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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

暖色・中間色・寒色短編集

子兎のようで雌獅子のような彼女と別れた俺は

作者: Surlza(すーざ)

ありきたりな、恋愛ものが書きたかったんです。多分。




 『彼女さんは、どんな人だったんですか?』



 好奇心が隠しきれない部下は俺にそう尋ねた。

 下世話な下ネタばかりで盛り上がる男たちの集まりは、酔いを言い訳に、人の深い傷までえぐっていく。

 気に入らないが、こいつの性格は知っている。



「あいつは、寂しがり屋だったな」

「へぇ~俺先輩のほうがそういうタイプかなぁと思ってました」


 あいつは、まるで子ウサギのようだったと思う。寂しくて放置すれば死んでしまうような兎で。

 街に出れば、俺が握る手を握り返して、「あっち」と誘導に従って俺の半歩後ろを歩く。でも店先のショーウィンドウを見て気に入った何かを見つけるたびに目を輝かせた。餌を目の前に出されて、その餌をもらえるのを待つ兎、俺はその飼い主のようだった。



「兎ですか、なんか彼女さんに癒しを求めてたみたいですね」

「ただ、すごい癇癪持ちだったんだよな」


 そう、兎のような仕草で俺と寄り添っているはずなのに、俺が疲れて口数少なく寝ると、とたんに猛獣に豹変するのも彼女だった。疲れただけだ、と何度言ってもそういう時には納得してくれない。デートを俺が自分勝手な理由でふいにしたときは、怒るどころか俺の仕事を気遣ってくれるのに、俺の疲労感や抱え込んでいるときに限ってあいつは俺に感情的になった。


「それ、すごい彼女さんに愛されてるってことじゃないっすか」

「そう、思ってたけどな」

「愛されてないんですか?」

「あいつから言われたことはほとんどなかった」


 真夜中、悪夢を見ているときは必ず背中にぬくもりを感じた。それがあいつが俺を抱きしめて眠っていると気付くのにそう時間は要さなかった。翌朝には、俺にしがみついて眠る小さな体があるのだから。俺は他人によく言われるが、仕事もストレスも何かとため込みやすい。精神的に不安定になると悪夢を見るのだが、俺はいつもその抱擁で救われていた。それ以上にあいつに救いなんて求めるべきじゃないと思っていた。


「いいなぁ、先輩の彼女さんって。写真見せてもらいましたけど可愛いですし」

「もうお前にこの話はするべきじゃなかったな」

「え?」


 後輩の目が丸くなるとき、俺の横に同期入社の飲み友達がやってくる。


「おい小野、これ以上傷をえぐってやるな。こいつ1か月前にふられたんだよ」

「あっ……すみませんでした」


 小野は気まずい様子で、別のテーブルの同期らのもとに去っていった。

 




「ありがとな」

「いえいえ」


 友人は俺の横に陣取ると、不意に真剣な目をした。




 その真剣な目に、ふとあの日の彼女の姿がダブって見えた。


 あいつは仕事では前向き思考だと言われる俺の、後ろ向き思考な部分を知っている数少ない人間だった。俺はいつもあいつの感情的な言葉に落ち込み、それに気づいたあいつは泣きそうになりながら、俺を慰める。そういうときの彼女は母性に満ち溢れていたように感じる。それはきっと、猛獣でありながらも甲斐甲斐しく子どもに世話を焼く雌獅子のようだったかもしれない。


 俺は何を選ぶべきだったのだろうか。縋りつくべきだったのか、でもそれは俺の「プライド」が許さなかった。あいつはいつも、聖女のように微笑んで、俺に「無理はするな」と言ってくれる存在だった。


 癒しであり、頭を預けられる存在で、俺のすべてを知っていた。

 でも彼女は、苦悩していたらしい。俺は全てを本当の意味でさらけ出さなかった。



 ただ純粋に、俺はあいつの言葉に傷つき、あいつは俺をなぐさめた。 

 だから俺は、もうあいつの言葉に苦しめられたくなかったのかもしれない。

 癒されていたとしても、傷もついていたから。




『私、あんたが大好きで大好きで仕方ない。でも』

『でも?』

『別れましょう』



 俺はその手を離した。







 飲み会は、二次会に突入するらしく、ほろ酔い状態の後輩や同期の一部もカラオケに行くらしい。俺は友人と帰宅組として、地下鉄の駅に向けて足を進めていた。友人の彼がいうには、あいつは引き留めてほしかったのだろうという。あいつは強い女だ、俺なんて必要なかったんだろうと弱音を吐くと、彼はため息をついた。



「とりあえず電話してみろよ」

「そうだな」



『彼女さんは、どんな人だったんですか?』



 あいつは、寂しがり屋で俺が手をひかなければ前に進めないくせに、うるさくて感情的で、俺の苦しみはわかって受け止めてくれるくせに、俺のことをわかってあげられないと悲しむ女だった。



 でも俺は寂しがり屋なところも、前に進めないやつってところも、うるさくて感情的なところも、俺を受け止めてくれる、なのにわかってあげられないと悲しむところもすべてすべて――









 いとおしかったんだ。

 友人に背中を押されたのだから、電話するしかない。

 1か月も連絡しなかったから、着信拒否されているかもしれない――そう思った電話は、繋がっていた。拒否はされていないということに、安堵したが、留守電話に接続されてしまった。



 俺は――――――








「やばい、誰か轢かれたらしいぞ」

「は?」



 友人が、数メートル先の交差点を指さして言った。









 散らばるカバンの中身らしきもの、色の白い手が力なく道路に投げ出されている様子が、俺のところからも見えた。なんてことだ、交通事故現場を見るなんて。


 そう思った俺の目に飛び込んできたのは――血に染まった、何かだった。








『これ、シルバーアクセサリー作家になった、友達の初めての作品でね』



 世界に1つしかない、ティアラとシルバーの細い杖を持った、白いテディベア。

 やたらと大きいそれをストラップにしていたから、あいつはいつもポケットの大きい服を好んで……






「そんな、わけ、ない」

「どうしたんだ?」

「そんな、わけない!」



 俺はもう一度、通話履歴からあいつを選んだ。





 そんなはずはない。


 そんなはずは









 はず






 【赤くなった】テディベアが、血だまりの中で揺れた。






お読みいただきありがとうございました。続きはあります。でも、ここで終わるのも一つの手。投稿するかは今後検討します。とりあえず、お蔵入りにならず、少しでも誰かの心を楽しませられたのなら幸いです。

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