ひとりぼっちのプロローグ
暗い、暗い、森の中。
深い、深い、木漏れ日の底。
ひとりぼっちのオオカミさんは、空っぽの胃袋を抱えて、辺りをふらふらと歩いていました。
もう、ダメだ。きっと俺は、ここで死んじまうんだろうな。
オオカミさんはそんなことを考えていると、ふと今までのことが思い出されました。
オオカミの群れに生まれ、お父さんとお母さんの愛情を受けて育ったオオカミさん。狩りは下手でも、仲間や家族と一緒にいることで、食べ物にも困ったことはありませんでした。
しかし、ある日のこと、群れの仲間たちは、人間の猟師に撃たれて、一匹残らず死んでしまいました。そして、狩りに遅れてきたオオカミさんだけが助かったのです。オオカミさんはその日、一晩中泣きました。大粒の涙が、弱々しい遠吠えが、夜の森に溶けていきました。
こうしてひとりぼっちになってしまったオオカミさんは、狩りをしてみるものの上手くいかず、結局毎日、果物や木の実を食べるだけの暮らしをしていました。
そして今、オオカミさんの体は限界を迎えていました。何ヵ月も肉を食べない生活は、オオカミさんの獣の体にはやはり無理があったようでした。
ここまで来たら、潔く、仲間たちの元へ行こう。
そう諦めたその時、オオカミさんの背後に人影が現れました。
こんな時になんだ?猟師か?撃つなら早く撃て。どうせどのみち長くないんだからな。
しかし、オオカミさんの予想に反して、その人影は銃も弓矢も持っていなければ、そんなに大きくもありませんでした。
子どもか?でももう今の俺は狩りをする力も残ってない腑抜けオオカミだ。安心してとっととどっかに行っちまえ。
そんな風に自暴自棄になるオオカミさんに、小さな人影が手を伸ばします。
「はい、どうぞ。ワンちゃん、お腹すいてるんでしょ?」
小さな人影が渡してきたのは鳥の肉でした。それを見ると、オオカミさんはすぐに飛び付きました。さっきまで自嘲気味だったことなんか忘れ、夢中で飛び付きました。
「ふふ、よかった。本当にお腹すいてたんだね」
オオカミさんが顔を上げると、そこには赤い頭巾を被った小さな少女がいました。
「よしよし、ワンちゃん元気になった?」
そう言って赤い頭巾の少女はオオカミさんを撫でます。どうやら痩せ細ったオオカミさんのことを犬と勘違いしているのでしょう。オオカミさんは威厳を見せようと吠えてみますが、力の抜けた可愛らしい声しかでません。
「それじゃ、あたしもう行かなきゃ。ちゃんと食べ物探すんだよ。」
少女は手を振って向こうの方へ走っていきました。オオカミさんはただ黙ってそれを見届けました。
その時、オオカミさんは胸になにかトゲが刺さったような感じがしました。でも、そのトゲは痛いというよりも、なんだかくすぐったくて、もどかしくて、苦くて甘い、そんな感じがしました。
今まで生きてきて初めて感じたこの気持ちは、一体なんなのだろうと、オオカミさんはじれったいように思いました。
赤ずきんちゃんと、オオカミさん。
近くて、遠くて、届くはずもない、
小さな、小さな、恋のものがたり。