王子と男と娘
彼女には母がいなかったが優しい父がいた
父はとても優秀で「王を守る盾」と呼ばれ
王様にとても頼りにされていた
彼女は父が自慢だったし
父も優しく美しい娘が自慢だった
彼女の暮らす王国には王と3人の王子がいた
3人の王子は母を亡くして落ち込む彼女に境遇を重ねよく遊んでくれた
1番目の王子は馬に乗せ
2番目の王子は勉強を教え
3番目の王子はたくさん話をしてくれた
彼女は次第に元気を取り戻していった
彼女が成長するにつれ忙しい王子達の訪れも徐々に減っていった
でも3番目の王子だけはよく会いに来てくれた
彼女は王子の友達の話を聞くのが好きだった
彼女は3番目の王子を兄のように慕い
彼女の父もまたそんな3番目の王子をとても大切にしていた
3番目の王子もまた彼女達を家族のように思っていた
最初は咳だけだった
風邪かと思ったが特に熱もなかった
彼女は大丈夫だと笑っていた
次は声が出なくなった
咳により喉を痛めたのかと皆が思った
彼女は何でも無いように笑っていた
次は歩けなくなった
庭を駆け回る姿を見ることはなくなった
彼女はそれでも心配させまいと笑っていた
次は目が見えなくなった
彼女1人では何もできなくなり
彼女は笑顔を失った
父は国中の医者を呼んだ
でも誰も彼女を治す事はできなかった
父は悩んだ
娘を助ける方法は無いのかと
優しい娘を救う事はできないのかと
娘に妻を重ねて絶望していた
どうしても娘を失いたくなかった
娘に声をかける3番目の王子を見て思い付いた
しかしそれは
先祖代々暮らしてきたこの国を
守り続けてきた王を
優しい王子を
そして娘を
裏切る行為だった
決して破ってはならないこの国の掟だった
父は3番目の王子を息子のように思っていた
娘はもちろん王子も傷つけたくなかった
娘はお付きの騎士とともに隣国に移した
王子も隣国に行っている
娘の命はもう幾ばくも無い
「ドラゴンの爪は武器に、鱗は盾に、血は薬になります」
そう言うとお金に目が眩んだ人々が手を貸してくれた
もう迷いはなかった
王や王子には知らせなかった
空を飛べないドラゴンを炙り出すため
森に火を放った
逃げ惑う動物を撃ち
ドラゴンの訪れを待っていた
一雫、たった一雫でよかった
その一雫で娘は助かる
しかしその考えは間違っていた
ドラゴンは飛べないのではなく
今まであえて飛ばなかったのだ
ドラゴンは燃え盛る森の上で旋回すると
待ち構える者達の上空を抜け国へと向かった
こんなはずではなかった
一雫の血を手に入れられればよかった
急ぐ男の瞳には紅く燃える国が写っていた
男が国についた時には全てが遅かった
国はドラゴンの吐く炎に焼かれ
逃げ惑う国民は爪に引き裂かれた
王子達は急に暴れ出したドラゴンと戦った
1番目の王子は炎に焼かれ
2番目の王子は爪に引き裂かれ
兵士はせめて王を逃がそうと思ったが
王は逃げなかった
子供である国民が残っている
子供を置いて逃げる事はできない
男がいつも支えてきたその背中はとても大きく
でもドラゴンに相対するにはあまりにも小さく見えた
王は叫んだ
自身の命と引き換えにドラゴンを倒すと
次の王は3番目の王子だと
動ける者は逃げて生きて欲しいと
聞こえていた者は王の言葉に涙を流した
王は男の側に来ると小声で言った
娘の病を治せる医者を他国で見つけたと
息子の事を、この国を頼んだと
男の頬を涙が伝った
男は間違っていた事にやっと気がついた
しかし、時間が戻ることはない
王の詠唱が終わるまで
たくさんの兵士が
たくさんの国民が
役職も身分も性別も年齢も関係なく
その身を犠牲にして王を守った
その中には彼女の父もいた
火傷を負っても
片足がなくなっても
喉が爛れ声がでなくても
灰により目が見えなくなっても
血を流しながらドラゴンに立ち向かった
その姿はまさに王の盾であった
3番目の王子は全てが終わったあと
ドラゴン討伐に向かった者に話を聞いた
行き場のない怒りがこみ上げた
たくさんの国民、たくさんの兵士
そして2人の兄と2人の父を失った
悲しみの方が怒りよりも強かった
男が守った彼女のことはそっとしておきたかったが
兵士が知っている以上
犯罪者の肉親として捉えて裁かなければならなかった
彼女は隣国で自国の異変を知った
彼女は悟った
父が自分のために全てを裏切ったことを
全ては自分を救うためだったことを
大罪を犯した原因はすべて自分にあると知り
責任を取らねばならないと思った
騎士は彼女だけでも生きて欲しかったが
彼女の病気の事や大罪人の娘という環境を考えると
とても彼女の心身が耐えられるとは思えなかった
涙を流す騎士に言葉をかけ
悲しげに微笑むとゆっくりと何も見えない目を閉じた
騎士は初めて剣が重たいと思った
乱れる呼吸を整え
彼女の心臓を狙った
騎士の剣は彼女の体を貫き
彼女の美しくて華奢な体が後ろに倒れた
騎士はその小さな体から剣を抜くと
悲しそうに微笑んで自らの胸に突き立てた
彼女を捉えに行った兵士は
彼女と騎士の亡骸を連れて帰ってきた
騎士と彼女の薬指には揃いの指輪が光っていた
王子の家族は誰もいなくなってしまった
父も
兄も
男とその娘も
そして、親友であるドラゴンも
王子は膝から崩れ落ち吼えた
その咆哮は遠く離れた地まで聞こえるほどだった
王子は王になりドラゴン殺しの英雄と呼ばれた
国を立て直し
臣下を統率し
偉大で慈悲深く強い王は国民皆に慕われた
しかし
ドラゴン殺しの英雄が最期に発した言葉は
「あの時、皆と一緒に死にたかった」
ただそれだけだった