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第3話

今回は回想です。

 荷馬車の荷台に檻。その中には人。

 自分も檻の中に入れられていて、その隙間からは、黒い煙があちこちから立ち上っている街が徐々に離れていく様子が見える。

 その頃ちょうど物心がついたのだろうか。私の記憶の中にある一番古い景色が、それだった。


 お父さんも、お母さんも、兄弟もいない。

 当時はそれがなぜなのか理解できなかったけれど、今では大体の想像くらいはついている。


 私と家族は、この国の内戦に巻き込まれたのだ。


 しかも不運はそれだけでは終わらなかった。

 家族を失い、一人だけ助かった私を引き取ったのは、探せば遠くの街にでもいたのかもしれない親戚でも、身寄りのない子どもを集めて成人するまで面倒をみてくれる教会でもなかった。


 汚れ仕事や肉体労働のために飼う家畜を高値で売りつける、奴隷商だ。


 多くの奴隷商は、大人に逆らう力を持たない子どもを標的にすることが多い。

 私のように内戦や流行病で家族を失った子どもや、娼婦が客に孕まされた子どもなんかは格好の獲物だ。

 もっと質が悪くなると、初めから奴隷商に売りつけて金に換えるために子どもを産む女性もいると聞く。私の両親がこれに当てはまっていないのは、私にとってはせめてもの救いだったのかもしれない。


 奴隷商が扱う子どもたちは、男女で取引相手が異なっている。

 男子は主に肉体労働だ。農村に売られて朝から晩まで畑を耕したり、少し栄えた街に売られて重い建築資材を運ばされたりする。

 もちろん女子の労働内容は男子とは違う。肉体を酷使することに変わりはないのだろうけれど、方向性はまるで違っている。

 奴隷となった女子のほとんどは、遊郭に売り飛ばされて娼婦となるか、玩具として個人に所有されることが多い。正直な話、この事実を知ったときは男性恐怖症になるかと思ったものだ。


 また、これほどの不運を背負わされてもなお、奴隷の子どもたちにはさらに残酷な運命が待ち構えている。

 男子の奴隷は基本的に、十代半ばほどで主人に殺されることが決まっているのだ。その理由は至極単純で、身体が成長し、肉体労働で力をつけた彼らによる反抗を恐れてのことである。

 しかし、男子の奴隷を所有するのは、大きな商会の幹部など、私には想像もつかないような財力を持った富豪たちが多い。

 彼らは何のためらいもなく自分の奴隷を処分(・・)すると、買い替えの時期だなどと言って新しい男子を奴隷商から買い付ける。吐き気を覚えるほどの卑劣さだけれど、これが現実だ。


 一方で女子の奴隷はまた違う。

 反抗できるだけの力を持たない彼女らは、成長したからと言って殺されることはないものの、飽きられるまでその肉体を弄ばれ続けるしかない。

 遊郭に売られ娼婦となった者は、客の子種で新たな子を産み、その子どももまた奴隷商の元へと売られていく。

 男子に産まれるか女子に産まれるか。どちらがましなのかなんて考える必要性もない。どちらもこの世の地獄であることに変わりはないのだから。


 そんな中でも、私は特殊な事例だった。

 周りの子たちが次々に売られていく中で、私だけは一向に買い手がつかなかったのだ。

 当時の私はその理由などさっぱりわからなかったのだけれど、私はある日、客として奴隷を買いに来た一人の男にこう言われた。



 傷物じゃ客が付かない。コイツはいらない、と。



 その男が気にしていたのは、私の右肩から背中にかけて広がっている、大きな火傷の跡だった。

 どうしてそんなものが私の身体にあるのかは、まるで覚えがない。きっと物心がつく前――私の家族が住んでいた街が内戦で焼けたときにでもついたのだろうと思う。


 私よりあとにやってきた子たちですら、私よりも先に売られていく。

 そしてそのまま三年、四年。売られた先で何をされるのかを考えれば、いつまでもこうして売れ残っているのは運がよかったのかもしれない。


 けれども、その運もすぐに尽きてしまった。

 私を連れ歩いていた奴隷商の男は、金にならないのなら餌代(・・)の無駄だと、ついに私を処分することに決めたのだ。


 とうとう私も死ぬ時がきたのか。そう思っても不思議と怖くはなかった。

 むしろ一生檻から出られない生活が終わるのならと、少し安心したほどだ。


「おうい、すまない。その子、いくらで譲ってくれるか教えてくれ」


 ところが、特殊な事例だった私の身に、さらに特殊な事例が重なった。

 傷物で買い手がつかなかった私が、ついに奴隷商の手を離れたのである。


 私の新しい主人は、真っ白な髪と髭が特徴的な老父だった。

 これが私にはなんとも不思議に思えたもので、彼は遊郭の経営者にしては服装が質素で貧しそうだった。

 個人所有の玩具として私に乱暴を働こうとしているわけでもなさそうだった。杖をつかなければまともに歩けないような彼が、いくら幼いとはいえ私をどうこうするとも思えない。


 奴隷商との取引が成立すると、老父はまず、裸の私に自分が羽織っていた上着をかけてくれた。

 そして足腰が痛むのか、しわくちゃな顔をさらにしわくちゃに歪めながらゆっくりと屈むと、視線の高さを私と揃えて、こう言った。



「今日からお前は、わしの孫だ」



次話も回想が続きます。

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