白ウサギの午後 『レモア』パート
『上は派手にやっているわね』
レモアは静かで振動もない地下で、そんな通信を送った。誰かにこの通信を拾ってほしいと思い。
『どこにいるのですか』
通信を返したのはカレンだった。もっとも、誰かとはいったが、実際はカレンにのみの一方的な連絡であった。
『地獄の1丁目よ。2丁目はないけれどね』
その言葉にカレンは何も言えなくなる。冗談でない、冗談だからだ。レモアは当然、冗談で言っている上で、本当のことも言っている。
だから、余計に返答に困る。
『そういえば、頼みたいことがあるのだけれど』
レモアはカレンに対して、お願い事を送った。
* * *
レモアは緩い格好をしている。Tシャツと緩いパンツという定番の組み合わせ。とはいえ、レモアのスタイルの良さから緩さはあまり感じにくい。
また、髪もだらしなくしているが、くせのあるウェーブのせいで余計にボリュームを感じさせ、これもこれでありと思わせる髪型となっている。
ルリカが部屋から出た後でも、ただ椅子に座っている。そして、ルリカが出てしばらくしてから、ようやく口を開いた。
「さて、案内の前に少し聞きたいことがあるのだけれど」
レモアは前の2人とは違う出だしから始まった。
「貴方は何者なの。正直な話、私は貴方に多少は興味があるの」
それに関しては他の少女達とは感じている思いとは違っている。
何が好きとか、趣味とか、特技とか、そんなありきたりではない。
レモアはアキラの存在が分からない。
この基地の運営に携わる者として、もう少し歳の取った人物でも問題ないというか、それが普通な考えである。そんな非常識といってもいい存在の下に付く側には、それは大問題である。
そもそも、背の高さすら大きく違っている。アキラは上目遣いでないとレモアの顔も覗けない。
だが、そんなレモアもハヤミの前では子供の背丈である。
ふと、レモアは日頃、背丈の差でアキラとハヤミがどうやって会話しているのか、疑問に思い、楽しい考えが芽生えてくる。
そんな考えはひとまずとして、レモアは他の2人と違い、歳などの点で納得していない。それでも上司である以上、不要なまでに失礼なことはできない。
「所で、貴方はいくつなの」
レモアは真顔にさせて聞く。いつもの緩んだ顔はない。一瞬、アキラは怖じ気づいた。
だが、それでも次の瞬間には凜としてレモアに向き合う。それはハヤミから言われたファミネイとの接し方の1つであった。決して、少女達に怯えるな、と。
「一応、10歳になります。それでも幼い頃のはっきりとした記憶がないのです」
10歳という言葉に少しだけ、レモアは驚く。だが、自身と比べれば大した問題ではない。
「まあ、私はここに来て3か月、意識を持って3か月よ。ここでは先輩であっても、貴方は人生の先輩よ」
これは人工生命体たるファミネイの所以の1つ。必要な情報は作られた時点で備わっている。肉体も出来上がっている。
長い時間をかけて育てる必要はない。生まれてすぐに人類の敵と戦えるのだ。
「記憶がはっきりしなくとも、数年の記憶はあるのでしょう」
アキラは頷く。人類にとって物心が付くまでには時間がかかる。10年ぐらいでは幼い頃の記憶など、はっきりしないのも無理がない。
だが、このレモアの認識は今、時点では大きな問題はなかったが、後々、大間違いであることを知ることになるのだが。それはまだ先の話ではある。
「間違いなく、私より年上よ」
大体、ハヤミは数百年ぐらいという時を過ごしている、恐らくではあるが。
ある意味、歳という基準は当てにならない。それと同じで外観だった、そうだ。レモアとカレンの身長差は年齢によるモノではないのだから。見かけと歳に大きな意味はないのかもしれない。
「まあ、いいわ。貴方も特別なのでしょうね」
レモアはそう漏らした。それで心の中では少しは納得した。
全く、理由がないわけではなさそうだと。
「そうだ、ルリカも忘れていたのか知らないけれど、格納庫の奥には医療施設と病室が用意されているわ」
レモアは基地の方を指さして知らせる。確かに窓から見えるその先には、医療施設を示す看板が目立つように設置されていた。
「まあ、あの子はまだ行ったことがないから、忘れていたのかしら」
レモアはそう漏らす。そして、そのことなどすぐに忘れて、次をどうしようかと考えた。
「とにかく、特別な場所を案内しないとね」
レモアは笑顔でそういった。それはそれで先ほどと違う感じで、アキラは恐ろしさを感じた。違った意味で、何を考えているか分からなかったからだ。
* * *
レモアに案内された場所はただの階段であった。
「ここはまず、誰も来ないわ」
だが、ここは特別な階段。地上へ上がるための階段だ。
「一応、地上へ出る場所は格納庫だけではなく、階段も用意されている。ただし、出入りはできないようロックはかかっている。誰でも出入りができるのは緊急時のみ」
レモアは確かに重要な箇所ではあるが、単なる階段にいろいろな情報を説明していく。
「そのため、誰も来ない」
だが、その情報のまとめがこれである。つまりは誰も来ない場所の案内である。
「それでもたまにサボっている子がいるから、1人になりたい時は先客を確認しておかないと微妙な空気になるから注意ね」
この情報が経験からの情報であるとすれば、レモアもまた経験した事実なのだろう。
レモアには他の2人と違い、どこか影がある。
明るく振る舞っているが、それがアキラには本心と思えなかった。カレンのようにどこか無理に着飾った感が見えてくる。
「とにかく、緊急時、地上に逃げるのに使えるから、覚えておく必要がある場所よ」
ともあれ、情報としては大事なため、アキラはしっかりと心に書き付けた。
「ついでだからいっておくと、この基地はブロックモジュールという考え方で作られている。まあ、宇宙船と同じ理屈らしいわ」
ブロックモジュールはユニット工法と呼ばれる、大昔の建造方法を発展したもの。
「エリア単位で1つのブロックモジュールで構築されており、たとえ、1つのエリアが壊れても、他のエリアには影響がなく、動力室から一時遮断されても、しばらくは機能できるだけのエネルギーなどのプールを持っている。そして、修理の際も他と分離できるため、いつでもできる」
簡単に言い切ってしまえば、積み木と同じようなモノである。その積み木の1つ、1つに機能と独立性を持ち、連結してさらに巨大な1つのモノとなる。
「まあ、この基地もブロックモジュールを付け足すと宇宙船になることができるらしいわ」
「すごい話ですね」
アキラはそう感想を漏らす。
「でも、昔の当たり前だったそうよ」
レモアはアキラの感想にそう答えた。
「ともあれ、地上への非常口は地下1階の特権よ。まあ、地下に潜れば、破壊されるリスクは一気に減るから、今の私達には地下に行く方が安全なのだけれどね」
先ほどの戦闘時でも地下1階への移動が制限され、地下で安全を確認されるまで潜っていた。
今の人類は完全に地上を捨てて生きている。
「さて、次に行きましょう」
レモアはそんな考えすら、断ち切るかのように次へと案内を始めた。
* * *
さて、今度レモアが案内した場所は地下1階の植物プラント部分。
「カレンが説明した通り、プラントの入室は厳しいけれど、1か所、出入りが自由な場所があるわ」
そこは壁ではなく、透明な樹脂で囲われ中が見えるようになっている。
「ここは温室と呼ばれているわ。太陽光もこの地下で浴びられる数少ない場所よ」
カレンの説明でもあったが、太陽光が入ってきているとはいえ、天井が地上と繋がっているわけではなく、わずかに開口から増幅して明かりと熱を確保している。
地上から見ても、その開口はわかりにくくなっている。
実際、敵からは基地の位置はバレているのだが、そこまで偽装する意味がないが、これも宇宙時代と地下初期に潜った際の名残といえる。
温室はプラント内と同じで水耕栽培。土から育てることは地下という密閉された空間ではいろいろとリスクがあるため、安易には許可されていない。
そのため、水の流れる音がこの温室内には常に聞こえている。
「以外に、ここで花を育てる子もいるらしいわ」
実際に、今も温室内はいろいろな花が咲いている。
自動でも管理もされているが、ファミネイ達のお小遣いで種や球根を買って、育てることも可能。出費のいる趣味ではあるが、育てる楽しみや咲いた花は自室に飾って楽しんだりする。
「それでも、ここもあまり人が来ない。一応、地下1階ということもあるけどね」
自動で管理されるため、種を植えれば、それで大概、枯らすことなく、花を咲かすことができる。水耕栽培は水やり、肥料やり、雑草取りのすべてが不要であるからだ。
成長もネットワークから見ることもでき、ここまで来なくとも楽しめる。咲いたことも自動的に知らせてくれる。
ただ、種を用意するだけではあるが、それで花を育てることができる。
ただ、成長の内容はオープンなため、他の子であってもその過程を眺めることは出来るのだが。
「こうして、ただ花を眺めるのは乙なモノよ。ついでに日中なら日光浴もできる。まあ、夜中は真っ暗だけれど」
植物プラントは夜間も日の光に相当するモノが照明として使われるが品種によっては、そのまま夜の闇を使うこともある。
温室も省エネの観点から夜の闇に包まれる。
「案外、ここも気楽にいられる場所よ」
レモアはそういって、しばらく黙り込んだ。
「ただ、付き合っているだけでも疲れたでしょう。さて、食堂に戻って、一休みしましょう」
黙り込んだかと思えば、今度はいきなりレモアは話しかけてきた。だが、その提案はアキラには嬉しかった。ほとんど何もしてないとはいえ、立ち続け、歩き続けたから。
* * *
食堂へ戻る際、ファミネイとは別の生き物と遭遇した。
「珍しいわね、タマ次郎よ」
そこにいたのは猫だが、その大きさは中型犬程度。とはいえ、これはねこです。
アキラの知識、認識でも猫。その大きさに驚くことはない。ファミネイ達も驚くこともない。
ただ、厳密にいえば地上に生きる猫とは違う。この猫は宇宙猫と呼ばれる種で、元はこの地上に生きる猫と同じ種であったが、独自の進化を経た。
「大抵、気ままにどこかの部屋に居座っているわ」
習性は猫と同じである。
「そのため、この子には一般的な場所であれば自由に行き来できるマスターキーが与えられている」
その権限はハヤミ、アキラも持っているが、他ではそんな権限は持ってはいない。
この猫は猫であるが故にその権限を持っていると、同時にそれだけの特殊な権力も持っている。
「何より、この子は雄よ。ハヤミと貴方以外のね」
基地にはハヤミとアキラを除けば、少女達、ファミネイしかいない訳ではない。
この猫、タマ次郎を初めとする家族がこの基地を守るために配属されている。守るといっても、おまじない程度の話。そして、家族といったように雌雄のつがいがいる。ちなみに子供はまだいない。
昔から、猫は船の守り神にされていたことに由来する。それは宇宙時代の宇宙船であっても、そのおまじないを信じられ、無重力空間での育った猫は重力の縛りがなくなり、肥大化した。
それが宇宙猫の始まりである。
本来の猫も都市には住んではいるが、船という意味が強い基地内では験を担ぎ、宇宙猫を飼うのが一般となっていた。
ゆえに名誉職ながら猫としての習性にあった特権を持つ。
「あまり人の多い所には来ないから、食事の時も人の少ない時間を狙って食堂に現れるわ。その日、出会えるとラッキーとされるぐらい以外にレアキャラね。あと、英雄の末裔だそうよ」
「三毛猫の雄ですね。話は聞いたことがあります」
これも宇宙時代に由来するエピソードある。タマ次郎の三毛猫で、先ほど言った通り、この基地で2番目の雄である。
だが、三毛猫の雄は昔の話では奇跡的な話で、今ではあることが起因で宇宙猫にとっては少しまれではあるが、ごく普通なことである。
これは余談となるため、またいずれ。
「そして、私達も彼と時同じとする末裔らしいわ」
そうファミネイの起源も宇宙時代にある。この基地だって、宇宙時代の技術、司令も宇宙時代を直に知る人物、飼われているペットも宇宙時代からの伝統で血筋、いまだ侵略する敵との遭遇も宇宙時代からの付き合い、そして、この基地を守る戦士達も宇宙時代から続いたこと。
そんな中にアキラは来たのだ。自分の日常だった生活はその積み重ねとはいえ、旧時代から続く、侵略者とともに時が止まって戦い続けている。
何げない説明であったが、詰まる所すべては宇宙時代に行き着く。
アキラも説明していた少女達もそのことには気がついていない。だが、いつか、その事実を理解した時、今日の出来事をどう思うだろう。
「アキラ殿、お疲れと思い、飲み物を用意しています」
カレンは待ちきれず、アキラの元へとやってきた。実際は、食堂付近で立ち止まっていることに不思議に思い様子を見に来たのであったが。
これは自主的ではなく、レモアに言われて、飲み物を用意して待機していた。
「今、行くわよ」
騒がしくなったのか、タマ次郎はその場を離れていく。
「さて、後はゆっくりとしましょう」
そういってレモアは食堂に歩き出す。アキラもレモアに付いて歩いていく。
カレンはよくよく考えると勤務以外でレモアと一緒に食事をしたことがなかった。出会ってわずか数か月の話だから、おかしな話ではないが、それでも同じチーム、同じ上司を持つ同士、日頃のこととてあまり知り得ていない。
レモアからこの提案がなければ、こんな場はまだしばらくなかっただろう。
カレンから見ても、レモアの行動はよく分かっていなかった。短時間であるが付き合ったアキラだって、レモアの心情は読み切れていなかった。
どうであれカレンほど、分かりやすいモノであれば苦労はしないのだが。
* * *
さて、そんなのどかな午後は過ぎ去り、夕方に変わり、それが終われば日は変わっていくだろう。そんな平穏がいつまで続くは、この時代ではとても、とても貴重なこと。
少女達はそれを知っても知らずとも日々を楽しく生きる。
平穏さと無縁な混沌が来る時まで。




