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目の前にはビルが建ち並んでいて、少し先には住宅街が見える。辺りはもう夕焼け色に染まり日は沈みかけている。
「・・・・・・・・」
そして俺はそんなビルの一つの屋上に立っていた。
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いじめ。それは社会問題の一つでありながら、どこにでも起こってしまうもの。
そんないじめの理由なんていつもくだらない。顔、声、体型、髪型、能力などのわずかな違い、周囲との違いだけで不当な扱いをうける。
「・・・・・・・」
そしていじめる側には大まかにわけて二つある。
一つはいじめを楽しんでやっている者。これは悪口、暴力といったいじめそのものを楽しんでいる者たちのことだ。
もう一つは仕方なくやる者。それは自分が周りの輪から外されるのが嫌だから、いじめの対象にされるからといった理由なのだろう。簡単にいうと自分を守る為に他人を傷つける事をいとわないという事だ。
どちらにせよ自分の為にやっていることに関しては同じなのだが。
「・・・・・・・」
まあ、これから人様に迷惑をかけようという自分が言えた事でもないのだろう。いじめによる自殺に対して迷惑だと思う人もいる。確かにそうなのかもしれないし、俺も否定はできない。だけど今から死ぬんだから他人の事なんて気にしなくていい。だってもう誰も俺を傷つけることはできないのだから。
そう俺は今、自らの手で命をたつためにここにいる。
「・・・・・・」
そんな事を考えながら、ただぼんやりと目の前の光景を眺めていた。もう太陽が地平線へと半分沈みかけている。別に思い入れなどない街だが最後の光景ということもあって少し感傷的になっていたのかもしれない。
明日の朝彼らは何を思うのだろうか。俺を怨むのだろうか、自分の行為を後悔するのだろうか。まあどちらにせよこれから消えゆく俺にとってはどうでもいいことなのだが。
「・・・・・・」
無意識に足が前に進んでいく。まるで何かに引き寄せられるように。不思議と足は震えなかった、恐くなかった。
「・・・・・・・ぁ」
気づけば足元に足場はなく体を浮遊感が包み込んでいた。風が痛いほどに体をうち続ける。そして少しづつ近づいてくる地面を見て自分の終わりを感じた。
これでやっと解放される。恐怖、憎悪、絶望、もう何も感じなくていい・・・・・・・
「・・・・・・・くっ」
はずなのに、なのに心の底から溢れてきたのは涙。本当は悔しかったのかもしれない。何で自分だけこんなめにあわなきゃいけないのか、どうしてこんなにも世界は理不尽なのか。
「・・・・・・・ちくしょぉっ」
きっと俺以外にも同じ苦しみを、俺以上の苦しみを味わっている人がいるのかもしれない。それでも必死に生きている人がいるのかもしれない。そう考えると自分が情けなく思えて仕方ない。
「・・・・・・・・・」
でもやっぱり最後に胸の中に残ったのは悔しみや情けなさではなく怒り。あのいじめっこたちへの怒りだった。
「・・・・・・したい」
壊してやりたいあの憎たらしいニヤケ面を、壊してやりたいこの世界を
「壊したい・・・・・・」
まだ少しだけ姿を見せていた太陽を最後に俺の意識は途絶えた
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「・・・・・・・うぅ・・」
ベットから落ちたのだろう、体への衝撃と痛みで目が覚めた。もう朝だろうか、それにしても寒い。風も吹いているし、昨日は窓を閉め忘れたのだろうか・・・・・・・・
「・・・・・はっ・・・違う俺は確かビルから」
何で生きているのだろう。確かにビルの屋上から飛び降りたはず。もしかしたらあれはただの夢?
「・・・・・・・え」
俺が倒れていたのはビルの屋上でもましてや自分の部屋でもない、見覚えのない木々が並ぶ雑木林だった。とても今までいた街とは思えないし、あの街にこんな場所なかったはずだ。
「なんだここ・・・・」
やはり夢でも見ているのだろうか。
「・・・・・いみわかんねぇよ」
ビルから飛び降りたことも夢で今もその夢が続いている・・・・・・・・・・
「・・・・・・なわけないよな」
触れている地面の感触は夢にしてはリアルすぎるし身に着けてるものは変わっていない。わけがわからない。
「・・・・・・・」
そして無意識的に俺は林の中を歩きだしていた。最初はまたここで死のうと思っていた。でもそうしなかったのは知らないこの場所に少し興味が湧いたのかもしれない。
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もといた場所から移動して何時間たったのだろうか。随分歩いてきたがいまだに周囲は木々で生い茂っている。もしかしたらここに人はいないのだろうか・・・・・
「・・・・・うおっ」
それに先程から草や木の上から見たことのない動物が飛び出してくるのだ。よく出てくるのは犬に羽がついたような生き物。そしてそいつの体の周りには火の玉のような物が漂っているのだ。どう考えても地球の生き物じゃあない。どこかの外国に飛ばされたのかと思っていたがそれすらでもないらしい。
「・・・・異世界」
そんなの漫画やアニメの世界だけかと思っていたが本当にあるとは・・・・・・・いや夢という可能性もまだ捨てきれない。
それにしても長い時間休まずに歩いてきたというのに全く疲れない。元いた世界なら三十分ともたないだろう。別に運動が嫌いというわけではなく、ただできなかっただけだ。というのも俺は小さい頃から日光に弱く数分あたるだけで肌が荒れてしまっていたのだ。それがいじめの理由の一つでもあったのだが・・・・・・・
「・・・・・?」
足を止め身をかがめる。そして耳をすましてみた。
「・・・・・・・・・」
かすがだが音が聞こえてくる。それも恐らく人間によるもの。なんとなくだが前よりも聴力が上がっているような気もした。
物音をできるだけたてずに慎重に声をたよりに木々の中を進んでいく。途中で気づいたが声は一人だけではなく、男が二、三人いるようだ。そして声が間近までせまってきたところで木から顔を覗かせる。
「おい聞いているのか?この吸血鬼が。お前の仲間はどこにいるんだと聞いているんだ」
案の定、そこにいたのは三人の男達。男達は全員鎧をまとっていてどこぞの騎士といった感じだ。まさにファンタジーの世界。だがそいつら以外にももう一人いた。
「私は吸血鬼じゃありません!」
それはまだ幼い少女。ここからじゃあまりよく見えないが声と身長からまだ10歳くらいだと思う。それにしても吸血鬼という言葉が気になった。この世界には吸血鬼もいるのだろうか。
「まだいうか!この化け物が!」
すると三人のうちの一人が不意に少女の頬を引っ叩いた。なぜか飛び出そうとする衝動に駆られる。
「・・・・・・」
そんな自分を落ち着かせてからもう一度覗いてみる。少女の肌がとても白いせいか叩かれた頬はとても赤く腫れ上がり、口元には血が滲んでいた。
「わ、私は吸血鬼なんかじゃ・・・・・・」
「ちっ・・・・・もういい、化物にそんなことを聞いた私が馬鹿だった」
「おいおい、殺しちまうのかい?まったく容赦ねぇなぁ。俺はしらねえですからね」
「・・・・・・・」
少女をぶった男は携えていた剣を抜き放つと容赦なく構えた。他の二人は呑気に口笛を吹いたり、顔をそらすなど助けようとはしない。そんな中少女は腰を抜かしへたり込んでしまっていた。そしてもちろん俺には少女を助ける術など持ち合わせていない。
「・・・・・・・・は?」
だが次の瞬間俺は近くにいた一人に殴りかかっていたのだった。