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第10話

 茂みを掻き分け、森を進み、ひたすらに村を目指す。

 オズワルド先生には止められたけれど、私が食い下がるものだから彼も最後には折れてくれた。


 精霊の森全体にはオズワルド先生が特殊な結界を張っていて、森に入った者はその影響で無意識に同じところをぐるぐる歩き回ってしまうらしい。

 結界内に誰かが入ればオズワルド先生にはすぐに感知できるようで、客人ならその者に対してだけ結界の影響を弱めて隠れ家まで招き入れ、それ以外の者はそのまま泳がせておくのだという。


 それはつまり、私が森を出て村を目指すにしろ、村から森へ戻るにしろ、オズワルド先生の協力がなければ目的の場所には辿り着けないということだ。

 村へ行くことに反対するあまり、私を森から出してくれないのではないかと心配したけれど、先ほどから同じ場所を周っているようには思えない。どうやら私に働く結界の力はちゃんと弱めてくれているみたいだ。


 この結界の話にも驚かされたけれど、オズワルド先生に関してもう一つ驚いたことがある。それは、私が運び込まれた彼の隠れ家のことだ。

 中の印象としては、ちょっとしたお屋敷といったところだろうか。難しそうな本や書類で散らかり放題ではあったけれど、私の寝かされていたところ以外にも部屋はたくさんあるみたいだったし、一人の医者が暮らす隠れ家としては十分すぎるように思えた。

 ところがその隠れ家は、ドア一枚挟んで外から見ると、ただの古い大樹にしか見えなかったのである。


 言うなれば、大きな木の洞にドアが嵌め込まれているというだけの外観。空間創造の魔法を使っているのがどうだとか説明されたけれど、私はその半分も理解できなかった。

 まあ、結論だけまとめるなら、そのドアは洞の中には繋がっていなくて、くぐると彼の隠れ家に創り変えられた不思議な空間に辿り着くのだという。まるで御伽噺みたいだ。


 と、あれこれ考え事をしながら進んでいるうちに、目的の村が見えてきた。

 不安がないと言えば嘘になる。それでも、あの疫病と戦うためには前に進むしかない。


 この村は人間(ヒューマン)領の中でも田舎の田舎で、ほとんどを痩せた土の畑が占める何の面白みもない場所だ。

 しかし今日は普段と違い、畑仕事をしている者を一人も見かけない。どうやら疫病を恐れて皆家に籠っているようだ。


「あっ、あの」


「あん?」


 村をぐるりと一周すると、ようやく村の男性を発見した。

 しかしその男は私の呼びかけにぶっきらぼうな返事をすると、私を見るなり顔から血の気が引いて青ざめていった。


「あっ、お、お前……! あのジジイんとこの……!?」


「ミレーユです。あの、少しお話したいことが――」


「――寄るなァッ!!」


 男は咄嗟に、民家の外に置いてあった薪割り用の鉈を持って私に向けた。

 驚いてたじろいでしまったけれど、私はその直後には彼の顔に見覚えがあることに気づいた。


 まるで化け物でも目にしたように震える彼の左腕は包帯で巻かれて、痛々しく首から吊るされている。

 間違いない。彼は私を精霊の森に連れ込んだ村人の一人で、狼に飛びつかれていた男だ。


「一体何の冗談だよ……? お前は死んだはずだろ? 狼に食われたはずだ……」


「そうなる前に、助けていただいたんです。あの場に居合わせた『森の魔法使い』に」


「はぁ? 『森の魔法使い』ぃ?」


「はい。だから私は幽霊なんかじゃありません。だから、その、(それ)を下ろしてくださいませんか……? 私はただ、お話があって来ただけなんです」


 私の言葉を無視して、男は震える手で鉈を握り、私を威嚇し続ける。

 しかし自分からは襲ってこないあたり、どうやら武器を捨てる気はなくても話は聞いてくれるらしい。

 もうこの際仕方がない。本当は村人たちと落ち着いて話せればと思っていたのだけれど、オズワルド先生の言っていた通り一筋縄ではいかないようだ。

 私は離れた場所から鉈を突き付けられたままで、男に話を切り出すことにした。


「私を助けてくださった『森の魔法使い』は、実はとっても腕のいいお医者様だったんです。私も怪我を治していただきました。彼に診ていただければ、きっとこの村の疫病も治せるようになります。私から話は通しますから、この村に彼を一度招いてみてはいかがかと――」


「――おい奴隷、お前は自分が何を言ってるかわかってんのか?」


 ぐさり、と胸に突き刺さるような冷たい声。

 男は相変わらず私に鉈を向けたままで、冷や汗を大量に流しながら私を睨みつけていた。


「その『森の魔法使い』とかいうヤツのせいで、俺たちの村はこんなことになってんだろうがよォ? なにがお医者様だよ! 何の罪もねぇ俺たちに、突然疫病をばら撒くような畜生のくせによォ!」


「……ッ!」


 男に凄まれて、私は一瞬ひるんでしまった。

 しかし負けるわけにはいかない。このような反応をされることはオズワルド先生にも言われて予想していたことだ。

 何よりあんなに素晴らしいお医者様であるオズワルド先生のことを悪く言われて、このまま黙っていたのでは私の気が収まらない……!


「そ、それは誤解なんです! 彼はこの疫病の元凶ではありません。私の前でそう仰ってくださいました!」


「そんなわけねえだろ! 魔法使いに洗脳でもされてんじゃねえのか、お前?」


「違います……! 私も彼も、本心からこの村を助けようと思って――」


「――奴隷が偉そうに口を聞くな! ああ、そうか。疫病がまだ村からなくならないのは、お前がちゃんと供物になってないからだな? 疫病を本気で治したいんなら、さっさと大人しく捧げられてこいよ! なァ!?」


 本当に、まるで聞く耳を持ってくれない。オズワルド先生の言った通りだ。

 男の目に映っているのは、死んだはずの奴隷が目の前にいることへの恐怖と、いつ自分に疫病が牙を剥くのかという不安ばかりだ。


 だんだん、目に涙が浮かんでくる。

 いくら勇気を振り絞っても、私ではこの村を救えないのだろうか。大嫌いな隣人たちが住む、大好きなおじいさまとの思い出が詰まった、この村を。


「……お願い、ですから……話を聞いて……」


「おうい! 助けてくれ! 供物に捧げた奴隷が戻ってきやがったんだ! コイツ、森の魔法使いに洗脳されてやがるぞ!」


 男は鉈をぶんぶん振り回しながら大声で騒ぎ出す。

 すると屋内に籠っていた村の男たちが一人、また一人と私の前に姿を見せ始めた。


 こうなってしまっては、もう私の手には負えない。また捕まってひどい扱いを受けるだけだ。

 悔しいけれど、これ以上は無理だ。私はついに堪えきれず溢れ出した涙を拭いながら、追っ手を撒くために再び精霊の森へと逃げ込むしかなかったのだった。

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