-look up at the sky- PART 3 疑惑
PART 3 疑惑
アキラとハヤミは基地内をゆったりと歩く。先ほどと違い、今はまだ緊急性がないからだ。
地上へ上がるリフトは格納庫にある。それ以外となると階段が数か所に存在する。
当然、目指している方向は格納庫であるが、基地内のすべてが初めてであるアキラにはその方向だけでその場所を当てることは当然できない。
だから、ハヤミについて歩くしかない。
格納庫に到着すると整備等を行う、他のファミネイが一同にアキラの方を見て、口々に感想を述べている様子だった。
「この光景もしばらくは続く。まあ、気を悪くするな」
「……いえ」
言葉ではそう言うが、アキラは何だがみんなから見られていることに、照れくさい感じをしていた。
そして、リフトに乗り、昇降することで地上に上がっていった。
「こんな形で、この空を見せることになるとはな。どうだ、初めての空は」
アキラは生まれて初めて空を仰いだ。そこから降り注ぐ光はアキラの目を痛めるほどの眩しいモノであった。
敵である、バカピックの猛攻によって、人類は逃げるように地下へと潜った。ゆえに今の人類は空を仰ぐことなく、その人生を終える者も少なくない。
「夜になると日が落ちて、また違った景色を見せてくれる。星が輝く、夜空もまた見応えがある。特にその星空を見ていると、人類が宇宙を旅していた時代を思い出させてくれるからな」
バカピックが人類から奪ったのはこの地上だけでなく、宇宙もだ。
また、宇宙を奪われたことで他の惑星で住んでいた人類ともに、この地下で住む人類に連絡、移動の手段をなくした。
もはや、お互いの状況を知る術がなく、長い時代が過ぎていた。
「……地下の地平しか知らず、天球の空すら見ないというのは、古い言葉でいう何たら以下だな、我らは」
ハヤミはそう漏らしながら、空を見上げていた。その古い言葉というのが何かはアキラには分からなかった。
ただ、敵であるバカピックに対する思いはそこから読み取れた。
そうしていると、カレンら3名はアキラ達の方へと近づいてきた。
「出迎え、御苦労」
他の部隊の面々はバカピックの残骸を警戒はしつつも、物珍しそうに眺めていた。
「さて、我らも近くで観察しようか」
基地の周辺は地上であっても、変わらずコンクリート製。
だが、そこを外れると緑で支配された世界だった。
「初めて見る地上に興味は尽きないのは分かるが、1つ質問だ」
確かにアキラには日の光、空、大地、緑、その他諸々の自然と呼ばれる存在、すべてが初めてで、アキラの知る世界には人工物しか存在していなかった。
「バカピックが何で動いているかは知っているか」
「タキオンエンジンと聞きます」
アキラはこれまでに覚えてきた知識を披露した。
光よりも速いとされる、タキオンを動力とした機関。それがバカピックの動力とされている。だが、それはあくまで限りなく真実に近い仮説として扱われている。
「そうだ。タキオンエンジンは破壊されると、消えてなくなる。それは文字通りの意味でだ」
それは先ほどの戦闘でも実際に見て理解していた。
空間を収束させるのは虚数のエネルギーが起因とされる。
その事実が虚数であるとされるタキオンに由来して、動力源がタキオンと仮定されている。実際、その仮説は事実と検証の積み重ねで、真実とほぼと同じとされている。
「実際、その動力機関、タキオンエンジンが無事に残ったのはこれまで数例で、肝心な動力源は放出されたのか動かせた例はゼロだ」
敵が理解されていないのは、技術的な部分でも同じであった。
「さて、それがこうも偶然よく手に入ると思うか。奴らとて、未だ手の内を見せていないのに」
そう歩いている途中でも大きいと感じていた、ゴーレムは間近に来て見るとさらに巨大であった。
その外観はいくつもの貫通したダメージ痕で破壊された状況を示してはいる。
直に戦う少女達にとっても珍しいモノなので、まじまじと飽きることなく眺めている。
その様子を間近に見るなり、ハヤミは一言。
「せっかくだ。ルリカ、壊せ」
何の説明も躊躇いもなく、そう言い放った。
ハヤミからすれば、ルリカの持つ斧槍、ハルバードがゴーレムを叩き割るのには便利そうに見えたことと、新人である彼女に経験を積ませるためで振っただけで、その命令を実行させるには誰でも良かった。
「いいのですか。貴重なサンプルですよ」
ルリカよりも先に部隊長であるヴィヴィが異論をあげる。
「別にかまわない」
ハヤミは再度一切の迷いなく、即答した。
その目は至って真面目だ。体からも冗談を言っている雰囲気がない。日頃のような、飄々とした感じは消えている。
「それでも……」
納得できないだけに反論を述べようとするのは当たり前だが、ハヤミは先に言葉を紡ぎ、答えた。
「理由が欲しいなら、怪しいからだ。タイミングはともかくとしても、少数で来て、負けることが分かっているのに、この結果だ。今まで秘密としてきたことを、ささやかなミスでさらすと思うか」
「……確かにそうですが」
「それに言っていただろう。今回の偵察の持つ意味が薄いと」
ヴィヴィはミーティングで述べていたことが、ここでは大きな意味を持った。
それでもヴィヴィは自身の発した言葉でありながら、この場面では否定したかった。
「そうだ、アキラ。せっかくの初仕事だ。ルリカに命令を下せ」
ハヤミはアキラへと振った。
「別に責任は私が取る、心配はいらない。ただ、命令すればいい」
「壊せば、いいのですか」
「そう、『壊せ』だ。注文を付けるのなら、派手にだ」
一同はアキラの方を見る。先ほどまでの視線とは違う。
ただ、その言葉を言えばいいだけなのだが、アキラも納得していない。ただ、それ以上に腑に落ちない部分もある。
なぜ、『壊せ』なのか。それなら、これは壊れていないのか。
それらを考えた上で、アキラはハヤミの意図を少なくともつかんだ。
「まず、みんな、離れるのだ。そして、ルリカ、命令は『壊せ』ではない」
予想外の言葉に皆驚くが、アキラもまた躊躇とすることなく言葉を力強く続ける。
「……『撃破』せよ、だ」
その命令に周囲は納得した。そして、内容のさほど変わらないその言葉に皆は従った。
そして、少女達は離れるだけでなく、各自の武器をいつでも撃てるようにゴーレムに向けている。
『撃破』を命令されたルリカにも緊張を走る。そう命令されたい以上、油断は大敵である。
たとえ、動かない敵であっても。
「……いきます」
そう、声をかけてルリカは動き出す。周囲にもタイミングを知らせる意味でも、自身に気合いを入れる意味でも声を出し、ルリカは手にしている武器、ハルバードを振るった。
その刹那、ゴーレムはその目に光を灯し、手を伸ばそうとする。だが、既に遅い。
周囲は警戒して構えられている。ルリカも油断はしていない。
伸ばされた手は味方からの銃撃で破壊され、ルリカの振ったハルバードはゴーレムの装甲を破り、中心部にあるエンジンを破壊する。
そして、足の推進装置を使い、急いでその場から離れる。
撃破と同時に爆発は収束する。つまり、タキオンエンジンが破壊された。
その光景をただ平然とハヤミは見つめていた。爆発による衝撃も気にせず、なかったかのように姿勢を保ちながら。
アキラの方はいつの間にか、レモアが前に立って壁となり、その衝撃をいくらか防いでいた。
「よく俺の思っていたことを理解できたな」
「いえ。ただ、状況を読み取っただけです」
アキラはただ、破壊させたモノを『壊せ』ということに引っかかっただけであった。
ただ、逆に何も気がつかず破壊していたら、どうなっていたのだろうか。下手をしたら、あの爆発にルリカが巻き込まれていたかもしれない。
ならどうして、ハヤミはそれを説明しなかったのだろうか。
「おおよそ、調査されることを前提に基地内部にでも侵入しようとしていたのか。その割にはちょっと、演技が下手だったな」
演技が下手というが、そんなレベルではない気がする。
「奴らは我々を騙そうとする。奴らではただの機械ではない、知性を持つ存在だからだ。こうして、嘘もつく。それだけは忘れるな」
ハヤミは力強く語った。
だからこそ、身を持って、そのことを説明したかったのか。
今は飄々としていないハヤミであるが、それでもその本意が読みにくかった。
「奴らには何らかの目的があるか知らないが、恐らく、人類殲滅などありきれた理由ではないだろう。それなら、いとも簡単に達成できるだろうに、こうも長く楽しむことはないからな」
爆発によって本体が消えたゴーレムを眺めながら、さらに言葉をつなげる。
「我々の置かれている状況は徐々に滅亡へと進んでいるが、それを奴らと楽しむ義理はない」
意外にも慌ただしい日はそうして、結末を迎えようとしていた。
それは日の動きからも同じことがいえた。
世界は夕暮れに変わろうとしていた。
アキラは初めて見る空が、移り変わる様とその色に驚いた。まだ知らない世界がアキラには多いことを、初めて見る風景とともに思い知った。
のんびりと更新していきます。