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第35話

「ミレーユ。そろそろ起きといて」


「うーん……着きました?」


「いいや。まだだけど、もうすぐディオンと落ち合うから、早めに起こしておこうと思って」


 オズワルド先生に肩を叩かれて、私は浅い眠りから帰還した。

 十分な睡眠を取り戻したとは言い難いけれど、それでもひと眠りする前よりはずっと具合がいい気がする。

 我ながら本当につまらない意地を張ったものだ。元はと言えばオズワルド先生が私をからかったのがいけないのだとは思うけれども。


 とはいえ、私も少しは大人になるべきだったのかもしれない。

 お気楽な性格、隠れ家の散らかり具合、その他諸々。四百歳を超えているというのに、オズワルド先生には子どもじみた一面があるというか、どこかだらしがない気がする。

 広ーい心で寝顔くらい笑って許せるような大人の余裕が私にあればこんなことには……いや、やっぱり無理かもしれない。どれほど無防備な顔を晒していたのだろうと想像しただけで茹で上がってしまいそうだ。


「そういえば、先生とディオンさんは随分仲がよさそうですけど、昔からのお知り合いなんですか?」


 ちょうどディオンさんの名前が出たこともあって、私はオズワルド先生にそう尋ねてみた。

 隠れ家にやってきたディオンさんの雰囲気は、ただの仕事の仲介人というよりは友人に近い印象だった。

 ディオンさんはオズワルド先生に対してあまり遠慮しないような態度であったし、オズワルド先生にもそれを気にするような素振りはなかったし。


「いいや、彼と仕事のやり取りをするようになったのは最近だよ。十年前くらいからかな」


「……それ、全然最近じゃない気がするんですけど」


「あれ、そう? まあいいや」


 オズワルド先生は緊張感もなく、私の反応を軽く笑い飛ばした。

 どうやら森人(エルフ)である彼にとっては十年という月日はそれほど長いものではないらしい。既に四百年以上生きているのだから、そういうものなのだろう。

 私からすれば十年前なんて、おじいさまに引き取られたばかりの頃だ。私が今まで生きてきた中の半分以上の時間であると考えれば、かなり長い方だと思うのだけれど。


 きっとこれも種族の差――厳密には各種族によって異なる寿命の差が生んだ価値観の違いなのだろうと思う。

 森人(エルフ)であるオズワルド先生があと何年くらい生きるのかはわからないけれど、平均的に六十か七十そこらで寿命を迎える人間(ヒューマン)である私の方が、きっと先にいなくなるんだろうな。そう思うとなんだか切ない。


「ディオンはね、元々僕の患者だったんだよ」


「えっ、そうなんですか」


「うん。突然精霊の森にたくさんのオオカミたちを連れてやってきたかと思ったら、彼はそのまま森の中で行き倒れてね。いやあ、あのときは本当に驚いたなあ」


 と言いつつも、オズワルド先生はどこか懐かしむように笑っていた。

 先生とディオンさんのなれそめというか、二人の過去については少し興味がある。私にとって未だに謎の多いオズワルド先生のことについては特に。


「森の中で倒れられたんじゃ放っとくわけにもいかないし、僕の隠れ家に運んで処置をしたってわけ。まあオオカミたちはなかなか近づかせてくれなくて大変だったけどね」


「へえ……。でも、どうしてわざわざ精霊の森まで? やっぱり先生に診てもらうためですか?」


「いいや。当時のディオンは僕が精霊の森にいることなんて知らなかったよ。あの森を死に場所にするつもりで、オオカミたちに連れてきてもらったんだって」


「死に場所って……そんなに重い病気だったんですね、ディオンさん……」


 そんなディオンさんのことも救ってみせたオズワルド先生は、やはり素晴らしい医師なのだと私は再び感心した。

 しかし私の態度を見て先生は「あー、違う違う」と手を振った。


「ディオンは別に、薬を飲めば治まる程度の軽い症状だったし、人に感染するような病気(もの)でもなかった。だけど彼は、獣人(みうち)感染(うつ)るかもって勘違いして、わざわざ遠くの森までやってきて死のうとしてたのさ」


 そう言ってオズワルド先生は、「まあ結局死ぬような病気じゃなかったんだけど」とか「そのあと森には連れてこられたオオカミだけ棲み着いちゃってね」なんて笑っていた。

 こうして助けられたディオンさんは、先生の医師としての腕を信用して、重い病を患っている患者にオズワルド先生のことを紹介する仲介人として未だに交流しているらしい。


 なんというか、ディオンさんの過去の話を聞くと、彼に対して少し親近感が湧いてきた。

 彼は私と境遇が似ている。オズワルド先生の治療を受けて、その恩返しで彼に協力している。本当にそっくりだと思った。

 もうすぐディオンさんとも合流するし、そうしたらいろいろ話を聞いてみたいな。馬車に揺られて獣人(ビースト)の街を進みながら、私はぼんやりとそんなことを考えていた。


「おっ、噂をすれば」


 オズワルド先生が馬車の外を見て、ふとそんなことをつぶやいた。

 私もつられて外を見ると、喫茶店のテラス席でのんびりくつろいでいるディオンさんの姿が見えた。

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