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第5話

回想から戻ります。

「――そして狼たちに襲われて、そこに僕が居合わせた、と」


 金髪の青年――オズワルドさんの言葉に頷いて答える。

 彼は随分物分かりがいいようで、いくらか言葉足らずに思える私の説明でも事情をよく把握してくれたようだった。

 そんな彼は今、私に背を向けたまま小さなテーブルの上で飲み物を用意してくれている。


「辛い思いをしてきたんだね、君は」


 振り向いた彼の両手にはカップが一つずつ。

 私に差し出してきた右手のカップに入っているのは何かのミルクだろうか。真っ白な中身から甘い匂いがした。


「ありがとうございます。……あの、先に何か着るものをお借りしてもいいですか?」


 目覚めてからもずっとベッドの上にいる私は、相変わらず何も身に着けていない。

 出自を語っている間も、私はずっと毛布で身体を隠したままだった。


「あ、そうだった。すっかり忘れてたよ。少しそのまま待っててくれるかな。すぐ戻るから」


 オズワルドさんはにっこり笑って、二つのカップを再びテーブルに置いた。

 そのとき私の目についたのは、片方にだけ白い手袋を被せられている彼の左手だった。なぜ片手だけなのだろう、と。

 そして彼はそのまま部屋を出ていった。話の流れを考えれば私に着せるものを用意しようとしてくれているのだろうけれど、命を救ってもらった身でありながらおこがましかっただろうか、なんて反省したくもなった。


 なんとなく、部屋を見渡してみる。

 薬品の瓶が並んだ棚、床のあちこちに積み上げられた分厚い本、書きかけの書類と羽ペン――

 オズワルドさんの穏やかな雰囲気とも相まって、理知的な人なのだろうか、なんてことを私は想像していた。

 まあ、片づけはあまり得意そうではないけれど。歩くときに油断していたら、床の本を蹴飛ばして散らかしてしまいそうだ。


 それから不思議に思ったのは、この部屋には窓がないことだった。

 外から差し込む日の光がないにもかかわらず、部屋の中はちゃんと真昼のように明るい。燭台やランプといったものも置かれていないのに、一体どうなっているのだろうか。


 ふと、オズワルドさんがテーブルに残していったカップが目に入る。すると私は、一つのある違和感に首を傾げることとなった。


「あれ? ……湯気……?」


 二つのカップには、どちらも動物のミルクのようなものが入っている。

 そしてそのどちらからも、ゆらゆらと白い湯気が天井に向けて立ち上っていた。


 これを準備してくれたオズワルドさんの様子を思い起こしてみる。

 確か彼は、薬品とは別の棚からこのミルクの入った瓶を取り出してきて、そのままカップに注いでいたような気がする。

 テーブルの上にあるのはその瓶とカップだけで、これらを温めるような道具は何も置かれていない。それなのにカップの中身はしっかりと温まっていて湯気を上らせている。一体どういうことなのだろうか。


「いやあ、お待たせ」


 疑問の答えが出る前に、オズワルドさんは真新しい衣服を持って戻ってきた。

 見たところ彼が持ってきたのは、あまり派手でもなく実に庶民的な女性ものの衣類のようだ。


「こんなのでよかったかな? 気に入ってもらえるといいんだけど」


「そんなそんな、ありがたいです。すみません、お借りしますね」


 この際贅沢は言っていられない。穴とダニだらけの汚い布切れ以外のものが着られれば、今の私にはなんでもよかった。

 きっとしばらく借りることになってしまうだろうけれど、きちんと洗って返せば問題ないはずだ。


「僕は、後ろを向いてたほうがいいのかな」


「えっ? ……は、はい……できれば」


 唐突な問いかけに、私はつい唖然としてしまった。

 今から裸の女の子が服を着ようというのだから、そんなことは当然ではないだろうか。正直なところ、私がちゃんと服を着るまで別室にでもいてもらうのが妥当だと思う。

 けれどオズワルドさんは命の恩人。少しの間とはいえ部屋から出ていって欲しいだなんて、助けてもらった身である私がそのようなことを言えるはずもない。


 幸い彼はにこりと笑うと、ちゃんと私に背を向けてくれた。

 なんだか腑に落ちないような気もするけれど、彼からは悪意というか悪気というか、そういったものはまるで感じられない。天然というか、少し変わっているだけなのだろうか。

 まあ、私が彼に受けた恩を考えれば、たとえ裸を見せろと言われても断れない立場だとは思うけれど。彼がそういった非情な人でなかったことは、せめてもの救いだった。


 下着がないのが気になりすぎるくらい気になるけれど、このスカートの長さならまあ我慢できないこともない。

 透けるような生地でもないし、あれこれ調達するまでは騙し騙しやっていくしかないだろう。私は幸い、胸も大きくないし。……うん、幸い。


 ベッドから立ち上がり、借りた服に袖を通すと、真新しい生地の匂いがした。

 その匂いで私は、奴隷である自分は身に着ける衣服があることすら度が過ぎた幸福なのだということを思い出して、少しだけ切ないような気がした。

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