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第45話

「あらあら、どうしたのミレーユさん!? 昨日のことって?」


「はい。私、シンシアさんのこと、勝手に決めつけてしまっていたので」


 顔を上げると、やはりシンシアさんは困ったような表情で私を見ていた。

 そんな彼女に私は、凛と真剣な眼差しを返す。このことを謝らなければ、私はきちんとシンシアさんと向き合えない。


「自分が人間(ヒューマン)で、シンシアさんが獣人(ビースト)だから、きっとシンシアさんは私のことを嫌がるに違いないって、私は勝手に思い込んでいたんです。会って間もないシンシアさんのことをそんな風に決めつけて、本当にすみませんでした」


 私の話をちゃんと聞いてくれているのだろう、シンシアさんの頭の上にある猫らしき耳は、ピンと立って私の方を向いていた。


 人間(ヒューマン)領の隅っこの、小さな田舎の村で育った私は、この国に住む他の種族のことをおじいさまから聞いた話でしか知らない。

 他種族と直接かかわる機会がなかったからこそ、唯一和平に加わろうとしない人間(ヒューマン)は他の種族から疎まれているのだと私は思い込んでしまっていた。


 けれど実際は違う。この国は思ったほど残酷ではなかった。

 人間(ヒューマン)との和平は結ばれていなくとも、内戦はもう終わった。

 他の種族は皆、少しずつでも友好を築き合おうと前に進んでいる。だからシンシアさんは、自分と異なる種族の者を前にしても取り乱したりすることがなかったのだろう。

 私を含めて人間(ヒューマン)だけがその波に乗り遅れている。人間(わたし)たちの思想は、未だ内戦真っ只中のそれそのもので、戦いが終わってからも何も進歩していないのだ。


「なので、仕切り直させてください。私が人間(ヒューマン)ということも、シンシアさんが獣人(ビースト)ということも、オズワルド先生が森人(エルフ)ということも関係なく、私たちはあなたのことを助けたいんです。私はまだまだ未熟なので、また変なことをやり出すかもしれませんけど、その気持ちにだけは嘘はありませんから……!」


 私がそう言い切ると、少しの間を空けてシンシアさんがくすくすと笑いだした。

 今になって顔が熱くなってくる。なんだかとっても臭いことを言ったような気がして恥ずかしい。


「そんなことは言われなくてもわかってるのに。ミレーユさんって面白いわね」


「わっ、わかってても一度しっかりけじめをつけておきたかったんですッ!」


 オズワルド先生といい、ディオンさんといい、私は大人にからかわれることが多い気がする。

 ましてやシンシアさんにまでこうして笑われてしまった。もしかして私、子ども扱いされることからは逃れられない運命なのだろうか。大人の余裕というものが欲しい……。


「それじゃあお言葉に甘えて、何かあればあなたにお願いすることにするわ」


「はい。なんでも申し付けてくださいね」


「じゃあ早速。昨日も言ったかもしれないけど、私、人間(ヒューマン)と会うのは初めてだったの。だからいろいろお話でもしてみたいわ」


「はい。お安い御用です」


「盛り上がってるところ悪いんだけど、先に僕と話をすることはできるかな、シンシア」


 不意に部屋の入口の方から聞こえた声。

 振り返るとそこに立っていたのは、緑色の表紙の診療録を持ったオズワルド先生だった。


「あっ、先生! ダメじゃないですか、またノックもなしに入ってきて」


「え、だって、シンシアがこの部屋にいるのはわかってることじゃないか」


「わかっててもするんです! 相手は女性ですよ?」


「うーん。なんか前にもこんな話したような気がするんだけど」


 私にくどくどと諫められるオズワルド先生だったけれど、彼は頭を掻いたり目を逸らしたり、あまり反省している風には見えない。

 これは患者の気持ちがわかるとかわからないとか以前の問題だ。長年一人で隠れ家に籠っているとはいえ、最低限の礼儀くらいはわきまえておいて欲しいものだけれど。


「ふふふ。お二人は仲がいいんですね」


 またもくすくす笑いながらそう言ったシンシアさんに、私とオズワルド先生の視線が同時に向く。

 シンシアさんは耳をぴくぴく動かしていていかにも上機嫌そうだ。笑い者にされているみたいで、それはそれで恥ずかしいけれど。


「そりゃあ、ミレーユは僕のかわいい助手だからね」


「かわいいは余計です」


「あれ、もう助手なのは否定しないんだ」


「そこを否定したら先生は怒るじゃないですか」


 オズワルド先生がなんだか楽しそうなのが気にかかる。

 気にはかかるけれど別に癪にさわるわけではない。

 理屈はよくわからないけれど、慣れない場所で慣れない仕事を任されているこの状況でも、彼と話していると自然と心が落ち着くというか、安心感を覚えるのだ。

 変わらずシンシアさんが私とオズワルド先生のやり取りを見て笑っているのは、少しだけ小恥ずかしいのだけれどね。


「具合もよさそうだし、今日はちゃんと診てみようか。そういう方向でいいかな、シンシア?」


「はい、大丈夫です、オズワルド先生」


 ベッドの近くにあった椅子に腰かけるオズワルド先生を見て、私は邪魔にならぬよう一歩身を引いた。

 これから彼による診察が始まる。少しの間ではあるけれど、先生がいる以上私はお役御免というわけで、ちょっぴりほっとしたのはここだけの話だ。

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