルドの竜巻が浮かんでいた。


「召喚、成功したのか?」


「うん。風精霊(ウインドエレメンタル)。」


 彼女は俺の問いに答えると、目を輝かせながら彼女の召喚した風精霊を眺めている。彼女には大鷲に見えるらしい。そして風精霊は暫くすると彼女を主と認め、彼女の体内へと吸い込まれていった。


 呆然とする俺に彼女は笑いかけてくる。


「今なら出来ると思ったのよ。なんとなくね。」


 生意気な人好きのするその笑顔には、もう不安の色は伺えなかった。代わりに含みのある表情をその均整な顔に浮かべて彼女は言葉を続けた。


「ねえ、この勝負。私の勝ちよね。」


 彼女はニヤリと勝ち誇る。


 彼女は風精霊の召喚により、風魔法とさらなる身体能力を得た。


 しかしだ…。


「いや、ゴーレムが飛べる方がすごくないか?」


 常識的に考えて、ゴーレムは飛べない。そんな固定観念があるはずだ。その固定観念を俺は突破した。ブレイクスルーだ。技術革命と言ってもいい。俺の勝ちだ。


 そんなことを彼女に懇切丁寧に説明してみたが、彼女は納得しなかった。


「何でよ。ダイクは飛行能力とあの細かい変形能力が出来るようになったんでしょう?」


 ゴーレムの変形も勝負に入れてもらえているようだ。


「私は風精霊の召喚とそれに付随する風魔法各種よ!私の方が出来るようになったものの数が多いわ。見ててよ!」


「わっやめろ!魔法の試し打ちは森の奥でやるぞ!前は山火事になっただろ!」


 結局言い合いは続き、どちらも勝ちを譲らぬまま、俺達の新たな勝負が始まった。


 そして冒頭に戻る。


 13歳になった俺達は、今もその技術力を競っていた。一応戦闘訓練だって続けている。俺が弱すぎてアカシアの相手にならないが、体がなまってしまうよりいいだろう。彼女も一人で特訓するよりかはいいはずだと自分を慰めている。


 アカシアは聖剣を伸縮自在に操ることが出来るようになったし、形状変化も思いのままだ。


「ダイクのゴーレムを参考にしたの!」


 彼女は新技術を披露する度、得意気に自慢する。膨らみ始めた胸を張り、輝かんばかりの溌剌とした笑顔を向けてくる。


 彼女とはもう長い付き合いだが、こういった時は不覚にも見惚れてしまい言葉が出なくなる。


「もうっ。なんとか言ってよっ。」


 すると彼女は口を尖らせ拗ねて見せる。両手を後ろで組んで覗き込んでくる。


 透き通る碧眼に魅入られて、俺はまた言葉を失うのだ。


 そんな俺はと言えばゴーレムの性質を変えることが出来るようになった。ネジを突っ込んで鉄性のゴーレムにしたアレだ。動かすことが今後の課題だが、着々と進歩してはいる。


 そしてここ最近で一番の変化はこの村だ。移民が増え人口が急増している。俺のゴーレム達がフル稼働で働いているため住居や食料にはまだ余裕があるが、このまま増えるとどうなるかわからない。


 人口流入の主な原因は魔物だ。


 魔物は魔王が生み出す災厄の化身である。生物の姿を象るも生物にあらず。命あるものを憎み、ただ破壊の限りを尽くす。魔物に侵略された土地は汚染され、生物の住めない魔境と化す。


 ここ数年、魔王の居場所を中心に魔境がじわじわと浸食の範囲を広げてきている。


 魔物によって村や町を滅ぼされた人達が魔境から距離のあるこの村に避難もしくは新たな住処として移動してきているのだ。


 アカシアは魔物の被害にあった人達の様子を見る度、辛そうに顔を俯かせている。


 当然だろう。


 彼女には魔王に対抗する力が備わっているはずだし、もし彼女が魔王討伐の旅に出ていたら落とさずに済んだ命もあったかもしれない。親しい人を亡くした人も大勢いる。


 彼女はもう幼く臆病だった世間知らずの少女ではない。


 知識を蓄え、人と交わり、技を磨いた。


 勇者の器は為し始めている。


 しかし、彼女の両親への愛が歯止めをかける。


 彼女の両親は彼女にその責務を望んでいない。そのために命を懸けて人類を裏切る活動を今も続けているはずだ。


 彼女はただ俯いているほかなく、俺はそんな彼女に声をかけることもない。


 身の程は弁えている。


 アカシアが勇者の名のりを上げて、魔王討伐の旅に出たなら、俺はきっと付いてはいけない。俺にそんな危険な旅に同行する力はないから。


 彼女に勇者の責務を負って欲しくなどない。


 彼女と共に居られなくなるくらいなら、何人死のうが、世界が滅びようが構わない。


 そんな俺に、彼女にかけられる言葉などあるはずがないだろう。


 俺達は14歳になった。この村はもはや町を通り越して街と名乗ってもおかしくない人口を抱えようとしている。


 不思議なことにアカシアが村に来た年から徴税官はこの村を訪れなくなった。アカシアの両親、ビーライク夫妻がなにか細工をしているのだろう。おかげで税金を取られることもなく、村は発展している。


 流入する人口もさらに増えた。それはつまり魔王、魔物、魔境の被害が広がっていることと背中合わせの事象だから素直に喜ぶことは出来ないが、村は活気づいている。


 国の中心部から避難してきた人などもおり、彼らは多様な情報を持っていて、それらは噂話として俺達の耳に入ってくる。


 曰く、ビーライク夫妻が人類への背信により捕らえられた。

 曰く、使徒の聖務を妨害し、勇者の発見を遅らせていた。


「使徒」とは神のお告げを受けた者のことだ。魔王の出現による警告と勇者を特定する権能を持つ。使徒に認められることにより、勇者は正式にその任を負うことになる。使徒はその権能ゆえに勇者の容姿と大雑把な現在地の方角がわかるが、逆にそれしかわからない。故に使徒は勇者を探して旅をする。自身の使徒としての務めを果たすために。


 使徒の妨害をする。


 それが彼女の両親が娘を守るためにした決断だった。


 所詮は噂、どこまでが真実かはわからない。しかし、この噂には俺もアカシアも大きな衝撃を受けた。


 アカシアは俺の予想を裏切り、泣くことも喚くこともせず、ただ黙って歯を食いしばっていた。感情の昂ぶりによって瞳は涙を湛えていたが、決してそれを溢すことはなかった。


 この時彼女は何かを決心したのだろう。覚悟を決めたのだろう。


 そんな意志の宿った彼女の瞳に俺は酷く動揺した。


 ここに至ってなお俺は躊躇している。懊悩していて苦悶している。


 なんてことはない。アカシアに置いて行かれるのが怖いのだ。だが、着いて行って失望されるのも恐ろしい。


 アカシアの両親が捕らえられたなら時間はもう残されてはいないだろう。


 アカシアが勇者の力に目覚めてから凡そ10年。


 決断の時が迫っている。




 アカシアの両親の噂を聞いてから半年が経った。俺は性質を変えたゴーレムも自在に操れるようになっていた。だから、次は聖剣をゴーレムに突っ込み「進化」させようと試みた。


 この実験が成功すれば、アカシアは勇者の責務を負わず、俺は昔の約束通り、魔王を倒す力、聖剣の力を備えたゴーレムを得ることが出来る。「君を守る」と胸を張って言うことだって出来るだろう。


 並々ならぬ情熱と期待をこの実験に注ぎ込んだ。


 しかし現実はそう甘くはなかった。アカシアの持つ聖剣が突き刺さった瞬間、俺の身の程を弁えぬ期待を嘲笑うように、ゴーレムは音を立ててバラバラに砕け散ってしまった。


「っくそっ……。」


 あまりの落胆と失望に俺はそう吐き捨てる。立ち続けることも出来ずにその場に座り込む。アカシアが俺の憔悴ぶりに慰めの言葉を掛けてくれるが耳に入らない。


 その時だった。もはや人口だけでなく街並みも街の様相を呈した村から大勢のどよめきが聞こえてきた。


「なんか広場が騒がしいね。気分転換に行ってみない。」


 アカシアの気遣いを無碍にも出来ず、俺は新設されたゴーレム工房を出て、どよめきの方角へ向かう。


「どうしたんだろう。」


「どうしたんだろうな。」


 俺はその時一抹の不安に駆られていた。しかしその胸中がバレないよう、アカシアの呟きにそう返答した。


 騒ぎの中心は街の中央広場。その中心に彼らはいた。大勢の野次馬が広場を囲んでいるが、一段高い舞台に彼らは立っているため遠くからでもその姿は伺えた。


 二人の人物がそこにはいた。一人は徴税官だ。久しぶりにこの元村を訪れたためかその変わりように冷や汗を流している。税金の徴収について何やら大声で演説している。やはりアカシアの両親が徴税官の訪問を妨害していたのだろうか。アカシアの両親が捕らえられたタイミングと、ここを訪れることが出来るようになったタイミングがあまりに一致する。


 そうしてその隣で背筋を伸ばし黙して屹立している青年は異彩を放っていた。何もかもが白かった。老人のそれとは違うツヤのある真っ白な短髪に抜けるように白い肌。法衣と呼ばれる純白のローブに金の装飾が品良く施されている。しかしその瞳だけは鮮烈な赤でつい視線が吸い寄せられてしまう。腹が立つほどに美形で、作り物めいてすらいた。


 アカシアと共に広場に立つ二人を観察していると、白い青年の赤い瞳がギョロリとこちらを向き、その目を見開いた。その直後、唐突にこちらに向かってズンズンと大股で歩み寄ってくる。徴税官が何やら制止の声を上げているが、構いもしない。人混みは白い青年の行く手を遮らぬよう自然と道が開けていく。そうしてアカシアの前まで来ると、膝をつき、左拳を地面に右拳を自身の胸に当て、しかし、視線だけはアカシアから離さず仰々しく告げた。


「使徒ミカエルと申します。ついにあなた様を探し当てました。我らが勇者様。」


 そうして恭しく頭を下げた。


 突然のことに俺もアカシアも呆然とする。


「お迎えに上がりました。」


 使徒のその言葉に歓声が上がる。それは民の声だ。街となったこの村の多くは魔物の被害に遭っている。勇者の登場は悲願である。歓喜の声がそこかしこから上がる中、アカシアを見ると、その表情は責任と重圧とで強張っていたが、強い意志の光もまた確かに存在していた。


 俺は無意識に拳を握りしめ、歯を噛みしめていた。


 時が来てしまったのだ。


 決断の時が……。


 中央広場はそのままパニックとなり、使徒と勇者アカシアは言葉を交えることなくその場は解散となった。後日、村長を通じて話し合いの場が持たれるだろう。


 その日の夜、俺はアカシアに呼び出され、彼女の部屋にいた。机を挟んで向かいあっている。ろうそくの日が揺れて、彼女の表情に影が出来る。その陰は彼女の心情を表わしているのか、ただ俺がそう思いたいだけなのか…。


 俺が彼女の部屋に入ってから、どちらも一言も発していない。ただ黙したまま、時間だけが過ぎていく。


「ダイク……。」


 アカシアが口を開いた。俺は頷いて先を促す。空気が重い。真剣な話だ。聞いてしまったら後には引けない。戻れない。だから本心では彼女の話を聞きたくない。


 しかし聞かなければ後悔することは目に見えている。だから逃げることもできない。拷問のような時間だ。


「私、勇者になるよ。」


 俺の目を正面から見据えてそう言った。目を逸らす事は許されない。彼女の真摯な言葉だ。だが、嫌な予感がして堪らない。


「私、魔王を倒しに旅に出るよ。ほら、父さんも母さんも捕まっちゃったらしいけど、私が魔王を倒せば恩赦もあるかもしれないし……。」


 アカシアはなんでもないように、少しおどけた調子で言う。


「だから、ダイクはここで待っていて。」


 ほら見ろ。やっぱり碌な話じゃない。


「ダイク今までありがとう。」


 そういうと彼女は笑みを浮かべたが、すぐに崩れ、涙を溢して泣き始めてしまった。


 心臓を鷲掴みされたかのような痛みを覚える。


 どうしたらいいのかわからない。


「ごめんっ、違うのっ。その、えっと……。」


「大丈夫だ。大丈夫。」


 何が大丈夫なものか。


 俺の言葉はその場しのぎの気休めでしかない。


 俺には彼女が何故泣いているのかすらわからないのだから。


 しかし、他に何が出来ただろう。


 俺はただ、必死で笑顔を作ろうとする彼女を慰めるしかなかった。


 そして一週間後、アカシアの旅立ちの日は来た。


 今日までに式典や挨拶回りは終えている。


 新設した立派な城門にはアカシアを見送ろうと大勢の人間が足を運んでおり、大いに賑わっていた。


 使徒ミカエルもこの一週間でこの街に馴染んだ様子で特に若い女性達から黄色い声援を受けている。


 アカシアの子分達とも仲を深めていたようで、彼らから「アカシア姉さんをお願いします」と頼まれていた。その様子に苛立ちを覚える。


 アカシアはまだ姿を見せていない。


 これも一種の儀式だ。


 勇者の出立には演出が必要だ。そうすることで人心は安らぐ。


 アカシアは着飾り、お披露目の時を待っている。


 もう彼女には出立の憂いはないはずだ。


 使徒ミカエルから彼女の両親の現状については確認済みだ。


 二人は貴族用の牢獄に収監されているが、命までは奪われていない。


 本来、アカシアの両親、ビーライク夫妻の罪は極刑以外にはありえない重いものだ。勇者の存在を隠すということは魔王を野放しにするということであり、人類の生存圏を脅かすことにつながるのだから当然だ。


 しかし、そこに使徒ミカエルが口を挟んだ。


 彼は使徒ゆえに、使徒になった瞬間からアカシアの顔を知っていた。


 故にビーライク夫妻の顔を見た時、すぐに、勇者の両親であることに気が付いた。


 特にアカシアの母親はアカシアにそっくりだった。


 さすがに勇者の両親の処刑は不味い。勇者の機嫌を損ねれば世界の危機である。


 ゆえに、ビーライク夫妻の処刑は見送られた。


 それどころか使徒ミカエルは魔王討伐の暁にはビーライク夫妻の釈放を約束してくれたのだ。


 使徒ミカエルは明言しなかったが、逆にアカシアが勇者の責務を拒めば、ビーライク夫妻の処遇はわからなくなる。


 彼女には戦う理由が出来たのだ。もう臆病な昔の彼女ではない。


 人垣から歓声が上がる。


 勇者アカシアの登場だ。


 白銀の美麗な鎧に身を包み、雄々しい白馬に乗っている。


 長い金髪は陽光を反射しキラキラと輝いている。大きな碧眼は強く確かな意志を湛えていた。


 美しかった。今まで見たどんなアカシアよりも。


 身がすくむ。躊躇する。俺はこの祭典に割り込まなくてはいけない。


 アカシアは街を出る直前、後ろを振り返り、聖剣をかざして見せた。


召喚(サモン)!聖剣エクスカリバー!」


 神々しい聖剣の輝きに一際大きな歓声が上がる。


 歓声を受けるアカシアの隣には当然のように使徒ミカエルが控えている。


 これから二人で旅立つのだ。


 胃の腑がもぞもぞする。苛々して吐き気がする。


 きっとこれが嫉妬というものなのだろう。


 アカシアの隣は今までずっと俺のものだった。


 なのに今はもう違うのだ。


 決断の時だ。


 笑顔で別れるか、醜く縋って同行するか。


 アカシアは戻ってくると言ってくれているが、魔王討伐後も国の王族・貴族が放しはしないだろう。きっと二度と会えはしない。だがここで別れれば、きっと美しい思い出として俺の中にもアカシアの中にも残るだろう。暫くは別離の喪失感に沈むだろうが、いずれは慣れる。


 翻って、我を通して帯同すれば足手纏いとなるのは確実だ。今はまだいい。恋慕ではなくとも一定の好意を彼女は俺に向けてくれている。しかし、足を引っ張る俺に、いずれはその好意は陰っていくだろう。


 そう考えれば、笑って送り出すのが正解だ。


「アカシア!」


 俺は大声で城門を出て行くアカシアを呼び止めた。


 振り向いた彼女の眦には涙が見える。


 使徒ミカエルは訝しむように、或いは煩わし気に眉根を寄せてこちらを睥睨している。


 街の住民達の視線も俺に集まる。好奇の視線に晒されながら、俺は大きく息を吸い、そして精一杯の大声で叫んだ。


「俺も連れていけ!」


 場が静まり返る。酷く気後れするが、気力を振り絞って叫ぶ。


「俺のゴーレムは役に立つ。馬より早い乗り物を提供できる。」


 俺の鳥型ゴーレムはサイズを大きくすることで、人を乗せて飛ぶことが出来るようになっている。馬より便利なはずだ。


「連れていけないわ。」


 果たしてアカシアは言った。硬質な声だった。


「連れていけない。」


「なっ。どうして。」


 繰り返すアカシアに俺は反射的に疑問を投げかける。


「あ、足手纏いよ。」


 俺から視線を外して彼女は言った。消え入るような声だった。


「自分の身くらい自分で守れるっ。だからっ…。」


「ダメよっ。」


 俺の抵抗を遮って、アカシアは拒絶する。もはや視線を向けるどころか体ごと後ろを向いてしまっていた。


「どうしてこんなことするの。誰も頼んでないじゃない。待っててって言ったじゃない。」


「どうしてって…。」


 そんなことは決まっている。頭で考えるより早く、口に出ていた。


「君が好きだからだっ!」


 彼女の息を呑む音がした。


 勢いで言ってしまったけれど後悔はない。これが俺の本音で、他の理由など枝葉末節、些末なことだ。


 彼女の返答を待つ。彼女は背中を向けてしまっていて表情がわからない。


 そうして永遠にも思える一瞬の後彼女は答えた。


「そ、それでもダメよ。連れてはいけない。」


 ああ……、そうか……。


 顔が熱い。きっとこの想いは熱を持つ。届かぬ想いは焦げついて、だからこうも苦いのだ。


 無意識に心臓の辺りを掴んだ。


 俺はこんなにも頭が悪かっただろうか。間違っているとわかっているのに、醜くみっともなく追い縋ってしまう。


 まだ諦めることが出来ない。


 一度沈黙すれば心が折れてしまうから、急いで次の言葉を搾り出す。


「子供の頃の約束を果たさせてくれっ。俺に…。」


「もういいでしょう。勇者様がお困りです。それに何より出立が遅れてしまいます。」


 俺の言葉を遮って、使徒ミカエルが口を挟む。不愉快そうな表情を顔面に貼り付けて俺の方に近づいてくる。反射的に睨むと馬上から睨み返してくる。


「勇者は王族と結ばれるのが定めです。あなたのような平民は懸想することさえ烏滸がましい。」


 使徒ミカエルは腰に佩いた剣を引き抜き、その切っ先を俺に突き付ける。


「平民の貴人に対する求愛は貴人に対する酷い侮辱に当たります。先程の言葉を撤回するなら見逃しましょう。さもなくば今ここで断罪します。」


「ミカエルやめて!」


 アカシアが使徒ミカエルの言葉に慌てて振り向き、止めに入った。眦も鼻も赤く染まり、泣いた跡がある。


 自惚れでなければ俺の言葉に彼女は泣いてくれていたのだ。


 決意は固まる。撤回などできない。


「てっ…。」


 俺が言葉を紡ぐより早く、使徒ミカエルはその剣を俺の喉元目掛けて突き出した。寸でのところで避けるも転倒してしまう。立ち上がろうとしたところで腹に強い衝撃を受けて転がされた。


 咳き込みながら視線を向けると使徒ミカエルが馬より降りて俺を蹴飛ばしたようだった。


「撤回しないならばよろしい。断罪されよ。天の御許に返してさしあげます。」


「ミカエルやめなさいっ!ダイクはまだ何も言ってないじゃないっ!」


「そんなものは彼の目を見ればわかりますよ。」


ア カシアが叫ぶもミカエルは聞く耳を持たず、剣を構えている。


「ダイクを殺したら、勇者の責務を放棄するわよ!」


「御冗談を。ご両親が囚われているあなたにそんなことは出来ませんよ。」


 アカシアは馬を降りたばかりで使徒ミカエルの凶行を止められない。


 そして使徒ミカエルは俺の首目掛けて剣を薙いだ。


 ガキンッ


 硬質な金属同士の激突音がした。


「ほう、アイアンゴーレムですか。この作成速度は驚きですね。」


 咄嗟に作った鉄製のゴーレムが使徒ミカエルの剣を間一髪防いでくれていた。もはや「進化」させずとも地中の砂鉄から鉄製のゴーレムを作れるようになっていた。


 鉄製ゴーレムはその腕を振るい、使徒ミカエルを遠ざける。


「お褒めに預かり光栄だ。」


 立ち上がって、意地で笑みを作る。蹴られた腹が酷く痛む。腹いせに皮肉を飛ばした。


「けっこう本気で蹴ったので動かない方がいいですよ。内臓が損傷しているはずなので。まあ、死にゆくあなたには無用な気遣いかもしれませんが。」


「ミカエルやめなさいっ!」


アカシアが聖剣を構えて俺と使徒ミカエルの間に割り込んできた。


「これ以上続けるなら斬るわよ。」


「そう言われましても彼はやる気満々のようですよ。」


 俺はアカシアが割り込んできた隙に2体のゴーレムを作成していた。


『翼持つゴーレム(ガーゴイル)』『大盾と大剣装備のゴーレム(ガーディアン)』


「浮遊するゴーレムとは奇怪な…。それに重装備のゴーレムですか。役に立つと豪語するだけあって素晴らしい技術ですね。しかし…。」


 使徒ミカエルはアカシアすら反応出来ぬ速度でその横を通過し、俺の特製ゴーレム2体を手刀の一振りで粉々に壊して見せた。そして俺は危機感を抱く間もなく再度蹴り飛ばされた。


「私に魔法の類は通じません。」


 俺が地に伏して血反吐を吐きながら咳き込むのを尻目に彼は優雅に嗤った。


「ではトドメです。」


「させないわ。」


 俺の命を奪おうと迫る使徒ミカエルの剣をアカシアは聖剣で受け止めた。


「おや?先ほどよりも速く動いたつもりなのですが。」


「いい加減にしなさいミカエル。ダイクに殺されるような罪状はないわ。」


「罪状はありますよ。先ほど申し上げ…。」


「求愛を受けた私が気にしていないわ。侮辱にはならない。」


「これはあなた様だけの問題ではないのです。平民が貴人に求愛をしたということは平民が貴人に対して対等の意識を持ってしまったということ。平民と貴族、この階級制度の意識の揺らぎは貴族社会に危機を招きます。」


 使徒ミカエルの言葉に言い返す言葉が見つからないのだろう。アカシアは黙ってしまった。しかし、未だ俺を守ろうと剣を構えて使徒ミカエルを睨みつけている。


 ありがたい。しかし同時に情けなさに歯噛みする。己の無力さに失望する。


「聞き分けの悪いお方ですね。余り手荒な真似はしたくないのですが…。」


 使徒ミカエルの柔和だった笑みが消え、無表情の中で怜悧な冷たい瞳だけが異様な光を放つ。


 勇者と使徒は同時に動いた。すぐに剣と剣は交差し、鍔迫り合いを繰り返す。


「あなたが神の力の体現者なら、私は神の御心の代弁者。私の言葉は神の言葉。」


 アカシアは聖剣の形状を変え、また時には刀身に炎を纏わせながらミカエルの隙を伺うも、ミカエルはそのことごとくを避けまたは往なしていく。


「神の力の体現者とはいえあなた様はまだまだ未熟。ゆえに…。」


 やがて、ミカエルが攻勢をかけ始める。アカシアの行動を予知しているかの動きすら見せてアカシアを追い込んでいく。


「力づくで聖務執行させていただきます。」


 ミカエルの剣撃がアカシアの手から聖剣を吹き飛ばし、隙を突いて蹴り飛ばした。


「お許しください勇者様。これもあなた様への愛ゆえに。」


 そう言い使徒ミカエルは優雅にアカシアへ向けて礼をする。


 力の差は明白だった。


「では身の程知らずの平民君、待たせたね。」


 使徒ミカエルは未だ、先ほどの蹴りから回復していない俺に向き直る。


「冥土の土産に教えてあげよう。本来勇者様は王族と婚儀を結ぶのが習わしですが、今代の王族はみな既婚です。そういう場合は誰が選ばれるのか…。」


 その赤目を見開いて口元を三日月型に歪めてミカエルは嗤った。


「使徒ですよ。私が彼女と添い遂げるのです。」


 両手を開いて熱弁する。


「10年!10年ですよ!私が使徒となってから10年!幾度彼女を夢に見たことか…。長かったぁ。だが遂に、遂にっ!!」


「気持ち悪いこと言わないで!」


 アカシアの声だ。体勢を立て直し、飛ばされた聖剣も手元に戻ってきている。


「気持ち悪いとは傷つきますね。」


「いいからダイクから離れて!」


「無駄ですよ、まだ、あなた様では私に勝てません。」


「それはどうかしら!『来たれ!豊穣なる大地の精霊よ!召喚(サモン)!』」


 すると、その精霊は顕現した。


「なんですか。この砂埃の塊は?」


「あ、土精霊(アースエレメンタル)よ!見た目が砂埃だからなんだというの。」


 二人の会話に俺は違和感を抱いた。俺にはその精霊が砂埃のようには見えていないからだ。


「え!?どこへいくの!」


 困惑したアカシアの声が響く。


 土精霊はいつものようにアカシアの中に入ることはなく、俺の元へ向かってきた。


 精霊はその主にしかその正体を現さない。アカシアには火精霊がサラマンダーに見えるが、俺には火の玉にしか見えないように。


 いつだったか、彼女の言葉が脳裏をよぎる。


『精霊を召喚出来ても、必ず召喚主に力を貸してくれるとは限らないみたい。精霊自身が力を貸すにふさわしい者を見極めるんだって。戦闘中に精霊を召喚したら、敵に力を貸しちゃったって例もあったくらい。』


 つまり、この土精霊はその主としてアリシアではなく俺を選んだのだ。確かにこの精霊なら俺が適任かもしれない。


 なんせこの土精霊はゴーレムの形をしているのだから。


 やがて土精霊は俺の中に入り姿を消した。同時に活力が沸いて、先ほどまで痛んでいた腹部の痛みもなくなった。


 立ち上がる俺に使徒ミカエルは僅かに瞠目する。


「なるほど、彼を癒す魔法でしたか。しかし、それではこの戦況は覆りません。」


 俺は使徒ミカエルの見当違いな分析を無視して特大ゴーレムを生成する。

大地はうねりをあげて、周囲の全てを吸い込んでいく。俺のゴーレムを作る為に。


「またゴーレムですか。無駄です。私に魔法は通じないと…。」


「うるせえ!」


 俺は使徒ミカエルの言葉を遮る。


「このゴーレムは進化する!土精霊!」


 俺が命じると土精霊はゴーレムの中に入り込んだ。ただでかいだけだったゴーレムが凝縮されていく。


 だがこれだけでは足りない。


「アカシア!」


 俺が叫ぶとアカシアは僅かに困惑の表情を見せるも、俺の思惑に応えてくれた。


「このゴーレムは更に進化する!」


 アカシアの(・・・・・)聖剣(・・)を取り込み、ゴーレムは更なる進化を遂げる。


 俺だけでは無理だった。しかし、勇者であるアカシアが、その魔力で召喚した土精霊を媒介することで聖剣すら取り込むことが可能となった。


「出でよ!聖なるゴーレム(アークゴーレム)!」


 土の外装はひび割れて剥がれ落ちた。中から現れたのは白銀のゴーレム。頭部には勇者の紋様が青白い輝きを放っている。


 聖剣を彷彿とさせる神々しい装飾が随所に施されている。


「アカシア!」


 俺は叫ぶ。


「俺を連れて行ってくれ!」


 いつかの約束を今なら果たせるから。


「私を無視して何を!もう勝った気に…、ぶはっうごほっ!」


 アークゴーレムが使徒ミカエルにその剛腕を振るう。ミカエルは逃れること敵わず、二発三発と殴られ、やがて沈黙した。


 ミカエルを無視してアカシアに視線を移す。目を合わせる。


 もう一度言おう。今一度誓おう。


「俺が魔王を倒す!俺が君を守る!」


 だから…。


「俺と一緒にいろ!」


 精一杯叫んだ。


 息を一つ吐いて彼女の顔を見る。


 あの時見ることの敵わなかった、彼女の表情がそこにはあった。



 5年が過ぎて俺達はニ十歳になった。勇者アカシア、使徒ミカエルそして俺の三人パーティは魔王討伐に成功していた。アカシアの両親は魔王討伐の見返りとして開放される予定だったが、ビーライク夫妻はそれを拒否、命は奪われないものの刑罰を受けることとなった。


 未だ残る魔境に派遣され、魔物と戦う毎日を送っているとのこと。


 使徒ミカエルは教会の最高権力者、教皇になった。彼とは魔王討伐の旅でなんやかんや仲良くなった。美形の癖に童貞をこじらせた、不幸にも愉快な奴だったのだ。ミカエルには友人として良き女性と幸せになって欲しいという思いと、面白いから童貞をこじらせ続けて欲しいという相反する気持ちがあって複雑だ。不本意だが唯一の友人なので悪いことにならないよう祈っている。


 そして俺だが、現在人生最大の山場を迎えていた。魔王を討ち倒したあの時より大きな決意と覚悟が必要だった。


 それもそのはず、俺が今対峙しているのは魔王を屠りし救世の勇者、アカシアなのだから。


「どうしたのダイク。なんの用事。」


 アカシアは首を傾げて俺に問いかける。美しい金髪が風に靡く。


 俺達は今、街が見渡せる丘にいる。俺が彼女をここに呼び出したのだ。


 辺境の村だったこの街はもはや王都に次ぐ大きさにまで成長していた。辺鄙な片田舎などではなく、ここになら勇者たるアカシアに相応しい男がいたって不思議じゃないだろう。


 俺は魔王討伐と街の発展への寄与が認められて、この街の領主に就任することが内定している。貴族の仲間入りを果たしたのだ。


 アカシアに肩を並べられるだけの肩書を手に入れた。だからあとは彼女の気持ち次第だ。


 俺は彼女に俺の想いをミカエルとの戦いの時に打ち明けているが、彼女からの返事は未だにない。覚悟を決めて彼女に告げた。


 所謂一つのプロポーズ。


 彼女はその綺麗な碧眼を大きく開き、やがて頬を赤らめ、そして頷いた。


 


 最後まで読んで下さりありがとうございます。

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