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第23話

第一章最終話です。

「――だったら、私をここに置いてはくださいませんか……ッ?」


 その一言に、オズワルド先生はぽかんと口を開けて固まってしまった。

 反論に困っている今が好機だ。今畳みかけなければならないと、私の直感がそう告げていた。


「私、ここで先生のお手伝いをします! 難しいことはまだ全然わからないけど、勉強します! 先生がお仕事や研究に専念できるように、私にできることなら何でもしますから! それでこのご恩が返せるとは思えませんけど、何もしないよりずっといいはずです。もし先生さえよろしければ、いかがですか……ッ?」


 食い入るように言葉を吐き散らした。今の私には、もうこうすることくらいしか思いつかない。

 どうせ行く宛などないのだ。ならば先生の近くで直接お役に立てれば、それが恩返しには一番ちょうどいいと思うのだけれど。


「……君がそうしたいのは、誰のためだい?」


「えっ?」


 ずっと唖然としていたオズワルド先生が、急に真剣な顔つきになってそう問うてきた。

 雰囲気でわかる。この問いの答え次第で、彼は私を傍に置くかどうか決めるつもりなのだ。

 ならば絶対に間違えるわけにはいかない。下手に誤魔化しても見透かされるだけだろう。


 彼は私がどう答えることを望んでいるのかわからない。

 だったら私は、私の素直な気持ちを真っ直ぐに伝えるしかない。



「……自分の、ためです」



 意を決して、私はそう口にした。


「先生のお役に立って恩を返したいと言ったのが嘘だという意味ではありません。だからといって、行く宛がないからこのまま先生のお世話になろうと思っているわけでもありません。私は私を救ってくれた、おじいさまや先生のようになりたい――誰かの命だけでなく心も救えるような、そんな生き方がしたいんです」


 今回の疫病の一件で身に染みてわかった。

 命を救うことはとても難しい。だからこそ、何度も命を救われ続けている私は恵まれているし、そのありがたさを最大限に活かせるように生きていきたいと。


 さらに言うなら、心を救うことはもっと難しい。

 村が救われても誰も笑顔にならなかった。そんなことは間違っている。

 人々はもっと、命があることに幸福を感じるべきだ。こうして生きていけることに喜びを噛み締めるべきだ。


 失われた命に無念を感じるのは仕方のないことで、それは当たり前だ。

 けれどそれは、今生きている者の命を悲観していい理由にはならない。


 命というものはいつか必ず終わりを迎える。ずっと先のことに思えるかもしれないけれど、ひょっとするとその訪れは明日かもしれない。

 『今』を生きていけるのは『今』だけなのだ。なのにその『今』を笑って生きていけないほど心を病んでしまうなんて、そんな悲しいことがあっていいはずがない。



 だから私は、命だけじゃない。誰かの心も救えるような生き方をしたいんだ。

 灰色だった私の世界に彩りをくれたおじいさまのように。奴隷に産まれた運命を呪っていた私を慰めてくれた先生のように。



「……そのために、私はあなたの元で学びたい。そう思ったんです」


 彼の隣でなら、少しでもその理想に近づくことができる。

 なんて罰当たりな小娘だろう。自分の目指す生き方のために、あれほどの恩を受けた相手から新たなものをさらに授かろうとしている。厚かましいにもほどがあるというものだ。



 けれど私は、たとえこの返答でオズワルド先生に軽蔑されることになろうとも、今度こそ自分のために(・・・・・・)生きてみようと足掻きたかったんだ。



「……君の気持ちは、よーくわかった」


 オズワルド先生はそう呟いて、本だらけで足場の狭い部屋を歩き出した。

 無我夢中で語ってしまったけれど、これでよかったのだろうか。なんだか今更になって心臓が高鳴ってきてしまった。


「正直に言わせてもらうと残念ながら、君は医療に関する知識も技術もまるで持ってない。僕の助手としてはどう考えても、君じゃあ力不足だ」


 胸の奥がひゅん、と冷たく感じた。

 わかっていた。オズワルド先生の言う通り、私には何の知識も技術もない。

 助手を雇うにしても最低限の力量を満たす人材でなければ、こんなに素晴らしい医師である彼には見合わないだろう。


「――だけど君は、読み書きはできると言っていたね」


「……? ……はい、できますけど……」


 オズワルド先生は優しく微笑むと、床に落ちた薄い書類を一冊拾い上げて私に手渡した。

 わけもわからず私が受け取ったそれは、どうやらオズワルド先生が過去に診察した患者の記録であるらしかった。


「診療録、っていうんだ。まずはそれの見かたや書き方から教えてあげよう。他の難しい手伝いは、それが完璧にできるようになってからだ」


「……はいッ!」


 こんなにも心の底から笑ったのなんていつ以来だっただろう。ほんの少し前だったようで、ずっとずっと大昔だったようにも感じる。

 私が思わず握り締めた表紙は、とても綺麗な緑色。この深碧の診療録に筆を置くことが、私が私のために生きる第一歩となるのだ。

お読みいただきありがとうございます。作者のわさび仙人と申します。


これにて「深碧の診療録」の第一章の終了となります。いかがでしたでしょうか。

なんちゃって程度の職業ものですが、自身にとって初の試みですのでいろいろとおかしな点もあるかもしれません。

特に専門性の高い言葉などについては、その方面について詳しい方からすればツッコミどころ満載かもしれません。

ですがそこは、舞台は現実世界ではなく、あくまで異世界であるということで大目に見ていただければと思います。笑


本章において村で流行していた疫病は『猩紅熱』という疾患をモデルにした異世界病です。

最近ではあまり聞かなくなった名前ですが、『溶連菌感染症』と言われると聞きなじみがあったりするかもしれませんね。


こんな感じで、現実世界にある疾患をモデルにした異世界病などをバシバシ投稿していくので、症状や治療法などなどに不可思議な点が見受けられることもあると思いますが、あくまでもフィクションの中の『異世界病』であるという認識で読んでもらえると作者としては非常にありがたいと思います。


くれぐれも、本作に書いてある疾患の症状や治療法を鵜呑みにはしないようにお願いします。これは登場人物たちの恋模様に重点を置いた一つのファンタジーであり、作者が現実をいろいろと捻じ曲げて書いたりもします。決して医学書などではありませんので。笑


さあ、ここまで第一章をお届けしたわけですが、本作の魅力などまだ一割も出せていないと作者は自負しております。

まだ出会ったばかりのオズワルドとミレーユはどこか他人行儀。序章に過ぎないここまでのお話ではまだまだ恋愛要素は皆無です。

続きます第二章からは少しずつ、少しずつその片鱗が現れてきますので、ぜひ注目していただけると嬉しいですね。


専門性の強い話をしたりもしているので、読者の方にはどういった印象なのかわさび仙人はとても気になっています。もしよろしければ感想等をお聞かせいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。


では、続く第二章でお会いしましょう。

以上、わさび仙人でしたー!

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