異世界行きトラックが突っ込んできた
俺は下校中だった。
代り映えしない高校生活、受験勉強だなんだと退屈な日々を送っている。見た目は平均。平均と言わせてもらおう。頭もまあ普通。どこにでもいる普通の高校生だ。唯一普通と変わったことは……なんて紹介できるものもない。どこの教室にも存在する、部屋の隅のほうでラノベを読みながらニヤニヤしてるオタクだ。
ところが不幸なことに、平均的なオタク高校生と言えるのは今日までのようだ。これから不幸なオタク高校生、しかも「だった」と言わなければならないだろう。
というのも、現在トラックがこっちに突っ込んできているのだ。運転手は涎を垂らしながら、ぐーすか呑気に寝ている。陽気なポカポカお天気。確かに授業中に俺も寝た。だが、運転中はやめてほしい。ひと時の安らぎのため、他人が不幸になり自分も十字架を背負う、というのは運ちゃんだって嫌だろう。
逃げたいのだが、左は車の行き交う国道。反対側はコンビニ。間違いなく、コンビニに入る前にトラックとこんにちは。正面はトラックで塞がれて、後ろはトラックの通過先。逃げ場はない。
そもそも逃げ場があったとして、逃げられたかは別だ。恐怖で足が固まっている。逃げなきゃな、と正しく理解しているし、コンビニの壁に張り付けば運良く助かるかもしれないことも理解している。しかし、残念なことに足は走り方を忘れてしまったようで、どうにも動いてくれない。
もうこれは諦めて、来世とやらを考えたほうが良いのではないだろうか。緊急時によく回るようになった頭は、気を利かせて異世界転生物のラノベを引っ張り出してくる。
確かにトラックに轢かれて気づいたら、なんてのはよくある導入だ。この頭ぐらい足が回ってくれれば、生存にも希望が持てるのだが。さておき退屈な日常を捨て、チートでサクッと敵を倒し、助けた女の子に囲まれながら生活するってのは魅力的だ。魅力的だと思わなければやってられない。
そろそろ、トラックが最初のハーレム要員として愛のタックルを食らわせてくるだろう。是非とも避けたいヒロインだが、運命の出会いというやつだ。
不意にけたたましいアラームが鳴る。トラックは急に速度を落とし、俺の目の前で止まった。
「一体、何が……」
「危険を察知」
後ろにいたオッサンが、トラックを指さして誇らしげに笑ってる。いつからそこに、というか死にかけて笑ってられるとか。
「助かった……のか」
「衝突を防いだんですねぇ」
「死ぬかと思った」
漏らしてパンツがグッショリだ。黒い制服だから目立たないが、この状態で歩きたくはない。警察を呼ぼう。タクシー代わりにして申し訳ないが、事故があったし問題ないだろう。
「凄いでしょ」
オッサンがこっちに近寄ってきた。一体何の話だ。オッサンが助けてくれったってことか? トラックに何かしたようには見えなかったが。
「何かしたんですか」
「ヒノノニトンです」
会話にならない。ヒノノニトンなる技術でオッサンがトラックを止めたのか?
「凄いっすね」
「安全装備が充実してるんです」
トラックを誇らしげに見ながら頷く。ああ、このトラックがヒノノニトンというのか。オッサンは関係者ってことか? 誇らしげに笑ってたり、唐突に自慢を始めたのはそれが理由か。
スマホで警察に掛けながらオッサンと話してると、運転手が降りてきた。慌てた様子で顔を青くしながらこっちに駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか」
「PCSに頼った運転は行わないで下さい」
オッサンが顔をしかめながら、運転手に叱る。PCSというのはトラックを止めたシステムだろうか。そんなどうでもいいことを考えながら警察と話をする。
「本当にすみません」
「道路状況、車両状態、天候状態およびドライバーの操作状態などによっては、作動しない場合があります」
「はい、すみません。怪我はありませんか」
警察とのやり取りを終え、今度は家族に連絡する。明日からまた退屈な日常が戻ってくるんだな、と思うと急に安心した。やっぱり、俺みたいな平凡な人間は、平凡に暮らしてるのが一番いい。受験勉強の合間にラノベを読んで、ラノベを読むことに集中して怒られて。
……いや、明日は登校しないでおこう。尿の臭いが漂ってきた。ズボンをクリーニングに出さなきゃならない。トラックに轢かれるよりはずっとマシだが、最悪の気分だ。