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重機兵少女ホラィ・ト・スフィ  作者: ツカモト シュン
第2幕 ライトダーク
47/57

愉快痛快な3つの願い -後編-

   4


 そして、次の日。


「お菓子の家だと」


 朝、ハヤミはその報告を聞いて、頭痛がした。


 夜が明けると基地上部にお菓子の家が建っていたのだ。以前は街ごと持ってくることがケースもあったが、今回は1軒のお菓子の家だった。


「もはや、疲れた」


 連日の騒動でハヤミの疲労も分かる、伝えるオペレーターは気にせず進める。ある種、同じ気持ちで、そうでもしないとやっていられないからだ。


「一応、一部回収して分析しましたが、毒などの有害物質はありません」


 そう言って差し出されたの、外壁に使われているクッキー生地である。


 確かに美味しそうではある。


「食べる気はないぞ」


「ただ、あのようなモノを目の前にしては一部のファミネイ達が暴動を起こりそうです。特にグラスは既に徒党を組もうとして、お菓子を確保しようとしています」


 グラスは基地内でも甘い物好きを超えた、完全に病気な甘味中毒。そんな者にお菓子の家の存在は危険でしかない。


「あいつにはこの状況は危険だな。ひとまず、グラスらには代わりのお菓子を用意させて、それを出しておけ。あと、勤務中のメンバーで甘い物の誘惑に負けない連中で運べるレベルで分解して、格納庫に入れておけ。ただし、食べるのはもう少し、分析してからだ。つまみ食いは厳禁だぞ」


 ハヤミはそう指示する中でふと思った。


「これがバカピックの仕業だとしたら、大層な策士だな。戦争というのはとかく、敵味方ともに食料に悩ませるモノだからな」


 実際、この基地とて食料は潤沢ではない。それは都市も同じ。地下暮らしの長い人類は省エネルギーで生きられるように進化もした。


 そこに脅威的なカロリーが提供されれば、どうなるか。そして、飢えた者達はどんな行動を取るだろうか。


 もし、これが敵による戦略なら、シンプルで脅威的な運用が可能である。


 * * *


 グラスらは現在、ストライキ中である。


 少女達にとって甘い物好きは多く、グラスの提案にいとも簡単に仲間が集まった。


 特にグラスとも同じ班であり、同じ甘味好きなハンナは率先して、仲間に声をかけていて大所帯になっていた。


 今ではグラスを初めとする戦闘要員以外にも各部門が集まり、32名となっていた。お菓子の家を自分達で回収すること(むしろ、所持まで含め)を提案している。


 ただ、その中にはルイスのように面倒くさそうと思っていたが、ハンナ経由で強制的に連れてこられ、逃げられない状況になっている者も少なかれいたが、大半はお祭り騒ぎとお菓子の家、目当てによる集まりであった。


 その32名に対し、今、勤務中のA班が暴動にならないように対峙している。


 ハヤミの脅威に思っていたことは多少、かわいいモノで済んでいる。


 そのお菓子の家を既に基地内に回収されている。そして、お菓子の家に関しては分解して、各お菓子の部品事で調査をかけている。


 チョコレート、クリーム、クッキー生地、砂糖菓子など豊富な材料で作られている。


 それほど複雑な物体でないため、調査自体は時間がかからず結果が出た。それでも今の人類は失われた食材も多いのだが。


「調査して分かりました」


「驚かないぞ。絶対、驚かないぞ」


 ハヤミはこれ以上に何が来ても、驚きたくなかった。もう、連日で驚き疲れたからだ。


「ほとんど無害です」


 分析をしていたファミネイはそう分析結果を話した。このファミネイは厳密にはエンジニアではなく、食堂で働くスタッフ。日々、味と栄養の研究をしているため、餅屋は餅屋でお菓子の家の分析を行っていた。


「ほとんどの範囲は」


 ハヤミは尋ねる。毒の可能性は既にないことは分かっていたが、それでも「ほとんど」という言葉には引っかかりがある。


「量を適切に食べるのであれば、問題はありませんが。これほど用意された、お菓子が適切に食べるとは思いませんので」


 ごもっともな意見である。


「なるほど」


 ハヤミは「ほとんど」の疑問は解消されたが、だが、それでお菓子の家が解決されたわけではない。


 そもそも、お菓子の家が登場する大昔の童話とて、決して夢のある理由からお菓子の家が登場するわけではない。


 むしろ、引き寄せるための罠であった。


 そう考えると敵は回収して、食べている隙を狙うだろうが、その気配は今のところない。


 そもそも、人知れず出現して、騒ぎになっている時点で敵は侵入したのかもしれない。


 下手をすれば、既に基地の危機かもしれない。


「また、材料がかなり天然モノに近いこと。どのように入手、加工したのか分かりません」


「もし、バカピックが作ったとすれば、以外に器用ですね」


 アキラがそう言う通り、確かにお菓子の家のデザインもこったモノであった。その色や見た目だけでも食欲をそそる。


「それと天然モノゆえ、大量に摂取すれば我々の内臓に消化不良等の懸念はあります。食べ慣れていませんので、特に乳製品は」


 ハヤミは驚愕した。


「乳製品まで含まれているのか」


 アキラにはその驚きにピンとこなかった。そもそも、アキラには牛は知っているも、乳製品の存在を知らず生きてきたからだ。


 何しろ、地下に暮らす人類には壮大な敷地と食料がいる酪農は不可能であり、乳製品を大量に作り出すことは無理である。擬似的なモノを知るぐらいだ。


 地上は奪われてはいるが、地上は人類のみが住まなくなっただけで他の生物までバカピックは襲わないので生態系は維持されている。


 確かに、地上に牛がいて牛乳の確保、植物由来の原料は確保することはバカピックであればまだ無理難題ではない。


 だが、それがバカピックによって、それらが管理している姿は想像したくない。いろいろな意味で。


「……この事実は都市には伏せた方がいいかもな」


 ハヤミはそう考え出す。


 つまり、バカピックに地上は完全に占領されている可能性を示唆させることだからだ。


 このお菓子の家には地上でバカピック達が生産した食料で作られたとすれば、もはやその情報は人類が地下で暮らす意義を崩壊させない。


 今、狭い地下に住む人類にとって、広大な地上での出来事を知る手立てはない。あくまでこれは仮説にすぎないが、この物的証拠はそう考えるに不思議ではない。


「それでどうしましょうか、この食材は」


 あくまでこのファミネイは食に関しては高い知識を持っているが、ハヤミが考えていることまで推理できていない。この食材がどのようにして入手したのか、少女達の経験、知識では想像できないからだ。


 地上での生活の経験がない世代であるが故に。


 ハヤミは辛うじて、それを知る世代。今の生活でこれを作り出すにはどれほどの苦労がいるかも知っている。


 それでも、このファミネイにはこの貴重な食材を無駄にする手は考えたくはなかった。


 自然由来に近いとはいえ、ファミネイのお腹とはいえ、食べ慣れていないモノに対して大量に取ることは好ましくない。


 それでも、特に食に関わり身としては食べたい代物である。


「取りあえず、無害ならお菓子作りの得意な面々で手のひらに収まる程度でケーキ状にしてしてふるまえ。ただし、1人1個だぞ」


 ケーキという言葉にファミネイの顔は明るくさせる。この言葉は概念でしかなく、実際旧世代のケーキを基地内で見たことがある者は当然いない。


 しかし、このお菓子の家の材料なら、それが作れる、食べられる。これほど嬉しいことはない。


「それでストライキも収まるだろう。大半はお祭り騒ぎの便乗だし。それにこのサイズなら、基地の全員で食べられる分ぐらいはあるか」


「分かりました。至急、作業に入ります」


 ファミネイは勢いよく、部屋を出て行った。


 まったく、ファミネイらしい行動である。


「アキラ。この騒動、お前はどう見る」


 ここでは1年、もはや何も知らないは通じないが、それでも先入観のない視点はまだ慣れていない証拠であると、同時にハヤミには参考になる点も多かった。


「現実的ではないのは承知ですが、あのバカピックのプレゼントだとしたらどうでしょうか」


 ハヤミは笑いそうになる。それは馬鹿げたことでも、おかしなことな意見だからではない。ただ、独創性な意見だからだ。


 ハヤミ自身の先入観まみれでは、この考えには至らなかっただろう。だから、自身の馬鹿らしさも踏まえて、笑いそうになった。


「確かに、その考えは無理がない。これが和睦の品ならこれほど適したモノはない」


 そう、攻撃的な意図ではないが、それでもプレゼントは戦略的な意味は持つ。


 ただ、バカピックを人類の敵と位置づけると、この発想は出てこないが。


「ただ、お菓子の家自体、謎が多すぎる。それに人知れず置かれていることもどう説明するか……いや、この際、これはどうでもいい。時間をかけてまとめよう。急いでも仕方がないからな」


 また、明日には騒動が起きそうだ。それに基地内でのお菓子の家騒動もまだ片付いていない。やはり、騒動は現在進行形で起きている。


 頭は痛くなるが、退屈嫌うファミネイにはちょうど、いいのかもしれない。


「司令、この騒動の原因を申し出ている者もいますが」


 シノがそう報告してきた。シノは現実的だ。そんなことを冗談で言ってくる者がいれば、真偽をきっちりと調べてから司令には報告に来る。


 つまり、シノの報告には正確さがある。



 ヒイラギはそれまでにあったことを語った。だが、それはほぼ夢の出来事と現実との出来事の相関に過ぎず、確実な話ではない。


「つまり、あの日壊したシリンダーにはバカピックが封印されていた、と」


 ハヤミが話を聞いて、そう語る。


「そして、そのバカピックは解放されたお礼で願い事を叶えてくれた、と」


 アキラも話を聞いたことをこう語る。


「ありえますか」


「ありえないな」


 息の合ったやり取りである。1年も経つとハヤミのノリを理解している。


「さて、冗談はさておき。そう考えるといろいろと納得する。そもそも、お菓子の家という、今では無理難題のモノを作り、人知れず設置まで達成しているのだからな。その過程はひとまず無視しても」


 それは先ほどまで考え、語っていたことだ。


「奴らのワープは事前に感知はできるが、それもここ最近では信用ができない。恐らく、奴らも技術的な進歩をしたのなら、人知れずも不思議はない」


 ここ1年で基地近くまで人知れずの侵入を許している。今回にしても脅威ではあるが今更、驚く事態ではない。


「しかしバカピックからの願いか……」


「信じるに足りると思いますが」


 アキラはヒイラギの話を素直に聞き入れていた。そもそも、事実とも相関関係は成り立つ。これが事実と見ることは問題とないと判断できる。


「この事実を聞いて改めて、あのお菓子の家をどう考える」


 ハヤミはアキラに尋ねる。アキラはこの事実を踏まえて、素直に考える。


「こちらの要望を的確に答えられている。むしろ、バカピックは交流の手を持たないでは」


 そう、交流がなければ、これまでのやり取りは無理である。


 バカピックは戦闘狂とまで呼ばれるほど、戦闘以外のコミュニケーションを持たないというのが常識であった。


「いや、まったく前例がないわけではないが、ただ、結果は会話にならなかったことが、ほとんどでそれを交流とはいえるレベルではない」


 それにアキラには交流とは違うが、違った点で思い当たる点もあった。


「それにこちらの文化や風俗を理解していることは、ここでの経験で分かっていることだろう」


 確かにそうであった。こちらのネーミングセンスを理解したユニークタイプにしろ、下手な演技をするモノなど様々。


 そもそも、機械であるのに個々で性格が違っている。


「それでなおかつ、お菓子の家自体についてどう思う」


「ともあれ、夢があると思いますが」


 アキラにとっての素直な感想はこれである。ハヤミもこれは同感である。


「ああ、その夢を叶えるためにどこからかお菓子の材料を用意して、作り出した。我々の現状でアルミカンを使っても、こうもうまくいくまいが不可能ではない。恐らく、バカピック的にも現実的で実現可能な願いだったのかもしれないな」


 童話のお菓子の家も魔法じみた話だが、それでも童話が作られた時代でも実現可能かと言われれば、無理ではない。極端な夢物語ではない。


 バカピックとて、それを実現した。何もないものを作り出すほど、万能な神様ではない。ならば、それなりに無理をしてでも作った。


 恐らく、ハヤミは考えていることはかなり真実みを帯びている確証でもあった。


「ともあれ、我々もその会話に参加できればいいのだが」


 ただ、トリックの証明よりも先に、置かれている状況の対策が急務である。



 困ったことがあれば、ターニャに聞く。これはこの基地での展開のパターンである。


「まったく、エンジニア部門の内容は大方把握していますが、何でもかんでも私に聞かなくとも」


 ターニャは愚痴を言う。それで改善される訳でもないので、切り替えて話を進める。


「奴らの思考レベルというべきモノは、恐らく我々とは次元が違います。そのため、次元の差を埋める媒介が必要です。それはこちらで開発はできていません」


 実際、バカピックの解明に多くの時間を割いてきた人物だけに良く分かっている。だが、分かっているからこそ、できないことも分かっている。


「しかし、奴らからのコンタクトをしているのであれば、手はあります。夢で会えるのなら」


 ターニャは嬉しそうに語る。今回は手が分かりやすかったから。


   5


 視覚情報をイメージ化できるように、意識も共有化ができる。また、それは夢の中でも同じことである。


 戦闘要員であればコアを媒介すれば容易であるが、ヒイラギは普通のファミネイのため、シミュレータが媒体として利用される。


 これでヒイラギの意識はシミュレータを介して、共有化が図られる。つまり、夢の中に現れるバカピックをみんなで見ることができる、はずである。



『やっぱり、そう来たか』


 夢の中で現れたバカピックが語りかけてきた。


 ヒイラギの証言通り少女の姿をしているが、あの炎の巨人であることを示すかのように、その体には炎が纏っている。横にもサーベルが宙に浮かんでいた。


『まず、いろいろと説明しないと話は始まらないと思うけれど、どうしようかしら』


 バカピックはヒイラギの夢の中に現れていたが、こちらの介入を分かっているようだった。


 そして、ハヤミはどうであれ、バカピックとの会話の経験はない。戦闘では多くの交流をしてきているが、どこまで口で相手できるかは全くの未知数である。


 だが、人間相手での会話は経験がある。


「我々の会話を模しているのか」


 ハヤミはそう語る。語った言葉はシミュレータの媒体にして、ヒイラギの意識に送られる。また、多少なりともヒイラギの耳から意識に送られている。


 媒介にされたヒイラギには奇妙な感覚だが。


『いえす』


 少女を模したバカピックは夢の中にいるヒイラギ側ではなく、別の方向、恐らくハヤミに対してに身振りを含めて示した。


 夢の中のヒイラギもその方向を見ている。一応、声がする方向なのだろうか。


『はろー、あい あむ ほわっと ひゅまにてぃ こっず 〈バカピック〉。(Hello, I am what humanity calls "Ba-PIC".)』


「これがバカピックの言語ですか」


 アキラには聞き慣れない言語だけに、ハヤミに尋ねてくる。ハヤミはまた、頭が痛くなる。いつものノリで突っ込みを入れたくなるからだ。


 まあ、今更我慢して話し合う中でもないか、と割り切って語る。


「今の言語を知っているのだろう。そっちで語れ」


 その言葉にバカピックも笑みで返す。舌戦相手でも、かなりのくせ者だとハヤミは確信した。


『おっけー、おっけー。了解、了解』


 相変わらず、バカピックは身振り手振りでも示している。夢の中でヒイラギもいろいろと困惑する。


『ヒイラギちゃんもすまいる、すまいるだよ』


 バカピックは愉快に語っている。いつも以上に頭が痛くなる光景である。


「アキラ。お前は口を出さなくてもいい。この相手はファミネイ達よりも疲れそうだからな」


 ハヤミは小声でアキラに耳打ちをする。当然、背丈があるので、かがみこんでだが。


「1つ聞くが、そちらも何か媒介を介しているようだが。それで間違いないか」


『そう、これは貴方達のコミュニケーションを模して作った会話ツールといえば、貴方達にはわかりやすいかしら。それにこの姿も同じことよ』


 あくまでバカピックも媒介無しでの会話は不可なのか。耳や口に相当するモノがないのか、こちらと違っているのだろうか。


『だから、ツールを介しているから、多少、私個人の本心とは齟齬があるかも』


 あれほどの漫才に近いことをしておきながらどの程度、齟齬があるか知りたくなる。


 しかし、会話のレベルもファミネイらに近い。ハヤミはひとまず、冷静になり話を戻す。


「では、名前は何と呼べばいい。我々はイフリートと呼んでいるが。あと、そっちのサーベルはソードフィッシュだ」


『別にそれでもいいわ。私達の名前は貴方達では理解も発音もできないでしょうから。あえていえば、イフリートではなく、この姿だから女性形でジンニーヤで呼んでほしいかしら』


 バカピックとの会話は成立しないといわれていたが、ここまで言語や文化を理解しているのに何が成立できないのだろうか。


 これほどの知識があれば、問題なく交流も交渉も可能だろう。現に会話ができないにしろ、そのためのツールは相手にはある。


 だが、バカピックはそれをしてこなかった。


 その問題はバカピックのユニークさにあるとハヤミは感じ取っていた。ここまでの会話でも、それが現れている。


 そして、戦闘時よりも背筋が(ひや)つくのが不気味であった。


『ああ、この子はソードフィッシュは不満みたい。せめて『エクスカリバー』ぐらいで呼んでほしいみたい』


 サーベルの方は大層な名前を、御希望とは。


 しかし、人類にはメジャーな聖剣の名前とはいえ、それを知っているとは。その知識量はどこから来ているのか気になる。


「ただの剣のくせに生意気だな」


『はは、違いない。まあ、この子はツールがないから、今は会話できないから呼び名なんて、ここでは必要ないか』


 バカピックもこちらの会話のレベルで笑っている。やはり、初めからバカピックはその程度のレベルのかもしれないが。


『では、改めて自己紹介を私、ジンニーヤはあの憎きタコ野郎から救っていただいた、ヒイラギちゃんにお礼したかった。それも1つではなく、3つもです』


 仲間同士でもタコ呼ばわりとは。だが、このセンスはやはりファミネイに近い。ツールとはファミネイの何かをベースにしているのだろうかとハヤミは思った。


 ターニャも近くにいるが、声に出して相談もしにくい。聞かれている可能性もあるから。ひとまずは会話をしながら、それを探るのが今はベストだろう。


 後、タコから救ったといっているが、あの気体がジンニーヤだとすれば、そちらもいろいろと疑問が尽きない。ひとまずはハヤミは会話の方に専念することとした。


「さて、残り1個のお願いを何にするの」


 このバカピック、ジンニーヤは話を戻し、本題を聞いてくる。


「その前にいろいろと聞きたいのだが」


 ハヤミもジンニーヤに対して、自分のペースに戻そうと語りかける。


「あー、そういう質問は駄目なの。こっちにも事情があって。もし、それが望みなら、これを願い事にしてくれないと」


 ジンニーヤは先ほどまでのノリでは語ろうとはしない。そして、本題に戻そうと提案をしてくる。


「でも、せっかくだから聞かないの。タキオンエンジンとか」


 ジンニーヤは微笑んだ。確かにこれは聞きたい話だ。ハヤミとて、その提案は魅力的ではある。


 だが、以前にも同じようなことが、あったことを感じ取った。


 それは叫び声で先に口にしたのはアキラで、ハヤミも続けて口に出して止めに入る。


「おい、待て。やめるんだ」


 だが、ヒイラギはその言葉を聞かず、口に出した。


「タキオンエンジンのことを、できれば作り方まで教えて」


 エンジニアであるヒイラギにはその提案は是非とも聞きたかった。


「今すぐシミュレータの接続を通信網から切れ。壊してもいいから」


 ハヤミは周りにそう命令する。自身も急ぎ、ケーブル、電源を確認して抜き取った。



 一瞬のことで、誰も状況を読み取れていない。



「あらあら、せっかく教えたのに」


 その言葉はヒイラギの口から語られる。だが、ヒイラギの心臓はシミュレータと同様で止まっている。


 ハヤミは少し状況を読み取れているので、その言葉に対して話しかける。


「今は質問を受け付けているのか」


「少しなら」


「そうか」


 ハヤミは話す。


「わざとだな」


「まあ」


 ハヤミが話している相手はヒイラギではない、あのバカピック、ジンニーヤだ。ヒイラギは心音を停止させている。むしろ、脳は体の処理を忘れて、処理できていない。


「今、こうして会話ができるのはコアを媒体にしているからか。こちらのことはコアの通信で把握しているのだな」


 ハヤミは先ほど思ったことをジンニーヤに聞いた。あまりにファミネイに似た思考と知識量はそう考えると自然だからだ。


「そう、このコミュニケーションとしてのツールは基本、そこの女の子らを参考にしているの、そして、その機器を通してね」


「道理で話しやすいはずだ」


 ハヤミは納得する。


「最後の一言だけ、いい」


 ジンニーヤの方から語りかける。


「どうであれ、助けてくれてありがとう。この子、寝ているようだけれど。目を覚ましたら、いっておいてね」


 ヒイラギの口は閉じられた。そして、再び語り出すことはなかった。


「言えねえよ。馬鹿が」


 ハヤミはヒイラギの肉体を見ながら、そう口にした。


「あまりよくはないが、いろいろと情報が集まりすぎだ。これから別の意味で忙しくなるぞ」


 ハヤミは周り、そうに告げた。そして、もう一言。


「至急、医療班を呼べ」


 * * *


 ヒイラギの状況は医療班が調べた結果、ある種の脳死と認定された。


 脳内の情報を取り出した結果、デタラメに近い情報に置き換えられて、生存に必要な体を制御する命令系統はなかったからだ。


 あくまであのバカピックが正直であれば、デタラメな情報はタキオンエンジンの理論なのだろう。それが脳内のすべての命令系統、人格すら含めて書き換えた。一部、脳と繋がっていたコアやシミュレータの一部も同じように書き換えられていた。


 ヒイラギの肉体は辛うじて外部の装置で生存できているが、ヒイラギという精神はもうない。記憶のバックアップされていたコアも上書きされているから。


 もし、あの時ネットワークに繋がっていれば、基地内また、都市までタキオンエンジンの理論に置き換えられていたかもしれない。


 こちらのコアにしても、詳細に語れば、人、一人の記憶では足りないぐらいだ。こちらにとって未知なるエンジンの理論の情報量はいかなるモノだったのだろうか。


 それでもタキオンエンジンの作り方がこちらの記憶容量で収まれば、それはそれでまだ救いや面白みがあるが、恐らく、この有様ではネットワークに繋がるコアを持つ者でさえこの状態になっていたかもしれない。


 まるでタキオンエンジンという極秘の存在すら掛け金にして、ジンニーヤは賭け事を楽しんでいた。


 そして、それはリスクを背負い成果を儲けるためでなく、ただスリルを楽しむのためのモノだったのではないかとハヤミは感じていた。


 実際、その感覚はアキラも似たように感じていた。


 あのアキラがこの基地に来た日のように。


 これでは昔からいうようにバカピックには会話が成立しないのも無理もない。


 だが、ジンニーヤは嘘を吐いていないだろう。この結末を楽しんでいたと思えるから。


 なら、我々人類はどうであれ、タキオンエンジンの片鱗を手に入れたことになる。


 * * *


 このエピソードはこうして幕を閉じたのです。


 会話をするバカピックとは、それもそれで脅威的なものです。


 え、彼女はこのエピソードの主人公では無かったのか。それはあくまでこのエピソードだけ。この物語全体の中では単なる端役にすぎないのです。


 また、どんな物語であっても主人公だからといって、悲劇的な結末は迎えることもしばしば。


 そもそも、この物語の少女達は消費される存在なのです。


 こんな結末であっても、これは日常茶飯事な一幕。悲劇でも喜劇でもない。


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