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第44話

 日が沈み、あたりが暗くなると執事から夕餉の支度ができたと声をかけられた。

 客人である私とオズワルド先生、ディオンさんの三人は遠慮なくその厚意に甘えることにしたのだけれど、ナイフやフォークの数があまりにも多くて混乱していたのが私だけだったのは少し恥ずかしかった。

 一本ずつあれば十分だというのに、お貴族様は一度の食事に大小さまざまな食器を何本も使い分けるのだそうだ。貧しい育ちの私にはよくわからない。


 食事が済むと私たちはそれぞれの個室に案内された。

 預けていた荷物も運びこまれており、私は部屋に通してもらうなり鞄に詰め込んだ荷物の整理に取り掛かっていた。

 隠れ家を出発するときに慌てて詰め込んだから、中の衣類がぐちゃぐちゃだ。

 それらを一着一着広げてたたみ直しながら、私は明日のことを考えていた。


 オズワルド先生が苦手だと言っていた、患者の目線から患者に寄り添う医療。

 確かにほぼ素人の私なら、患者であるシンシアさんと近い視点から病と向き合うことができるかもしれない。オズワルド先生はそれを期待して私をこの出張診察に連れ出し、そのための『準備』までさせた。


 どうすればいいのかなんて未だにわからない。

 けれど、オズワルド先生の期待には今度こそ応えてみせたい。

 そう思うと私は、相変わらずうまくやれる自信はなくとも、やれるだけやってみようという覚悟だけは明確に決めることができたのだった。



 *****



 翌朝。私は朝餉の支度ができる前に目が覚めた。

 緊張しているせいで眠りが浅かったのかとも思ったけれど、意外と睡眠は取れているみたいで頭はすっきりしている。

 オズワルド先生に励ましてもらったからだろうか。そう思うと小恥ずかしいけれど、少し胸の奥が温かくなるようにも感じる。

 彼の言葉はいつだって私に勇気をくれる。それだけでなんだか、今日一日頑張れそうな気がするのだ。


「シンシアさん、よろしいでしょうか?」


 大きな食堂で朝餉を終えた私は、早速シンシアさんのお部屋をノックした。

 オズワルド先生もディオンさんも一緒に席についてはいたけれど、私を緊張させないためか仕事の話は一切しなかった。


 おかげであまり緊張することなくここまで来ることができたのだけれど、いざこれからシンシアさんと顔を合わせるのだと思うとやはり心臓が高鳴ってきてしまう。

 そんな情けなさをグッと飲み込んで、大丈夫、先生を信じてと自分に言い聞かせながら、私は必死に平静を保っていた。


「はい、どうぞ」


 中から返事が聞こえたのを確かめてから、私はそっとドアを開けた。

 入室と同時にベッド上のシンシアさんと目が合い、小さく頭を下げると「まあ、助手さんね!」とシンシアさんは目を輝かせた。


「おはようございます、シンシアさん。オズワルド先生のお手伝いをしています、ミレーユと申します。まだまだ至らぬ点も多い私ですけど、何かあれば遠慮なく言ってくださいね!」


「そうだわ、ミレーユさんだったわね。どうぞよろしく」


 枕を積み上げて作った背もたれから、シンシアさんの純粋な眼差しが私に真っ直ぐ降り注ぐ。

 どうやら昨日私が困らせてしまったことについては何とも思っていないみたい。

 けれど油断は禁物だ。私はちょっとしたことですぐに慌てて冷静な判断ができなくなる傾向にある。今日こそ失敗するわけにはいかないのだから。


「お身体はいかがですか? 昨日はあまり調子が良くなかったとお聞きしましたけど」


「そうね。昨日は少し気分が悪かったからお休みさせてもらったけど、一晩寝たから今は具合がいいわ」


 ベッドの横まで歩み寄ると、シンシアさんは私ににっこりと微笑んでそう答えてくれた。

 彼女の髪が紺色だからだろうか、黄変した肌があまりにも対照的で目立っている。

 一体どのような病にかかるとこのようなことが起こるのだろうか。私にはまったく想像もつかない。


 そしてそれはおそらく、シンシアさんも同じだ。

 原因もまったくわからないまま日に日に自分の肌が黄色くなっていくなんて、本人にとっては不安を通り越して恐怖すら覚える現象だろう。


 その現象の原因も、オズワルド先生なら簡単に突き止めてしまうのかもしれない。だからこそ、先生はこの言いようのない不安や恐怖というものにあまり共感できないらしいのだ。

 そして彼は、その欠点を埋めることを私に期待している。患者の病の原因を突き止め、身体を治すのが彼の仕事なら、患者の不安に寄り添い、心の安定を図るのが私の仕事なのだ。


「あの、シンシアさん」


 だからこそ私は、シンシアさんの体調を気にかけたあとで、真っ先にこの話をしようと決めていた。


「昨日は、本当にすみませんでした……ッ!!」


 こうすることで、今日も私はシンシアさんを困らせてしまうかもしれない。事実、私が突然頭を下げたことに彼女は困惑している様子だ。

 けれど昨日のけじめをつけなければ、私はシンシアさんと本当の意味で向き合うことなんて、できないような気がしていたんだ。

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