第48話
「よーお。オズの診察終わったんだって?」
「あら、ディオン!」
シンシアさんの遅めの朝食が終わると、彼女の様子を見に来たのかディオンさんが部屋をノックした。
彼の来訪を笑って出迎えるシンシアさんは変わらず朗らかだ。雰囲気だけなら本当に病人だなんて信じられない。
「調子よさそうだな、今日は」
「だって、ミレーユさんってとってもいい方なんだもの。寝込んでなんていられないわ」
「そんな、私は別に……!」
唐突に浴びせられた賞賛に、私は思わず謙遜してしまった。まだちょっとしたお手伝いしかしていないのにそんなに褒められても反応に困ってしまう。
けれどディオンさんまでシンシアさんの話に「わかるわかる」なんて頷くものだから、照れ臭くて居心地が悪い。許されるのならば穴を掘って隠れたい。嬉しいけれども。
「オズは部屋か?」
「はい。検査の続きをするんだと仰ってましたよ。何かご用でしたか?」
「いや、そういうわけじゃねえから呼ばなくていい。アイツも仕事中だしな」
そう話しながらディオンさんは部屋の椅子にどっかりと腰かけて脚を組んだ。私ならこんな綺麗なお屋敷でそんなふてぶてしい振る舞いなんてできないなあ。
ディオンさんは随分神経が図太い人みたい。シンシアさんがそれを気にする素振りがないから、多分大丈夫なのだろうけれど。
「オズワルド先生って、私を診てくださった他のお医者様とはまるで違う気がするわ。病気の原因が肝にあるだなんて初めて言われたもの」
「へえー。オズが言ったんなら、多分そうなんだろうな。アイツの言葉は信用していい」
「ええ。ディオンがいてくれて本当によかったわ。まさかあなたがあんなに素晴らしいお医者様を紹介してくれるなんて」
「ハハハ。礼は病気を治して元気になってから、オズに直接言ってやんな。俺はただ走っただけで、それ以上のことなんかしちゃいねえよ」
なんだか、ディオンさんとシンシアさんは随分親しげだ。二人が話している様子に、私は思わず見入ってしまっていた。
ただの仲介人と依頼人という風には見えない。もしかして二人はそれだけの関係ではないのかもしれない、なんて考えが私の中に浮かぶほどに、ディオンさんとシンシアさんは仲睦まじい。
「ん? どうした、ミレーユちゃん? ボーっとして」
「へッ!? いえ、そんなことないでふよ!?」
不意にディオンさんに呼びかけられて、私は変な声を出してしまったし、噛んでしまった。
その反応を見てニヤニヤし始めるディオンさんの表情に、私はまたやらかしてしまったと後悔した。この流れはきっと、また私がからかわれてしまう流れだ。
「その顔はひょっとして、気になっちゃった感じか? 俺とシンシアがどういう関係なのか」
「ええッ、いや、その……」
「知りてえか? 知りてえんだろ? なあ?」
「えっと、ええっと……!?」
椅子から立ち上がって詰め寄ってくるディオンさんは随分楽しそうだけれど、私は正直逃げ出したい……!
けれどディオンさんのこの様子からして、なんとなく私も予想がついてしまった気がする。
もしそうなら私、この場にいないほうが絶対にいいのでは!? 完全にお邪魔なのでは!?
「もう、ディオンったら。そのくらいにしておいてあげたら? 別に私たち、そんなに面白い関係でもないでしょ」
「おいおいシンシア、ここはノッてきて欲しかったとこなんだけどな」
シンシアさんに止められて、ディオンさんは再び椅子に戻っていった。
そんな彼は私をからかって随分ご満悦のようだ。オズワルド先生といいディオンさんといい、私が子どもだからとすぐにそうやって遊びだすから大人げない。
「ごめんなさいね、ミレーユさん。ディオンはああ言っていたけど、私たちはただのお友達で、それ以上でもそれ以下でもないのよ」
「あっ、そうなんですね……。なんだ、私てっきり、恋人同士なのかと……」
「そう思われても仕方ない言い方だったもの。まったくディオンったら大人げないわ」
シンシアさんは少しムッとした表情でディオンさんを睨みつけていた。
対してディオンさんはというと、相変わらずあまり反省の色もなく、ひらひらと手を振って「悪い悪い」と笑っていた。
「ミレーユちゃんは反応が面白えからよ。つい、な」
「そんな理由でからかわないでくださいよッ!」
「そうよ。私だってあなたと恋人のふりをするだなんて御免だわ」
「うわ、ひっどい言われよう」
そう言いながらも、ディオンさんは満更でもなさそうだった。
彼を睨みつけていたシンシアさんも、いつの間にかくすりと笑ってもとの表情に戻っている。
どうやら二人は互いの性格をよく理解し合っているみたい。本当に仲がいいのだと傍から見ていてもわかるほどだ。
というか、貴族のお嬢様とお友達って、ディオンさんが何者なのかますますわからなくなった。
もしかしてディオンさんも貴族? いや、それにしては言葉遣いが粗末だし身なりも庶民的だ。
第一オズワルド先生の仕事の仲介人なんて、貴族の人がするはずがない。ただの友達だと明かされてもなお、二人の関係には疑問が残ってしまったような気がする私なのであった。