白ウサギの午後 『ルリカ』パート(1)
『何だかな』
『言いたいことは分かるわ』
ルリカとレモアは通信でやりとりをしている。ただ、このやりとりはカレンには繋がっていない。そして、通信での内容はカレンの言動についてだ。
『かなり、無理してキャラを作っているわね』
『分からないことではないけど』
2人はおおよそ同じ感想だった。そもそも、その感想に至るアキラとカレンのやりとりの情報に関しては一応、間接的に知ることができていた。
『しかし、隠れて見ることではないわね』
『オープンな内容よ』
レモアはオープンにされている監視カメラの情報にアクセスして、様子を眺めていた。
そもそも、オープンだからといって見て楽しむモノではないが。
『じゃ、私は動力室、格納庫を中心に案内するわ』
『後は任しておきな』
ルリカはふと思った。
『後、案内するような所はないけれど』
『いや、そこは心配しなくていいから』
ルリカはレモアとの通信を切ると、今度はカレンのとアキラの方に通信を入れた。
* * *
動力室はカレンも説明した通り、さらに地下にある。それは地上から来る敵、バカピックから攻撃を遠ざける目的である。
そして、動力室以外にその階には何もない。これは敵以外にも好奇心のある少女達を近づかない対策でもある。
この地下4階へ行くには格納庫側にある階段を使う必要がある。
メンテナンスや拡張の際は重機も運搬できるエレベーターで行くことができるが、こちらも許可が必要である。それらの申請が出ていない状態ではエレベーターは使用できない。
たとえ、基地司令であるハヤミで特権は許されない。
つまり、階段で地下4階まで行く必要がある。
ルリカは既に動力室の前で待っている。誰もいない所ではあるが、先ほどまで通信でやりとりをしていたので、退屈はしていなかった。
そんなルリカはカレンとは違い、自室から服は変わってはいない。一応、いつもの上着、レザージャケットを着込んでラフさをファッションとしている。
「ご苦労様」
階段を下りて、カレンとアキラが動力室の前へとやってきた。ルリカは先ほどの様子を多少見ているため、カレンの違和感など初めから知っている。
だが、今はさらに悪化していることに気がついた。
とはいえ、何も言わないまま案内を引き継ぐ訳にもいかない。ルリカは少し悩んで、カレンに声をかける。
「そういえば、カレンもここは初めてだよね。どう一緒に見ておく」
「いえ、私は、結構です」
少しぎこちない口調だった。むしろ、返答としてはルリカの思った通り。
「そう、なら自室でゆっくりしておくと、いいわ」
そして、続く言葉は、カレンの目の前だというのに通信で送信した。
『まあ、頑張ったわね』
おおよそ、アキラにもバレているとはいえ、アキラの前でその言葉を聞かれる訳にもいかず、また、カレンにもその事実に触れないのは優しさというべきなのだろうか。
「では、動力室を案内します」
そう、ルリカがいうと動力室へ出入りするための作業員用扉のロックが解除された。
動力室内へと入ると結構、物音でうるさかった。
「動力室とは名前は付いていますが、基本動力であるコアの他にも、水源、空調などのユーティリティを管理する駆動源、そして、情報管理する情報処理装置などが置かれています。聞いての通り、駆動音等で結構うるさい空間です」
部屋に入る前の静寂がウソのようである。
コア自体は静音性は高いのだが、どうしても水源、空調などでは駆動源が必要となるため、音が出てしまう。
ちなみにコアで作られたエネルギーは電気ではない。第2電気、純エネルギーとも呼ばれる存在で、作られる際と使用される際のロスが少なく、破損などで漏出した際もほぼ無害である。
そのため、電気で動く電動機、モーターはこの時代では使われてはいない。駆動源には別の駆動方式を採用されている。
「騒音と強度、そして、防御、耐久性の意味で壁は厚くなっていますので音や振動は外部には漏れないようになっています」
動力室は基地としては繋がってはいるが、建物としては空間を設けて、厳密には繋がっていない。それは騒音、振動対策で共振させないためだ。
それと防御の意味合いで壁が厚くして、空間も取っている。
「動力源もそうですが、それ以上にライフライン、情報を支える重要な場所であります。それゆえ、攻撃被害を抑えることを想定して地下深くに配置されています」
「もし、地下からの攻撃された場合はどうでしょうか」
アキラとて、今日まで生きてきて、地下から攻撃されたことはなかった。とはいえ、今の人類にとって、そういった不安は誰もが思っていることである。
そうでなくとも、地上を捨てているのだから。
「……地下から直接ですか」
ルリカは少し考える。答えにくい話題であるからだ。
それは不要に不安を煽る意味ではなく、人類の敵、バカピックが読み切れない存在だからだ。
「あり得ない話ではありませんが、バカピックのタキオンエンジンの観測は地上であればほぼ、観測できます。たとえ、地下にいても何らかな痕跡は分かるため、その危険は未然に防げます。地下に住む、我々にはウサギの穴掘りすら警戒しているのですから」
地下である以上、様々なリスクがある。それは何もバカピックだけの話ではない。
それゆえ、たとえ穴を掘る生き物さえ監視できるような態勢、観測機器がそろっている。ウサギすらその対象となるぐらいに。
「しかし、この間は……」
そう、アキラの着任早々で起きた、死んだふり事件である。バカピックはそのような知略にあふれた行動も取ってくる。
「問題はそこです。奴らには合理的な思考を持っているのか不思議になるくらい独創的で、不条理な塊です。ですが、結果的には合理的と言わざる負えないほど、苦戦を強いられています。この場にいること自体、その証明ですから」
地下に押し込められた経緯はバカピックにある。どんなにバカピックと軽蔑したところで、人類の敵という肩書きは消えず、人類の屈辱も晴らすことはできない。
ユニークな外観と行動でも、その事実を覆すこともできないのだ。
「どうであれ豪快が売りであるバカピックが慎重に地下から忍び込むにしても、力任せで基地破壊を容易に実現できる以上、そちらで行動を起こす方が簡単ですしね」
つまりは地下からであろうと地上からだろうが、奴らが本気となれば、どれだけ強固であっても無防備でしかない。
それほどバカピックは強敵なのだ。行動はユニークであるが。
「むしろ、この星の裏側から穴を掘って現在進行形かもしれませんね」
ルリカは笑って聞かせ様とも思った例え話だが、その内容が全くあり得ないといえないことに笑えなくなった。
「こう言葉にすると笑えませんね。そんなユニークさは奴らは持っていますし、それを実現できる行動力と力がある以上」
過去にも奇妙奇天烈な行動で攻めてきているし、今後もそれはあり得る話。大抵の例え話は現実に起こりえるかもしれない。
それほど奴ら、バカピックは馬鹿にされた呼称ながら、その実は本当に無駄なまでに計算高い存在であるのだ。
「ひとまず、地下である以上、バカピックはもちろん地震などの自然災害にも警戒が必要で、動力室は基地全体の自然災害等への対策機能も持ち合わせています。災害時は一種のバリアで基地を包み、対応します。ただ、これはバカピックに対しては有効な防御策ではなく、あくまで災害に対してのモノです」
こういった技術的思想はやはり、宇宙時代の宇宙船でも使われたモノを転用である。そういった意味でも地下と宇宙というのは似ている部分がある。
「さて、話を動力室へ戻します」
動力室とはいうが実際、その中でもさらに部屋で区分けされている。動力室に入って目に入ってきたのはまずコアだ。
そして、厳重な壁で区画されている場所がある。
「こちらは情報処理装置が置かれた場所になります。私も専門ではありませんが、基地機能の管理はこちらで行われており、高度な情報処理もこれを介して処理されております」
地上に配置された観測機器で測定された情報は、この情報処理装置に集められ、処理された結果として司令室にモニターされている。
また、基地内でネットワークもこれで管理されている。先ほどのカレンやレモア、そして、ルリカの通信にしても、ここを中継している。
ここを調べれば、先ほどまでの内容は筒抜けである。
そして、奥にはコアとは違う機械が置かれた場所が見える。
「奥にはユーティリティ、水源、空調など地下で我々が生きていくために必要な基地のライフラインを供給する設備群となります」
ユーティリティは機械が動いているため、不用意には近づけないが、それでも水が流れていることは目でも音でも確認できた。
「先ほど、植物プラントなどを見てきたと思いますが、使われる水はここで管理され、また循環して使われています」
実際、ユーティリティ設備はコアが置かれた場所より広く面積が取られている。
コア自体は省スペースだが、どうしても水を溜めるプールにしても必然的に面積、体積が大きいモノばかりになってしまう。
「また、地下である以上、空調管理なしでは生きていけません。地上との繋がりは完全に失っていないとはいえ、空気穴だけではこの基地の空気すら管理できませんから」
そういわれて、機械、場所を示されてもアキラにはどのような原理、構造で動いているかよく分からない。
確かに多少はそれらを聞いてはきたが、あくまで雑学程度の知識でしかなかった。
「後、一番、見慣れているとは思いますが、目の前がコアです。9基のコアがありますが、その半分で通常は問題なく基地機能を運用できます。これだけでも都市と同じ出力を出すことができます」
コアの原理は核融合炉ベースに、発生したエネルギーをほぼそのまま使いやすい形に変換して使っている。それが先ほども触れた純エネルギーとも呼ばれるエネルギーだ。
また、目の前のコアは人の背丈より一回り大きいサイズだが、その他には競技用のボールや握りこぶし程度とサイズも用途で様々である。
それらより小さいサイズも存在するが、実際は動力を持たないため、厳密にはコアと違う。これらは別のコアから送信されるエネルギーの受信機と入れ物となる。
人の背丈より一回り大きいサイズであれば、小さな街は十分にエネルギーを供給できる。ただ、それは昔の話。今となってはそんな街は存在しているのかは怪しいが。
現在は都市という狭い空間で地下へ地下へ住み家を広げているだけ。その都市すら、他にどれだけ街や都市が現存しているか各都市間で把握していない。
元々、アキラが住んでいた都市でも、2つの都市とわずかながらの交信のやりとりがある程度だった。
さて、そんな都市よりも人口が少ない基地にコアが多く配置されているのは、バカピックの戦闘時のためだ。攻撃手段などに使えるエネルギーが多いことに越したことはないからだ。
これに関しては日々頃から使っているモノだから、アキラの理解も言われるまでもないレベルである。
目の前のコアでもそれだけの知識を披露できる。
「各設備の詳細な原理や構造もご理解頂くことも必要と思いますが、私達もそれらの知識を持っていませんので、概要だけとなります。それでも動力室は建物としての機能の要を担っていることは容易にご理解いただけと思います」
今頃であるが、ルリカの口調はカレンとは違う丁寧さであった。元からの性格なのだろう。
「そのため、我々も容易には入れないように管理されています。物好きでイタズラ好きなファミネイの前では余計に厳重でなければなりません」
とはいえ、丁寧だけでなく、皮肉、毒も盛り込んでいる。
実際、これは誰かのことを指しているのだろうが、アキラには誰のことか、この時ははっきりと分かっていなかった。
「さて、あまりうるさい所で長居しても仕方がありませんので、次へ行きましょうか」
確かにうるさいが、日頃は静かな地下世界でこの手の騒がしさも決して悪くなかった。
動力室の扉を抜けると再び、静寂の世界と戻っていくことになった。