第6話
「はい、もう大丈夫ですよ」
貸してもらった服を身に着けた私は、背を向けて立つオズワルドさんに合図した。
首回りはゆったりと広い。着心地は楽だけれど、胸元がやや大きめに開いているのがちょっぴり小恥ずかしい気もする。
装飾品なんて持っていないけれど、首から何か下げれば映えそうだな、なんてことを思ったりもした。
スカートは私の脛のあたりまでの長さで、これもゆったりしていて歩きやすい。私がよく着ていた普段着と形も似ていて、どこか懐かしいような感じもした。
そして驚くべきは、その場しのぎで用意したはずの衣服だというのに、まるで採寸したかのように私の身体にぴったりだということだった。
まるで普段から身に着けていたものであるのかと錯覚しそうになるほどの安心感すら、これらの衣服から感じ取れたほどだ。
ただ、首回りが広いせいで、右肩から背中にかけて残っている火傷の跡が見えてしまうのは少しだけ気になった。
肩の跡はもちろんのこと、背中も少し広めに開いているため、後ろからはさぞ痛々しい外見になっているだろう。せめてもう少し髪が長ければ隠れたかもしれないのに。
けれど、オズワルドさんは火傷の跡が見えてもまったく気に留めている様子はなく、私の全身をくまなく見てうんうんと頷いている。
だめだめ。贅沢を言っては。彼には命を救ってもらったんだもの。火傷の跡くらい我慢しなくちゃ。
「うん。大きさもばっちりで安心した。よく似合ってるよ」
「本当ですか? 嬉しいです。ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げ、改めてオズワルドさんにお礼を言う。
すると私は、その拍子にふらりとめまいに襲われ、ベッドに座り込んでしまった。
「あれ、なんだろ……」
「うーん。まだ副作用が抜けきってないみたいだね。まだしばらくは、座ってるか寝てるほうがいいだろう」
「副作用……?」
ぐるぐると揺れているような頭を抑えながら問い返す。
さっき目が覚めたときと同じ、全身がずっしりと重いような倦怠感は今も残ったままだ。オズワルドさんの言う副作用とは、このことなのだろうか。
そもそも副作用と言われても、私は何かの薬を飲んだ覚えなどまったくない。意識を失っている間にオズワルドさんに何か飲まされたのだろうか。
変な薬だったらどうしよう、なんて不安が今更込み上げてくる。しかし、少なくとも先ほどから彼と話していて怪しい人物である印象はまったくないため、多分大丈夫だと思いたい。
「怪我の具合はどう? まだ痛む?」
膝に手をついたオズワルドさんが、私の顔を覗き込んできた。
男性であるというのに何度見ても美人顔で、思わず心臓が跳ね上がりそうになる。そんな呑気なことを考えている場合なのだろうか、私。
「怪我……そうだ。私、あちこち殴られたり蹴られたりして……あれ?」
そういえば、村人たちに暴行された痛みがまるでなくなっている。
頬を触っても腫れていないし、袖を捲ってみてもあざ一つない。
そもそも、逃げられないようにと足首を力いっぱい踏みつけられ、まともに歩けなかったはずなのに、さっきは服を着るために普通にベッドから立ち上がったではないか。
「怪我が……なくなってます。痛みもありません」
「うんうん。それはよかった」
満足げに頷いたオズワルドさんは、背後のテーブルに置いていたカップを取って再び私に差し出してきた。
状況の整理ができず、無言でカップを受け取った私は、中身をひとすすりしてひとまず落ち着こうとした。
少し冷めてしまったぬるい飲み物は、やはり何かのミルクだった。
その温かさが喉を過ぎ、胸元を過ぎ、胃に辿り着くと、少しほっとしてため息が出た。
「君が意識を失っている間にね、細胞の自然治癒力を高めるための施術をしたんだ。普通なら何日もかけて治す怪我をずっと早く治そうとしてるから、副作用で君の身体はどっと疲れた状態になってるけど、そこは大目に見て欲しい」
「さ、イボ……? ゼンち、ユりょく……?」
なんだか難しい言葉をたくさん並べられて混乱してしまった。
そんな私を見てオズワルドさんは「あはは、やっぱわかんないか」と笑っていたけれど、私はまったく笑えない。本当になにがなんだかわからないのだ。
ただわかっているのは、彼が私の命の恩人であること。
そして全身傷だらけだった私を、少し意識を失っている間に彼が完璧に治療してみせたということだけだった。
「あなたは、一体……?」
「うーん……一言で答えるのは難しい質問だけど、とりあえず言うなれば、こうかな――」
私の問いに、オズワルドさんは少し困ったような表情を浮かべてカップを口にした。
けれどすぐに穏やかな笑みを浮かべると、どこか誇らしげに胸を張って、こう言ったんだ。
「――僕はね、魔法使いで、お医者さんなのさ」