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「・・・・・・は?」
俺はいつの間にか一番近くにいた男の顔面を殴っていた。そんな意志はないのに体が勝手に動いたのだ。
「な、何だお前!」
少女に剣を向けていた男が振り返りながら標的をこちらに切り替える。そばにいたもう一人の男も剣を抜くとかまえた。二人からはっきりと殺気が伝わってくる。
「・・・・・・・ぅ」
自分でも怯えているのがわかる。殺されたら同じ死なはずなのに自殺とはまるで違う。
これが戦場・・・・・・・殺されるのか?
そんな事を考えていると二人が容赦なく斬りかかってくる。もちろん相手はその道のプロ。剣などわからないがその一撃が自分に避けられるわけがないことぐらいはわかる。二人が一気に間合いを詰めてきた瞬間脳裏に浮かんだのは・・・・・・・
死にたくない!
「うああああ!」
咄嗟に後ろに跳ぼうとする。だが運動が苦手な俺にそんな事ができるわけ・・・・・・・
「なっ!」
思わず目をつぶってしまったが攻撃を受けていないことが痛みがないことからわかった。今のを自分で避けたのだろうか。それになんだか体が軽い。今なら空を飛べそうだ、そう思えるほどに軽い。
「・・・・・・お前何もんだ」
明らかに警戒している。やばい、きっとさっきのなんてただの偶然。次きたら確実に殺される。なんとかしなければ。
「う、うっせぇ!死にたくなきゃぁさっさとここからいなくなれよ!」
「ふん、さっきのはただのまぐれか。驚かせやがって、これでしめぇだ!」
やばいやばい、逆に相手を煽ってしまった!このままじゃ・・・・・・・
「っ!」
なぜか目の前の二人があいつらに見えた。その瞬間俺の中で何かがあふれるのを感じる。
「こ、こいつ!」
今度は二人の背後に回り込んでいた。そして気づいた。体が勝手に動いているのではなく、体が信じられないくらい思い通りに動くことに。それに見える。相手が次に何をするのかがはっきりと見える。
「なんなんだよ、こいつはあ!」
当然相手の攻撃はかすりもしない。そして相手がすきを見せたとき相手から剣をうばう事ができた。そのまま奪った相手を首元からぶった斬る。
「ちくしょおおおお!」
もう一人は冷静になることを忘れ勢いよく斬りかかってくる。そんな勢いだけの剣をはじくと一人目どうよう首元を斬り裂く。
「・・・・・終わった・・・・のか?」
剣を握っていた力を抜き辺り一面を眺めた。二つの首とそれがない胴体だけの死体が転がっている。
二つ?確か三人ぐらいいたような・・・・・・・
すると後ろから何かが近づいてくる気配を感じた。
「・・・・・・・」
相手の剣が頬をかすめ血が流れ落ちる。一方で腕からは大量の血が滴っていた。
「・・・な・・・んで・・」
俺は相手に突き刺した剣に力をこめ相手の体を腹から真っ二つにする。斬った時の感触はまるで豆腐を切るかのよう。
「・・・・・・」
今度こそ終わったようだ。立っている地面はあたり一面赤色で染まっている。とても自分がやったとは思えない。
するとまたもや後ろに気配を感じる。素早く振り返ると剣を投擲する。
「ひぃ・・・・」
「あ」
少女の存在をすっかり忘れていた。運がよかったのか投げた剣は少女の顔より少し横に突き刺さっている。
「い・・・嫌・・いやぁ」
「・・・・・・・」
俺が近づこうとすると頭を抱えて震えだしてしまった。まあこんな返り血で血だらけの状態だから仕方ないのだが。どれだけの力でぶったのか少女の頬には痣ができいた。だが少女は痛みなど忘れただひたすら命乞いを続けている。
そもそも助けるつもりなんてなかったんだから放っておいてもいいじゃないか。でも今にも消えてしまいそうな少女の声を聞いているとどうしても放っておけない。
「・・・・・・・ぁ」
空を見上げると辺り一面雨雲が広がっている。そして雨が降り出した。丁度いい、これで血を洗い流せる。
******
「・・・・・はぁぁ」
湯に浸かり窓の隙間から月を眺める。どうやら今日は満月らしく、少しも欠けていない。
「・・・・上がるか」
浴槽から出て扉を開けると湯気が外に出ていく。そばに置いてあった籠の中からタオルを取り頭を拭く。
「・・・・・・・」
鏡は湯気で曇り何も見えなくなってしまった。そんな鏡の曇りを手で拭うと自分の顔が現れる。俺の顔は病的に白く髪の毛は真っ黒。だけど体は少しだけ赤く腫れていた。少しだけ痛みも感じる。普段ならもっと肌が荒れていたのだが。
すると浴室の扉とは反対の扉が開き一人の少女が入ってきた。
「あのぉ、着替えここに・・・・・・・あ」
「・・・あ」
少女と目が合うと二人とも固まる。そして少女の視線は自然と下の方に・・・・・・・
「し、失礼しましたああああああああ」
と顔を林檎のように真っ赤にすると着替えだけ残してドアも開けっ放しで飛び出して行ってしまった。そんな中取り残された俺は呆然と少女がいた場所を眺める。
「・・・・・・・あ」
無事入浴を終えた俺は使っていいと言われた部屋のベットで横になっていた。
こっちに来てからもう少しで一日が過ぎてしまう。まさか夢の中で眠ることになるとは。まあ明日には夢も覚めるだろう。
とそんな軽い現実逃避をしながら自分の手を掲げる。
「・・・・・・・・・」
今はもうないが数時間前までこの白い腕は赤く染まっていた。人生で初めて人を殺したというのにあまり実感が持てない。剣を握ることなんて元の世界ならあり得ない事だろうし。
コンコン
「あ、あのぉ入ってもいいですか?」
少女の声とドアをノックする音。どうやら先程の浴室での事を気にしているらしい。
「・・・・・ああ」
「し、失礼しますぅ」
少し控えめにしながら少女が入ってきた。少女の片手には料理。どうやら飯を作ってくれたらしい。
「・・・・・・・」
少女の背は低く顔も整っているがまだ幼い。そして一番印象的なのは月の光を受けて輝きを放っている銀色の髪。
この少女はこの家にじいさんと二人で暮らしていたらしい。だがじいさんは他界し今では一人でひっそりと暮らしているんだそうだ。
「あ、あの何か変ですか?」
あまりの綺麗さについ見惚れてしまった。
「あ、いや・・・・・・・・・ただ鼻毛出てるなって」
「え?!」
それを聞くなり少女はどうにか顔を隠そうとするが逆にバランスを崩してこちら側に倒れてきた。
「・・・・・あぶねぇ」
少女が持っていた料理をキャッチ。なんとか零れないで済んだようだ。少女はというとそのままベットに倒れこみ顔をうずめて動かない。それを横目で見ながら試しに一口食べてみた。
「・・・・うめぇ」
「ほんとですか!・・・・・あっ」
少女は起き上がると嬉しそうな笑みを浮かべる。だがすぐに少女の顔は羞恥の色に染まりまたベットに顔をうずめてしまった。さっきの投げやりな言葉をここまで信用してしまうとは。
「・・・・・さっきのは冗談だ」
「えっ・・・・・・・・お口に合いませんでしたか?」
すると今度はさっきと一転して悲しいそうな、申し訳なさそうな顔をする。どうやらまた勘違いをしているようだ。
「そっちじゃない、鼻毛の方だ」
「えっ・・・・・・・じゃあ料理の方は・・・・・」
「うめぇよ・・・・・・・・こんなうまいの初めて食った」
それは本当だ。なんせ今まで朝昼晩はカップ麺しか食べてこなかったのだから。そして少女の顔も先程の嬉しそうな笑みへと変わっている。
「・・・・・・・」
それにしてもうまい。うますぎてスプーンを握る手が止まらない。そしてあっという間に皿は空になってしまった。
「おかわりはいりますか?」
「・・・・・大丈夫だ」
「そうですか・・・・・・・・・そういえばお名前まだでしたね」
名前・・・・・・・そんなの聞かれたことがない。なんだっただろうか・・・・・・・・
「俺は・・・・・・・・・・」
「あなたは?」
「確か・・・・・・朝霧・・・・玲音」
確かそんなんだったか気がする。きっと親がつけたのだろうが俺は親の顔なんて見た事ないし、親に名前を呼ばれたことだって勿論ない。
「ア、アサ・・・・アサギリ・・・・レ、レオさんですか?」
「レオじゃなくて・・・・・・・・いや、やっぱレオでいい」
レオンもレオもほとんど変わらないし。それにその方が昔のことを思い出さなくて済む。
「わかりました。じゃあレオさんこれからよろしくです」
「・・・・・・・・」
生まれて初めてこの日、名前というものを呼ばれた。