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第100話

第3章、最終話です。

「先生、ただいま戻りました」


「おかえり、ミレーユ。結構時間かかったねえ」


「あはは、すみません……助手なのにお手伝いもせず……」


「それはいいんだって出発するとき言っただろう? こっちは順調すぎるくらい順調だから、何も心配いらないよ」


 人間(ヒューマン)領へ出発した日から数えて三日。私はヒッポグリフのポポちゃんに跨って再びロトー湖のほとりの宿泊小屋へと戻ってきた。

 空の旅も馬車の旅も長かった気がする。たった三日間だけだというのに、こうしてオズワルド先生と言葉を交わすのが随分懐かしく思えるほどだ。


「それで、どうだったんだい? 納得いくまでやりきれたかな?」


「はい。なので悔いはありません」


「それならよかった」


 即答してみせた私に、机で作業をしているオズワルド先生は満足げに笑いかけた。

 彼は私がどこへ行っていたのかも、出先で何をしていたのかもまったく尋ねようとしない。それはきっと、私が満足しているのならもう自分が関わる必要はないと彼自身が思っているからだろう。

 それが少し嬉しかったりもする。助手の後始末や尻拭いをする必要はなさそうだと彼が判断したようにも感じられて、その信頼がちょっぴりむずむずするけれど。


「それで、私は何をすればいいですか? 今までいなかった分、きりきり働きますよ!」


「あはは、頑張り屋さんだなあ、ミレーユは。張り切ってるところ悪いけど、ロトー湖での仕事ならもうほとんど終わってるから、君にやって欲しいことは特にないかな」


「そ、そうでしたか……」


 オズワルド先生は構わないと言って笑ってくれるけれど、やっぱり彼の助手として、忙しいときにそばにいないのは罪悪感すら覚える。

 宿泊小屋の机に積まれた診療録の山はほとんど書き上がっているみたいだし、私のやることと言ったら食事の用意とポポちゃんのお世話くらいなのかな……?


「あっ、そうだ! 患者さんたちは? 大丈夫なんですか?」


 思い出したように尋ねる。

 私たちは本来、意識障害で倒れたロトーの住人たちを救うためにやってきたのだ。私は途中からヘーゼルさんのことばかり考えてしまっていたけれど、倒れた患者たちのこともちゃんと看なければ!


「ああ、それなら何の心配もないよ。君のおかげでね」


「へ? 私のおかげ……?」


 ちょうど最後の診療録を書き上げたらしいオズワルド先生は、筆を止めて私の顔を見上げた。


「君があの精霊の魂を正しく浄化してくれたから、吸われていた魔力は全部、患者たちの身体に戻っていったみたいなんだ。精霊を強制的に消滅させる例の術式を使っていたら、こうはいかなかったよ」


「そうなんですか?」


「うん。だってあの術式じゃあ、精霊ごと患者(かれ)らの魔力を消滅させてしまうからね。魔力が自然回復して目覚めるまでに何日もかかってしまうはずだ。でも患者(かれ)らの魔力を消さずに元に戻すことができたから、君がロトーを発ってから半日以内に全員目が覚めたんだよ。間違いなく君のお手柄さ」


「そんな、私は別に何も……でも、よかったです」


 なるほど、彼が「順調すぎるくらい順調」と言った意味がようやくわかった。

 私はただ、既に亡くなっているからという理由だけでヘーゼルさんの思いを無下にしたくなかっただけなのに。そんな私の我が儘が、終わってみれば最善の結末に結び付くなんて思っていなかった。


「オズワルド、よろしいでしょうか」


「マイヤかい? いいよ、入ってくれ」


 ノックされた宿泊小屋の戸からは、陸上活動のために二足歩行に変わったマイヤさんが入ってきた。

 彼女の手には、拳よりも少し大きいくらいの革袋が握られている。ずっしりと垂れ下がったその袋の中身が何なのかは、見ただけで私にもわかった。


「お戻りでしたか、ミレーユさん。長旅お疲れさまでした」


「いえいえそんなに疲れてないです……! 私が勝手に飛び出しただけですし、たった三日間ですし!」


 オズワルド先生といいマイヤさんといい、自分勝手な行動ばかりの私がこんなにも労われているのがむず痒い……!

 ヘーゼルさんの魂を浄化する方針は私の我が儘で決まったようなものだし、さらには仕事を放り出してゲイルさんに会いに行ったりもした。正直、帰ったら怒られるかもしれないとさえ思っていたのに。


「では、約束の報酬をお渡しいたします。ミレーユさん、オズワルド、この度は本当にありがとうございました」


「かしこまりすぎだよ、マイヤ。まあ、また何かあったらいつでも呼んでくれ。湖の水質も元通りになったし、患者たちの体調も安定してるから、多分大丈夫だとは思うけど」


 オズワルド先生がマイヤさんから革袋を受け取ると、その中からは金貨が擦れる音が鳴った。やはりこれは報奨金だったようだ。

 貧しい暮らしをずっとしてきたせいか、この手のやり取りにはどうにも慣れない。お仕事なのだから報酬を受け取るのは当然なのだけれど、人助けは無償でしてあげたい気持ちもある。まあ、生活していくためにはそうも言ってはいられないか。




 *****




 ポポちゃんの背に跨って、夜空へと舞い上がる。

 だけど今度は一人じゃない。私の前には偉大な師の背中があった。


 ロトー湖では今夜、快気祝いを兼ねた宴が催されるらしい。

 マイヤさんからはその宴に誘われていたけれど、オズワルド先生はそれを断って隠れ家に戻ると言っていた。次の患者が待っているかもしれないからと。


 本当に彼は仕事熱心だ。お気楽すぎて真面目にやっているように見えないのが玉に瑕だけれど。

 でも私は知っている。彼は命を救うことに誰よりも貪欲で真っ直ぐなことを。

 そんな彼に命を救われた私だから、彼の元で彼のような生き方をしたいと思えたのだ。

 

 私もいつかオズワルド先生のように、たくさんの命を救える知識と技術を身につけたい。

 そのために私は彼のそばにいて、彼の仕事を手伝って、彼の背中を追い続ける――


「……あの、先生」


「ん? なに、ミレーユ?」





 ――いや、それだけじゃない気がするな、きっと。





 いい加減、私も自覚しないと。いつまでも自分を誤魔化していても仕方ないじゃないか。

 ヘーゼルさんの魂と同調して、彼女の願いに触れて、ゲイルさんの秘めていた想いを知った今だからこそ思う。自分の気持ちを誤魔化し続けていたら、いつかきっと後悔するときがくると。


「……いえ、やっぱり何でもないです」


「えっ、なんだいそれ。気になるじゃないか」


「あっ、星綺麗ですよ! 上見てくださいほら!」


「えっ、まあ、星は綺麗だけどさ、確かに」


 行きはあんなに怖かった空の旅が、今はこんなにも心地いい。

 それはきっと、自分の心が以前よりすっきりと軽くなったからなんだと思う。



 認めてしまえばこんなに楽だったなんて。どうしてもっと早くそうしなかったんだろう。



 オズワルド先生の腰に回した腕にぐっと力を込めてみると、頬に当たる彼の背中の温度が愛おしくなった。

 彼の背中にしがみついて見上げる夜空はいつも以上に美しい。こんなにも心がときめくのなら、私はもう自分を誤魔化し続けることなんてできはしない。だから私はちゃんと認めようと決心することにした――――




 ――――私は彼に、恋をしているのだ、と。





第3章までお付き合いいただきありがとうございました!作者のわさび仙人と申します!


ここまでとても長かったですが、ようやく……!

ようやくミレーユは自分の恋心を自覚した、というお話が今回の章になっています。


これまでは無自覚のままオズワルドを意識したりドキドキしたりともどかしい展開が多かったですが、自分の気持ちに整理をつけたミレーユは、これまでとは違ったもどかしい展開を見せるようになる予定です。

ええ。まだじらします。じれっじれの恋模様が本当に大好きなんです作者。笑


今回のお話のモデルとなった疾患はありません。その代わりにファンタジー要素を濃く出してみましたがいかがでしたでしょうか。

意識障害だと思っていたら、実は精霊が原因の魔力欠乏だったという展開。今回はフィクション感が強いお話に仕上がりましたね。


そしてなんと、キリがいいことに今回でこの「深碧の診療録」は第100話を迎えることができましたー!

意外とすぐでしたねー。1話あたりの文字数を少なめにしているとあっという間です。


せっかくですのでこの機会に感想とかくださるととても喜びます。ここまで読んでくださったのなら、その読者様とも交流してみたいですし、気が向いたらどうかよろしくお願いします!


では、続く第4章でお会いしましょう。

以上、わさび仙人でしたー!

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