第15話
「少しじっとしてて。今から腕に針を刺して採血するから。ちょっとだけ痛いけど、我慢してくれ」
一度部屋を出たオズワルド先生は、見たことのない道具をたくさん持って戻ってきた。
今はガラスの筒の先についた、お裁縫に使うような太い針を腕に刺して血を抜いている。
作業台の上には縦に細長いガラスの容器がいくつも立てられていて、私の血はその中に少しずつ取り分けられた。全体的にガラスでできた道具が多くて、なんだか綺麗だ。
取り分けられた私の血には、それぞれ違う種類の薬が混ぜられた。
すると色が変わったり、振ると固まったりして、見ていて少し楽しくなってくる。遊びじゃないのはわかっているんだけれどね。
「はい。手を出して」
次にオズワルド先生は、私の手にできている赤い発疹に綺麗な布を当てて膿を採り始めた。
これも病の正体を調べるために必要なのだろう。けれど私は、一生懸命な先生を見ていると少しだけ不安に思えることもあった。
「……あの、先生。私、別の部屋で寝ていたほうが……いいんじゃないでしょうか。同じ部屋にいると、先生に感染ったり、しませんか……?」
「ははは、面白い冗談だね。思ったより元気そうで安心した」
別に冗談を言ったつもりはなかったのだけれど、オズワルド先生には笑われてしまった。
彼にとっては的外れなことを言ってしまったのかと思うと少し恥ずかしい。でも、先生まで倒れてしまっては元も子もないもの。心配するのは当然だと思う。
「僕はお医者さんだよ? 自分の身体もろくに守れないで、誰かの命なんて預かれるもんか」
自信満々に笑ってみせるオズワルド先生を見て、なんだかほっとすることができた。
彼はどうすればこの病にかからずに済むのか、よくわかっている様子だ。
ということは、彼はもう病の正体については大方見当がついているのだろうか。なんというか、実にあっという間だ。
オズワルド先生は病の正体を調べながらも、高熱に苦しむ私への配慮も怠らなかった。
氷水に浸した布を頭にのせてくれたり、滲んできた汗を拭いてくれたり。
不意な吐き気に襲われたときなんかは、一緒に桶を支えて背中を優しくさすってくれたりした。
はじめのうちは、先生が不思議な器具であれこれ調べているのを見て面白がる余裕があったけれど、今の私はもうぐったりしてしまっている。
時間が経てば経つほど、病魔が私の身体を奥深くまで蝕んでいくのがわかるみたいだった。
「――うん。これでよし」
オズワルド先生の隠れ家には窓がないため、今がどのくらいの時刻なのかわからない。
けれど、私が森に戻ってきて倒れたのはお昼過ぎだったから、それを考えると今は日暮れ頃だろうか。
熱で頭がぼんやりするのに任せて微睡んでいた私の耳に、どこか満足げなオズワルド先生の声が聞こえた。
「疫病の正体がわかったよ、ミレーユ。君が侵されていたのは僕の予想通り炎症性の伝染病で、その原因は極めて毒性の高い連鎖球菌だ」
「……そう、ですか……」
返事はしたけれど正直な話、私にはオズワルド先生が言った意味はさっぱりだった。
彼は時々、専門性の強い難しい言葉を無意識に羅列してしまう癖があるらしい。えンしょーセとかさきュうキンとか言われても、私にはちんぷんかんぷんだ。
けれど今は、そんな彼の様子を見てむしろ安心することができた。
私が倒れたとき、あんなにも取り乱していたオズワルド先生がいつもの調子に戻ったのは、きっと余裕の現れなんだと思う。正体さえわかればこっちのものだと、彼はこの病への勝利を既に確信しているのだろう。
「本来なら死に至るような疾患じゃないんだけど、どうやらこの森の魔力にあてられて突然変異を起こしてるみたいでね。だけど心配はいらない。明日の朝には菌の培養が終わって、どの薬が有効なのかわかるはずだ。もう少しの辛抱だよ」
「……よかった、です。これで、村の人たちも……」
「いいや、村よりも先に君だよ、ミレーユ」
そう言ってオズワルド先生は、手袋のついた左手で私の髪を撫でた。
「君にはその権利がある。命の危険を冒してまで他者を救おうとしている君を、僕はなにがなんでも最初に救わなきゃならない。……まあ、明日になったら君の身体で薬効を試さないと村に薬は持っていけないから、どちらにせよ同じことではあるんだけどね」
茶化すような笑みを浮かべたオズワルド先生は、私の額の布を替えるため再び氷水に晒してくれた。
……だけど、気のせいだろうか。私に笑いかける前の先生の表情は、なんだか――
「さて、今日はもう眠ったほうがいい。君も熱でかなり消耗してるはずだからね。それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい……」
すっ、と髪を撫でる手を引いて、オズワルド先生は部屋をあとにした。
すると明るかった部屋がだんだん暗くなってきて、すぐに何も見えなくなった。本当に仕組みがわからない不思議な空間だ。
けれど私は、そんなことよりももっと別のことが気になっているせいで当分寝付けそうにない。
さっきの先生の表情。私に優しい言葉をかけて安心させようとしてくれている彼はなんだか――少しだけだけれど、どこか泣きそうなようにも、見えたんだ。