竜殺しの技能と技術 -前編-
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竜は誰もいない空間で惰眠をむさぼっている。
この宇宙はもはや彼らのモノであり、宇宙で忙しいのは資源を回収する働きモノだけ。戦闘を行うモノは能なしで、ただ暇を持て余すしかなかった。
それでも昔はもっと、暇を持て余す連中で様々な暇つぶしをして楽しかったという。
特に多くの竜達は己が力を誇るために自ら同士でも戦い、その他諸々の理由で戦いを求めた結果もあり、その数を減らしていった。
馬鹿らしい話だが、竜達に後悔はない。それが生き様だから。
今では敵対していた人類との戦いもあって、その数をほとんど減らし、退屈相手もおらず、ただ暇を潰すだけの怠惰なモノへと変えていった。
だから、この竜は戦うことも暇潰すことなく、ただ1匹、眠りという時間を潰す。
竜は時代遅れの存在。
そんな竜とて来客が珍しいが来ることがある。竜は気にしてはいない。ただ、一方的に話をさせるだけである。
そう、竜は気にしていない。
ただ、惰眠をむさぼりたい。もはや、過去の栄光など意味をなしていないのだから。
それでも、それは許されはしなかった。
人類の敵、バカピックは意外に忙しいのだから、暇を持て余すことなどさせない。
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| * 竜殺しの技能と技術 * |
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1
竜は初めて、地上に降り立った。
2
竜が宇宙からこの地上へと降り立ったことは、人類側も観測していた。
「珍しいこともあるな」
そうハヤミがいうのも確かなことで、人類の敵であるバカピックはその名、その行動とは裏腹に高度な技術を持つ。
特にワープは制限がないのか、神出鬼没に現れ、宇宙空間でさえ狭しと暴れ回っていた。
そして、人類側のワープとは原理が違うため、その出現は完全に予測ができず、ただ出現する余波を観測するのが精一杯であった。
また、人類側のワープに関しては原則、宇宙空間でのみ実行が可能で、空を奪われた今にとって、その技術はほぼ使われることはなくなった。
つまり、観測したようにワープなしでの宇宙から地上に降り立つことなど、奴らバカピックにとって不要なことなはずである。リスクのある大気圏突入よりも、ワープの方が安全で効率的であるはずだ。
しかし、竜は天から降臨といった感じで、この地上へとやってきた。奪い取った宇宙から、この地上へと。
「……見た目はあれだが、ドラゴンタイプか」
バカピック特有の顔ではあるが、その姿は正真正銘のドラゴン、太古から続く恐怖の対象だ。
ただ、ドラゴンというよりは恐竜に近い姿ではあるが。
「データベースに該当がありました。名前はファイアードレイクです」
オペレーター自身には見覚えがなかったが、バカピックの姿から、データベースに検索して導き出された。
データベースの情報はドラゴンタイプで約25mの巨体。外見は恐竜の竜脚類、首の長い4足の姿だ。昔の宇宙時代での目撃、戦闘報告有り。
ドラゴンタイプは他のバカピックとは違い、個体事での違いが大きい。そのため、ドラゴンという一括りではなく、ドラゴンタイプで分類されている。
その用途もその大きさから航空母艦のような運用もあれば、完全な戦闘用など。姿も恐竜のような姿、東洋の龍等とバリエーションが豊富。
また、巨大であることからバリアの一種、<リフ>は有しておらず、宇宙会戦時、人類とドラゴンタイプの戦いは熾烈ではあったが、攻撃が効かないという問題はなかったため、人類ともにその数を大きく減らしていった。
現在、出現が確認されないことからドラゴンタイプは全滅したのではないかという推測もあったが、それはあっさりと否定された。
「ファイアードレイク……火吹き竜か」
ハヤミはそのデータと姿から、戦術を考え出す。
ただ、その姿から相手にはいくらか不利な点も見受けられる。
まずは巨大さから、死角が多いことだ。
それが肉弾戦のみの恐竜時代なら、それでも問題ないだろう。だが、飛び道具が主体の時代では時代遅れもいい所である。
それも1体だけ。
「1体だけですが、強いのでしょうか」
アキラはそう尋ねる。無理もない。知識、経験が浅ければ現状からそう考えるのも普通だろう。
「ドラゴンタイプはある種、戦艦だ。それはワンマンアーミーではない」
戦艦は昔、海での兵器に付けられた名前だ。だが、時代の流れでその用途は大きく変わり、宇宙時代で再び、復権と同時に人類の敵の登場で再び、役目は終えた。
それ単体で強固で戦力を有するが、あくまで全体の戦力を底上げするための兵器。それを補うために他の兵種が存在して初めて意味を持つ。
先ほどもハヤミが感じた死角対策は複数機で援護することで補われる。それを放棄しているとは思えないが、今は1体のみ。
援軍が控えているのだろうか。
「強さに関するデータは」
「該当例では目撃は宇宙時代のみで数百年前となります。詳細な交戦データは残っておりません。撃破しきれず、人類側が撤退したようです」
オペレーターの報告だけでなく、ハヤミはデータを見ると、その際の戦闘でも少数ながらサポート機がいたようである。
「攻撃は口からの炎。翼は推進力で。特に隠し武器はないようです。ただ、遭遇時は人類側は軽装で手持ちでは対
応しきれず、それもあって撤退したようです」
翼といっても、巨体の割にはアクセサリー感覚で付いたかわいいサイズなモノ。それにあの巨体で火を噴くだけとは、それもかわいいモノである。
もう少し、脅威的な能力もあるのかもしれない。
「……あの図体だ。何か隠し球はあるだろうな」
ただ、この巨体だけでも恐怖心や防御力を超えた鉄壁が本来の武器なのかもしれない。
また、理解不能なバリア、<リフ>がないとはいえ、あの巨体を破壊するにはそれなりの火力がいる。ただ偶然、遭遇すれば逃げるほかは手はないのは当然。
良くも悪くも、ドラゴンというのは古来よりそういうモノで語られる。
「それにしても、あの巨体を退治するのは確かに骨が折れるな」
ハヤミは気怠そうにそう突っ込む。
「とはいえ、基地を担いで逃げられない以上、放置は絶対にできない」
ハヤミは聞いた情報から再度、戦術を練る。
「直ちに出撃させますか」
オペレーターはそう聞く。
この基地は敵が現れれば、常にそうしてきた。それでも、この基地のメンバー、ほとんどが初体験であるドラゴンタイプ討伐。
無策で対応できる相手ではなく、多少の緊張感が基地内を支配している。
「いや、まだ接近までは時間があるだろう」
確かにはファイアードレイクはその巨体ゆえかのんびりとした足取りであった。しかも、地上に降り立った際は地震と地面に大穴を空けていた。
それ自体も攻撃としても十分なのに、基地から離れて降り立ってくれた。
被害と時間に対して、猶予をくれたのだろうか。それも気になる点である。
「こちらも無駄な被害や消費は減らしたい。なら、少しでも対策を講じたい。火器に関しては出し惜しみはしないが、それでも有効打を与えるには基地内の備蓄でも足りるか、どうか」
ドラゴンタイプは戦艦とハヤミが形容した通り、宇宙時代では人類側も戦艦を用いて対応していた。戦艦の火力はファミネイの比ではない。
たとえ、ファミネイで対応しても数での押すだけとなり、時間と被害が増えるだけである。
「まあ、ターニャを呼んでくれ」
ハヤミはひとまず、考えていた戦術を放棄してターニャに頼ることにした。
* * *
ターニャ、この基地で技術関係を取りまとめているファミネイ。その位置づけは他のファミネイとは違っており、その1つが過去の蓄積である。
バカピックに関わる知識に関しては人類の接触時より把握、管理、閲覧が可能である。
これに関しては他のファミネイでも可能なことではある。先ほど、ファイアードレイクを検索したように。
ただ、ターニャはそのデータを自身に宿し、管理して反映している。
そのため、戦闘要員とは違う意味で、情報処理方面で強化されており、首元にはコアが体に付けられている。
ゆえに人類の敵であるバカピックに対する戦術においても、幅広い知見を持っている。そのため、未知なる敵、また、大昔に関するバカピック戦には度々呼ばれることになる。
「まあ、言いたいことは分かりますが、ないですよ」
呼ばれてきたターニャがハヤミを前にするなりの第一声である。
「まだ何も言っていないが」
ハヤミもそういう。ターニャはその特殊な位置づけだけに司令であるハヤミにも負けてはいない。それは立場や権限的なモノでなく、態度、言動でだ。
「ドラゴン退治の武器を御所望でしょうが、単純に火力のある武器となりますので、御希望通りの武器は御存じの通り、ありません」
事実、そうである。ファミネイの使う武器は現状、最高のモノである。
ただ、バカピックの<リフ>というバリアは特殊で、一定以上の火力を無効化する。つまり、高威力な武器は無意味とする。
だから、ファミネイの武器は最高であっても、高威力ではなく、<リフ>の影響を受けない範囲で高威力である。
それでも、アルミカンやコアによって、その威力は多少は上限を超えるモノに作り替えることはできるが。
「何の躊躇なく使えるのなら、惑星破壊砲や拡散核熱多弾頭を提案しますけど。実際、宇宙時代からの定石ですから」
名を上げた兵器は名前の通り、この地上を崩壊させるだけで済まず、おまけまで付いた威力である。本来は宇宙時代の兵器というよりも、工作用に近い手段で使われていた。
また、使用場所が宇宙であるため、その影響下も地上に比べて微々たるモノ。
今日、地下に暮らす人類には地上を破壊するのに容易な火力だけに、人類を守る役職であるハヤミの一存であっても使用はできない。
この基地にはいつでも使えるように手入れはされているのだが。
「この状況下でもあっても、それをばかすか撃ていない所は痛いところだ」
「それでも現行の武器に多少、火力を上げたところであの巨大なドラゴン相手には意味はありませんよ」
言ってしまえば、巨大なドラゴン相手ではサイズ的にも手持ち花火で戦うようなモノ。
それを威力アップして、打ち上げ花火に変えても、その差はドラゴンの前では微々たるモノ。
せめて、戦術的なミサイルでなければ効果など期待はできない。
ここもまた、バカピック相手の嫌な点である。戦術ミサイルは通常のバカピックには無意味だからだ。
「アレらをおおっぴらに使うには都市にも説明がいる。できるだけ好戦と苦戦の演出がいる」
「まったく、敵以上にデタラメを」
ターニャは敵以上にハヤミの言動にあきれてしまう。
「分かりました。それでもこちらも提案できるのはアイデア商品や小ネタの効いたモノしかありませんよ」
ターニャはデータベースを検索する。それは自身のコアに蓄えられたバカピックに対する人類の英知からである。
その間、1秒に満たなかった。
「一応、いい物がありました。単分子ナイフです。通称、『研ぎ石いらずの単分子の原始包丁、ノー・メンテ、プリミティブナイフ・オブ・アトム』」
独特なセンスある単語をターニャは真顔で言い切った。
「……どういう意味ですか」
アキラは素直に尋ねる。ハヤミ自身もこれに関しては尋ねたかったが、昔のセンスと感じ取って黙っておいた。
「昔の言葉遊びなので、よく分からりませんが、そう呼ばれていました」
宙に画面でそのナイフが映し出された。
ナイフとはいえ、サイズは2m弱。人が使うには大型である。
「本来はファミネイの前の世代が使っていたモノです。これでもナイフといえるサイズですね」
ファミネイ以前は巨大ロボットでバカピックと戦っていた。このナイフもその時代に開発されたモノ。
そのため、巨大ロボットがナイフとして使えるサイズで2m弱となっている。
ファミネイの武器の大きさが自身の倍以上なのも、この時代から受け継いだ設計思想から来ている。
「過去にはこれで成果は出してはいますけれど、ある種の達人が使っての話です。単分子の刃は理論では何でも切れます。ただ、物体に当てれば切れるわけではなく、コツがいります」
その意味では「包丁」という言葉が使われているのが、ある種適切な説明となっている。
「また、奴らの持つ領域<リフ>のせいで、単分子の効果は今ひとつで余り使われてなかったけど、ドラゴンタイプをはじめとする大型は領域を持たないから、個人レベルでは大型退治には使われていた様子です」
「まさにアイデア商品だな」
ハヤミの感想は当然である。結局、色物武器を説明させられただけだったから。
「前置きはしましたよ」
ターニャもこれは分かっていたから、そう語っていた。何せ、あるのなら今こうして悩むことなく、それで対応しているのだから。
「これはファイターの武器とは違うのですか」
アキラはそう尋ねてくる。確かに聞く限りでは便利な武器である。なら、大型相手には今もファイターの間で使われてもいいはずになる。
そう、その視点は正しい。
「今の接近武器は刃は付いているとはいえ、斬撃というよりは重量で叩きつけているだけよ。単分子ナイフは<リフ>がなければ、相手をまな板の鯉にさせる。調理にはそれなりにスキルが必要となる」
「つまり、打撃と斬撃の違い。それと重さと速さか。今の連中だと逆に使いにくいか」
アキラにはその説明では余計に分からなくなる。
「その通りで、この武器を構成するのは刃ではありません。力加減の制御、切りやすい箇所を観測する目、切れ味
の増すための機動力があって成り立つ。そのための追加装備もこの武器のセットになっています」
再び、装備の内容が追加され、宙に映し出される。
映し出されたのは追加推進力、センサー、エネルギータンクの増強等の追加装備であった。これら機動力、測定、稼働時間の増加を駆使して、単分子ナイフでも戦術的が運用が可能となる。
その情報を読み取りアキラも多少、理解した。
「当時でもこれを使いこなすというか、その発想に至ったのはそういった技能持ちでなければ成り立たない。アイデア商品ではありますが、特化型の装備でもあります。ある種、変わっており、他にない、ユニークな武器ですね」
「役割にこだわっては使えませんね」
アキラはそう漏らす。
「その通りで、昔の戦闘は3つの役割に収まらない多様性がありました。自身の得意を生かしていました。このようなアイデア商品が売買されるほどに。まあ、今の戦術では考えられませんが」
その言葉にハヤミはため息を漏らす。それはハヤミも分かっていた。効率を求めるあまり、型にはまった戦術になっている、現在を。
とはいえ、今、それをやってしまえば統制も取れないのも、また事実であるが
「ともあれ、今の戦術を否定するのか」
ハヤミはやんわりとターニャに突っ込みをいれる。ターニャ自身、そういった意図は確かにあった。そもそも、この話の大元はハヤミの武器の要望にある。
これは武器開発の歴史の一端を垣間見たモノ。
その流れで、輝かしい開発記の過去を懐かしむのは当然なこと。
「いえ、昔にはそれなりの余裕からこういった自由の発想があったと思っただけです」
うまい言い逃れである。そして、ターニャは話を本題へと戻す。
「どちらにしろ今、提案できるのはこれぐらいです。後はどうしても高火力を要します。我々の権限で使える兵器では惑星破壊砲ぐらいしかありません」
ハヤミも頭を切り替え考える。
「ひとまず、その原子包丁を用意しろ。当然、急ぎで。後、これを使いこなせるとしたら誰だ」
これほど特化した武器はたとえ、戦闘技能をデータベースから引き出しても、簡単に使いこなせるモノではない。
これに近い戦闘スタイルを持つモノでなければ、使いこなせない。
「この戦闘技能を有効的に生かせるのはグラスぐらいかしら。接近武器を得意とする子では、殴り合いだから逆にクセで使いにくいでしょうし」
接近武器を得意とするファイターではどうしても殴り合いになってしまう。
これに関してはヒットアンドウェーでなければ、使いにくい。何せ、単分子であるために、すぐに刃こぼれがして、回復に時間を要す。殴り合いでは効果は発揮できない。
「パティもセットに付けておくといいわ。あの子の狙撃は他の子では、真似ができないから今回のような援護には向いているわ」
「B班は非番か。すまないが、グラスに連絡をしてくれ」
「それと、もう1つ提案が……」
ターニャはハヤミが指示する中で遮るように、意見を述べてきた。
「戦術の参考までに今の私達に、アレを倒すことは不要な犠牲を生みます。だけれども、敵もただ好機と攻めてきているとは思えません。それでも、あの図体はこの基地ごと破壊する可能性を秘めていても、おかしくはありません」
あのファイアードレイクは確かに何を考えて進行しているかは分からない。
それでも、援軍なしの1体のみとすれば、ターニャの今述べたことはおおよそ間違いないだろう。
「つまり、前線維持し、優勢を保つことで、攻める機会を封じるのが大事と思います。そうすれば、敵も撤退という手に出るかもしれません」
ハヤミもひとまずはそれしか、ないと考えていた。
秘密兵器の投入はすぐにはできないから、手始めは防衛しか手はないと。
だが、ターニャの意見は何もハヤミに同調するために言っているわけではない。
「逆に、あれに勝つ気なら初めから高火力で攻めるしかありません。貴方の判断は防衛だけでなく、勝利を掴む可能性も生かすことができます。こちらの犠牲覚悟で防衛するか、多少のリスクを覚悟して対応するかの違いです。ご決断を」
このターニャの発言はいささか好戦的である。また、発言内容も踏み込んだ部分がある。この発言からもターニャが他のファミネイとは少し立場が違うのがよく分かる。
しかし、ターニャにしても、この状況下でいかなる犠牲を払うのが得策かは理解している。そのためには攻めるべきと考えているだけ。都市側など気にせずに。
ただ、それはファミネイである以上、口が裂けても言えない。
そして、選択権はハヤミにある。ターニャ自身が言えるのは意見だけである。
「いや、あれを倒して得られる栄光などない。我らの強さを思い知って退席を願おう」
ハヤミの台詞はどこか弱気ではあった。確かにハヤミ自身もドラゴンタイプ戦の経験はほとんどなく、自身での指揮では初めてであった。
そして、経験があるが故に現状での対応の厳しさを熟知して、自身の経験のなさが恐れとしていた。そして、都市側のしがらみもある。
「方向は決まった。前線を維持して、単分子ナイフでの切り込みを切り札とする。それでも駄目なら、惑星破壊砲で迎え撃つ」
確かに無難な選択ではある。
だが、この戦闘がうまくいく要素は限りなく薄い。制約が多すぎる。経験も少ない。そして、ほとんどが初体験だから。