コンタクト・トゥー・コンフォート
星屑の子ども
宇宙は広い。広すぎる。
だから、たまに妙なものが漂っている。
例えば、旧式の宇宙船。
例えば、巨大なヘビとか。
* * *
星々の間を一匹の巨大な生物が泳いでいた。
長い身体。鱗。二つの目。その姿はヘビである。
だが、奇妙なのは身体から伸びた四本の手足。手足をゆっくりと動かしながら、さながら宇宙を海と見立て、泳いでいるかのようだった。
それほどに宇宙になじんでいる、そんな生き物だった。
その進行方向には、1体のロボットが浮かんでいた。
オーディン。
かつて人類が宇宙を住処とした時代、その日の当たる場所を奪った数多ある兵器が1体。
だが兵器としての活躍が、自らの役目をも奪った。
暇を持て余した兵器達には、少々面倒な任務が与えられ、なんとなく存在意義を保っていた。
そんな彼もまた、叶えられない任務と暇で故障を待つばかりであったが、ささやかな偶然が新たな存在意義をもたらせた。
背後に浮かぶ、宇宙船。
そこには人類がいる。おそらく、彼が知る限り最後の人類が。
現在、それを保護しているのはオーディンとわずかな仲間たちであった。
そして、今日。
彼はヘビを見つけた。
「あ、宇宙ヘビだ。珍しいな」
宇宙ヘビも反応して、声をかけてくる。
「どうも、貴方は機械の身体の生命体さんですか?」
「ええ、私は……人からはオーディンと呼ばれている、探索ロボットです。あなたは、宇宙ヘビですか?」
「ええ、そうですが。私は“メニマムラの星屑の子ども”よ」
「メニマムラ、星屑の子ども?」
「それが私の名前です。宇宙で生まれて、宇宙を泳いで来たの」
「……なるほど」
宇宙を漂う巨大なヘビ。
宇宙に生まれ、宇宙を故郷として生きている。
そして、高次元の知性を持つ。
その生態は神秘に包まれているが、高次元ゆえに理解するためにも学術の体系が違う。
しかし、神秘というのは大抵、理解できないことを格好よく呼んでいるだけなのだが。
彼らの兵器にしても、人類から見れば神の領域であるのだから。
そんな2人が会話が出来るのは、『神秘』である。
そのとき、宇宙ヘビはオーディンの背後を見た。
そこには宇宙船。
しばらく眺めてから、宇宙ヘビは言った。
「ちなみに、あの船には有機生命体さんがいるようですが、私はあそこに住んでも良いでしょうか?」
オーディンの処理が、一瞬だけ止まった。そして、目を光らせて語った。
顔と呼べるようなモノを持たないロボットには最低限出来る表情表現である。
「うーん……ひとときなら良いですが、ずっとはダメですね。」
オーディンは宇宙船を振り返る。
「そうなんですか」
宇宙ヘビは体を丸めながら残念そうにしていた。それでも納得はしている。
それでも宇宙を生きるモノにとって宿り木はいつだって貴重なのだ。だから、宇宙ヘビは宇宙船を見て、再度語りだすのだ。
「ですが、私が一緒に暮らしたら、にぎやかになりますね」
「たぶん、そうでしょうね」
オーディンもそこには納得をする。だが、少し間を置いて核心に触れた。
「でも、小さき有機生命体さんはその巨体に驚くことでしょう」
「そうですか」
「あなた、かなり大きいですからね」
宇宙ヘビは自分の身体を見る。
長い。ものすごく長い。
そして、四本の手足。
「……そうでした」
少し残念そうに、手足を動かす。
宇宙空間をふわり、ふわり。体を丸める。
その体は依然として大きい。
「残念です」
オーディンも宇宙ヘビに及ばなくとも大きい。だが、機械の体。
小さい体に入れ替えることは容易である。
だからこそ、宇宙船の中で暮らすことは出来る。
宇宙ヘビはそこまで聞きはしないが、なんとなくそうではないかと感じていた。
そして、自分の体が小さくもなりもしないのに体を丸める。そんな丸まった宇宙ヘビが顔を上げた。
「なら、他に良い場所はありませんか?」
オーディンは星々の彼方を指した。
その左右の腕は違っている。戦闘で破損して、修理した際に別のモノに入れ替わったからだ。
「一応、かなり先に有機生命体の済む星はあります。まあ、今は訳あって地上には知的生命体は住んでいません」
「どんな星ですか?」
「昔は知的生命体が営みを紡いでいた星です」
「今は?」
オーディンは沈黙。
自身がその今を変えたからだ。
「……今は、地上には有機生命体は結構住んでいます。貴方が求める星かは分かりませんが、良い場所です」
少しだけ言葉を選び、オーディンは続けた。
「海もあります。森もあります。川もあります」
宇宙ヘビの目が、ほんの少し輝いた。
四本の手足も、嬉しそうに動く。
「それなら、私が住んでもいいでしょうか?」
「あなたが気に入れば、ですが」
「行ってみます」
「案内しましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
宇宙ヘビは笑った。
少なくとも、オーディンにはそう見えた。
「宇宙は、どこへでも繋がっていますから。急ぐ必要もありません」
宇宙ヘビは身体をくねらせる。
ゆっくり。本当にゆっくりと。
「のんびり泳いで、そこへ向かいます」
「それがいいでしょう」
「オーディンさん」
「はい?」
「ところで、貴方は遠方から旅人?」
オーディンは黙った。
背後には宇宙船。
最後の人類を乗せた、巨大な箱。
自分には任務がある。
守ること。
探すこと。
そして、命令がある限り、探索を続けること。
けれど。
「まあ……そんなところです」
それ以上の言葉は、出てこなかった。
宇宙ヘビは身体を反転させた。
「では、またどこかで」
「ええ。あなたも良い旅を」
巨大な身体が、星々の間へ滑り込んでいく。
ゆっくり。どこまでも、ゆっくりと。
やがて、その姿は星屑の向こうへ消えていった。
オーディンはしばらく、その方向を見つめていた。
「……“星屑の子ども”か」
静かな宇宙。オーディンは背後を振り返る。
恐らく、最後の人類を乗せた宇宙船。
そして、その向こうに広がる無数の星々と星屑。
中には自身が作った星屑もあるだろう。
「私も、私の探し物を続けますか」
誰の返事はない。
もちろん、返事などあるはずがない。
だから、オーディンは自分で答えた。
宇宙は広い。
住処を探す者もいれば、探し物をする者もいる。様々な目的でここにいる。
そして時々、自分でも分からなくなる。宇宙は広いから。静かだから。
まあ、それでいい。
星屑の子どもは、今日も泳ぐ。
オーディンも、今日も旅をする。
銀河は広い。宇宙も広い。
迷子になるには、最高の場所。
――――――――――――――・――――――――――――――
宇宙船の中で夕食を
これは遠い、遠い宇宙でのお話。
星と星の間を、ひとつの小さな宇宙船が漂って、
船の中では、一人の少女が暮らしていたのです。
* * *
少女は、空を知らない。
青い空も、白い雲も、雨も、風も知らない。
少女にとって「外」とは家の向こう側、危険な場所のことだった。
だから今日も、彼女の世界は家の中だけで完結している。
「マミー、今日の晩ご飯は、なにぃ?」
少女がキッチンへ顔を出す。
そこでは、1体の文化女中器こと生活支援ドローンが料理をしていた。
人類がまだ地球にいた頃に作られた、家事全般を担当するための機械を改造された物。そして、この船に残された少女にとって、母親代わりでもあった。
「Hodiaŭa vespermanĝo estas hamburgaĵo.
(今日のディナーは、ハンバーグよ)」
古めかしい人造語で機械は話す。それがこの機械にとって理解できた唯一の言語。
「わーい! ハンバーグだいすきー!」
少女は両手を上げて喜んだ。その言葉を理解しているのである。
機械は淡々と調理を続ける。
ハンバーグ。
人類が滅びかけても、宇宙船が何度も修理されても、言語が変わっても、食卓にハンバーグが存在するという事実だけは変わらなかった。
文明とは、案外そういうものなのかもしれない。
壮大な宇宙開拓より、晩飯のほうが重要なのだ。
その頃。
宇宙のどこかでは、1体の機械が漂っていた。
オーディン。
人類によって「戦神」と呼ばれたこともある、兵器。
今は宇宙を旅しながら、ありもしない“何か”を探している。
本人にも、それが何なのかは分からない。
そして、現在。オーディンは、宇宙空間でゆっくり回転していた。
「……宇宙には上下がない」
くるり。
「ゆえに今の私は回転しているのか、それとも静止しているのか」
さらに、くるり。
「少なくとも、私には回転程度で目が回ることはない」
もっと、くるり。
「ならば、私には静止も回転も関係ないのか?」
しばらく考える。
「……哲学的だな」
誰も聞いていない。
「しかし……」
宇宙であっても、静止した状態に。
「腹が、減った」
静寂は三度、リフレインする。そして、哲学は終了した。
宇宙船では、夕食の準備が進んでいた。
「ところで、オジさんは?」
少女が尋ねる。
「Li laboras.
(お外で仕事よ)」
「いつも、お外で何をしているの?」
生活支援ドローンは、少しだけ間を置いた。
「Ekstere estas danĝere. Li laboras por protekti kontraŭ ĉi tiu danĝero.
(お外は危険が多いのよ。その危険から守るために、お仕事をしているのよ)」
「ふーん」
少女は、それ以上聞かなかった。
少女にとって「お外」は、ただの危険な場所。
そして、そこに何があるのか、知らない
果てしない暗闇が広がっている宇宙とも知らない。
少女は知らない。知っているのは、この船の中だけ。
廊下。
自分の部屋。
キッチン。
食卓。
文化女中器。
そして、毎日帰ってくる、オジさん。
それが彼女の世界だった。
世界というものは、案外狭くても生きていける。
少なくとも、ハンバーグがあるうちは。
「Preskaŭ preta kuiri.
(もう少ししたら、料理が出来るわ)」
「はーい」
まだ少女はキッチンの隅に立っている。
生活支援ドローンが、ふと少女を見る。
「Ĉi tio ankaŭ estas danĝera, do revenu al la ĉambro.
(ここも危ないから、部屋に戻りなさい)」
「はーい」
少女は素直に戻っていく。
扉が閉まる。
生活支援ドローンは、また料理に向き直った。
静かな船内。
遠くで機械の駆動音がする。
そして、その船の外では――
「宇宙は、今日も平和だな」
オーディンが呟いた。
「特に危険もないようだし、今日の見回りは、このぐらいで仕舞いにしよう」
彼は周囲をスキャンする。
異常なし。
敵性反応なし。
隕石なし。
謎の巨大生命体なし。
宇宙ヘビもいない。
つまり、今日は平和だ。
「さて……」
オーディンは、自分が守っている宇宙船を見る。
その中には、人類がいる。
少女がいる。この広大な宇宙を知らない。
オーディンは、それを少しだけ不思議に思った。
そして……。
「今日の晩ご飯は、なんだろうか?」
オーディンは宇宙船へ戻っていく。
その足取りに急ぐ様子はない。
なにしろ宇宙は広い。
探し物は、まだ見つからない。
だが帰る場所なら、もう見つけてしまったのかもしれない。
そして宇宙船の中では、ハンバーグが焼ける音がしていた。
ハンバーグの匂いが、船内に広がっていく。
* * *
銀河の果て。
文明の残骸。
最後の人類。
そして、1体の古びた機械ともう1体。
その全部をまとめて、今日という1日が過ぎていく。
宇宙は滅びかけている。
たぶん、ずっと前から。
それでも夕食はやってくる。
そして誰かが「いただきます」と言う。
世界が続く理由なんて、案外その程度でいいのかもしれない。




