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第7話

「……えっ、魔法使い……」


「ああ、そうだよ。僕は魔法使いだ」


 ベッドに腰かけ、カップを握りしめたまま、私はなんとも情けない声を漏らした。

 私の怪我をこんな短時間で治してしまえるなんて、それこそ魔法と言われれば信じるしかない。

 加えてオズワルドさんの外見は金髪碧眼。偶然か必然か、そのような容姿であるとされる人物には、私にも心当たりがあった。


「それじゃあもしかして、あなたは本当にあの『森の魔法使い』……なんですか?」


「どの『森の魔法使い』かは知らないけど、このあたりの森は確かに僕の庭みたいなものだから、あるいはそうなのかもね」


 そう言って彼は椅子を一脚引いてくると、それに腰かけながら「なあんだ。僕のこと知ってたんだ」なんて笑っていた。


 実際のところは、知っていたというわけではない。

 村にそういう言い伝えがあったというだけで、私自身は信じてなどいなかった。

 地下に大きな龍脈が流れている『精霊の森』が不思議な力に満ちていることは知っていたけれど、まさか噂の魔法使いが本当に住んでいたなんて。


「ミレーユ、といったね」


「は、はイッ!?」


 どうしよう。疫病の元凶と噂され、村の誰も姿を見たことがないあの『森の魔法使い』に、私は命を救われたんだ。

 それだけではなく、私は彼の家らしきところに連れてこられて、全身の怪我の治療を受けている。恐れ多くて返事の声が上擦ってしまっても仕方がないと思いたい。


「ここまでで何か、他に聞いておきたいことはないかな? 君の素性を根掘り葉掘り聞いてしまった以上、僕も君の疑問には何でも答えてあげようと思うんだけど」


「えっと、そんな……あの……」


 急にそんなことを言われても、まだ頭の整理ができていない。

 というか、私の事情は私が勝手に話しただけのことだ。オズワルドさんが気にする必要なんてないはずなのに。

 優しい人なんだなあ。そんなことを思いながら私は、何を尋ねられるのかとわくわくしているようにも見えるオズワルドさんへ、とりあえず一つ問いを投げてみることにした。


「あの、オズワルドさんって、本当に魔法使い、なんですか……?」


「うん。さっきもそう言ったでしょ」


 あっ、しまった。

 まだ頭が混乱しているとはいえ、同じ問いを二度も繰り返してしまうとは。

 けれどオズワルドさんは、そんな私のボケを軽く笑い飛ばしてくれた。


「まだ信じられない? なら、嫌でも信じるしかない決定的証拠を見せてあげよう」


 オズワルドさんはそう言って椅子から立ち上がると、ベッドに座る私の前までやってきた。

 一体何をされるのかと内心ドキドキしていると、彼は私が持っているカップにそっと右手をかざした。


 そのまま数秒、沈黙が流れる。

 すると彼の手が一瞬だけぼうっと鈍い光をまとって、すぐに消えた。


「飲んでごらん」


 オズワルドさんはそう言って微笑むと椅子に戻っていった。

 何が起きたのかはわからないけれど、とりあえず私は彼に言われた通り、カップの中身を恐る恐るすすってみた。


「――熱ッ……」


 唇がチクリと痛み、私は慌ててカップから顔を離した。

 なんと、オズワルドさんが服を探してくれている間に冷めてしまったミルクが、何の道具も使っていないのに熱々に温まっていたのである。

 これには素直に驚くしかない。私がついオズワルドさんのほうへ顔を向けると、彼はなんだか嬉しそうにこちらを見つめ返していた。


「温度操作の魔法だよ。今やって見せたのは基礎の基礎だけど」


「すごい……どうやったんですか?」


「細かく振動させることで温度を上げたんだよ。このミルクは液体にしか見えないけど、実はとんでもなく小さな粒子が集まって今の状態になっているんだ。その粒子の一つ一つに魔力を作用させて振動を起こすと、それらが擦れて摩擦熱が発生することで――」


 自分から尋ねたというのに、私は途中から何も話を聞いていなかった。

 一体どこの異国の言語なのだろうと言いたくなるくらいに、オズワルドさんの口からは聞いたことのない難しい単語が出てくる出てくる。

 軽い気持ちで聞くんじゃなかったと、私は少しだけ後悔しないこともなかったのだった。


「――とまあ、簡単に説明すればこんなところかな。何か質問は?」


「……いえ、ありません」


 わかってもらえたと思っているのか、オズワルドさんは随分ご満悦な様子だった。

 正確には質問がないのではない。疑問点が多すぎてどこから尋ねればいいのかわからないのだ。

 だからもう聞かなくていい。聞けば聞くほど疑問が増えていきそうで、なんだか怖い。


 しかしこれで彼が魔法使いだということも確信が持てた。

 私の怪我が治った理屈はわからないけれど、説明を受けてもきっと私には理解できない。とても不思議な魔法の力で治ったんだー、くらいの認識でいるのがちょうどいい気がした。


「あの、オズワルドさん」


 ミルクを温めたことについてでも、怪我を治したことについてでもなく、また別の疑問に答えてもらおうと、私はカップを口に運ぶ彼に声をかけた。

 すると何が可笑しかったのか、彼はぷっと小さく噴き出して、笑いを堪えるように俯いてしまった。


「あはは、ごめん。さん付けで呼ばれたことはあんまりなくてね。なんだか変な響きだなあって思っちゃった。『オズワルドさん』だって……ククク……」


「えええ、なんですかそれ……。それじゃあ、普段はなんて呼ばれてるんですか?」


「うーん。付き合いの長い友達は『オズ』って呼ぶけど、それ以外は僕のことを『先生』って呼ぶかな。お医者さんだからね。だから君も、僕のことは『先生』って呼んでくれていいよ」


「……はあ……」


 彼の言い分も理にかなっていると言えば理にかなっている。

 医者であるのなら、患者からはそう呼ばれるのが自然だろう。実際私も彼の治療を受けたわけだし。


「ああ、すまない。話の途中だったね。何が聞きたかったのかな」


 思い出したようにオズワルドさん――もとい、オズワルド先生がそう切り出した。

 私もついハッとなって、先ほど口にしかけた問いを再び投げかけることにした。


「あの、先生が本当に魔法使いだということはわかりました。そのことで、もう一つお尋ねしたいことがあるんです」


 自分が何を問おうとしているのかを思うと、緊張で心臓が高鳴ってくる。

 正直な話、これは尋ねてもよいことなのかどうかもよくわからない。

 けれどオズワルド先生は、変わらず穏やかな笑みで「続けて」と返してくれた。


「私、昔なにかの本で読みました。すべての生き物が身体の中に持っている『魔力』を源にして、不思議な力を扱えるのが『魔法』なんだ、って。でも、魔力の量は種族によって差があって、特に私たち人間(ヒューマン)なんかは持っている魔力が極端に少ないから、魔法を扱うことはできないんだ、って――」


 恐る恐る、顔色を窺いながら、といった風に、私は口を開く。

 そんな私の話を、オズワルド先生は目を閉じてうんうんと相槌を打ちながら聞いてくれていた。


「――つまり、あんなに簡単に魔法を操っていた先生は……人間(ヒューマン)ではない、ということですよね……?」


 そして私は、意を決してそう尋ねた。

 私たちのこの国――メーレア連邦国は、人間(ヒューマン)以外にも獣人(ビースト)小人(ドワーフ)魚人(マーマン)などといった様々な種族が暮らす多民族国家であることは知っている。

 なにせ五年ほど前にようやく終結した内戦も、元を辿れば種族間のいざこざから始まったものが多いのだ。


 現在は各種族間で和平が結ばれているけれど、それぞれの種族は族長の治める領地に住み分けがなされたままであるし、未だあの内戦を根に持っている人々は少なくない。

 その中でも特に人間(ヒューマン)に関して言えば、他種族から持ち掛けられた和平協定のほとんどを拒否している。

 人間(ヒューマン)以外の種族は少しずつ良い関係を築き始めているというのに、私たち人間(ヒューマン)だけは未だ他の種族を憎み、排斥しようとする動きが強いのだ。

 そんな現状で、私はこのような問いをオズワルド先生に投げかけた。その直後には、要らぬ誤解を招いたのではと後悔が胸に満ちたけれど、今更訂正などできるはずもない。


「ああ。その推論は正しい」


 しかし、どうやら私の問いはオズワルド先生の気には障っていないようで、彼は穏やかな表情を崩すことなくそう答えてくれた。

 そして彼は、手袋をした左手に持ったカップを一度テーブルに置くと、くすんだ金の長髪をこめかみあたりでかき分けてみせた。


「あっ……」


 思わず言葉を詰まらせてしまった。

 予想はしていたことだったけれど、やはり彼が人間(ヒューマン)ではないことが一目で確信できたのだ。

 彼が髪をかき分けた下から現れたのは、人間(ヒューマン)の二倍の長さはありそうな尖った耳。それを私に見せつけながら、オズワルド先生は茫然としている私に向けて、こう言った。



「君の言った通り、僕は人間(ヒューマン)じゃない。僕は、大自然の加護のもとに生まれた森の住人――森人(エルフ)だ」



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