ママの誕生日
ひだまり童話館の「とろとろな話」に参加しています。
今日は大好きなママの誕生日。
だから、僕は何かプレゼントをしたいと前から考えていた。でも、何も思いつかない。
そこで、ママが買い物にでかけたので、僕と留守番しているパパに相談する。
「肩たたき券、なんかどうだ?」
「母の日にあげた肩たたき券がまだ残っているよ。もう少し、ママの誕生日が後だったら良かったのに……」
そう言えば、パパは何をあげるのだろう? 母の日みたいにカーネーションかな?
「パパはお花をあげるの?」
「あっ、しまった! 何も考えてなかったよ」
呆れたパパだと思うが、僕も何も思いつかなかったのだから同じだ。
「だいたいママが何が欲しいのかなんて、俺には分からないよ。お花なら外さないかな?」
確かにパパのセンスで選んだ物をママが喜ぶとは思えない。ママはセンスが良いけど、パパと僕はイマイチなのだ。
「僕にはお花を買うお金がないよ。もっとお正月の近くなら、お年玉が残っていたから、良かったのに…」
今月のお小遣いも使ってしまったから、次の月までお財布はカラッポだ。パパがお小遣いをくれないかな? と期待してみるが、そう甘いパパではない。それに、家の家計はママが握っている。
「なら、悠一と二人で買ったことにしたら良いさ。後で買いに行こう」
パパは、僕の相談に応えるのが面倒になったみたいだ。休みの日は、テレビの前でゴロゴロして過ごしたいのだ。
「ねぇ、パパ! もっと相談にのってよ」
「ええ〜! 花じゃいけないのか? 休みの日ぐらいゆっくりテレビが見たいんだけど……」
「ママも働いているのに、休みの日は洗濯や買い物や掃除をしているよ。あっ、そうだ! 僕とパパで誕生日ケーキを焼こうよ!」
「ケーキ? それは、ちょっと無理じゃないか?」
「そうかも……」
良い事を思いついたと喜んだけど、どう考えても料理ができそうにないパパと僕とではケーキなんか無理だ。
パパは、あんまりガッカリしている僕を可哀想に思ったらしい。
「ケーキは無理だけど、ホットケーキなら焼けるぞ! それなら、パパも子どもの頃に焼いたことがある」
「本当! へぇ、パパが料理できるなんて知らなかったよ。凄いねぇ!」
少し大げさに褒めて、テレビの前からパパを引き離す作戦だ。そうしないと、休みの日のパパはぐうたらだと、子どもの僕だって分かっている。
「俺だってママと結婚するまでは自炊していたんだぞ。それに、ホットケーキはお前の頃からつくっていた。田舎のお祖父さんとお祖母さんは、農作業で忙しくておやつなんか作ってくれなかったからなぁ。妹や弟と一緒に作ったもんさ」
へぇ、まんざら嘘ではないらしい。意外と、テキパキと使う道具や材料を教えてくれるパパを少し見直した。
「ホットケーキは焼きたてが美味しいから、用意だけしておこう。先ずは、生地作りだ」
そうは言うものの、何年も料理をしていないパパは、ホットケーキミックスの袋の後ろを読んでいる。
「大丈夫?」
「おっ、パパを信じていないな?」
信じていないとまではいかないけど、少し頼りない気持ちになっている。でも、僕よりは経験者だろうから、協力して貰わないとママの誕生日のプレゼントもできない。
「パパ、どうやって生地を作るの?」
「先ずは卵をボールに割り入れて、ミルクと混ぜるんだ。ほら、卵を割ってごらん」
パパに卵を渡されて、コンコンとテーブルの角で叩く。パカッと割れたので、僕は焦ってボールに入れる。
「あっ、あっ〜! 卵の殻も入っちゃった。どうしよう?」
「大丈夫! ほら、こうしてつまみ上げたら良いのさ」
パパが菜箸で中に入った殻を取り除いてくれた。
「さぁ、卵を混ぜるんだ」
その菜箸で、卵をかき混ぜる。
「透明な白いところが残っているけど、良いの?」
「大丈夫だろう。さぁ、ミルクを入れてかき混ぜるんだ」
「えっ、はからなくても良いの?」
パパは大ざっぱな性格だ。ボールの中にミルクを適当に入れる。卵とミルクをかき混ぜたら、ホットケーキミックスをバサッと入れる。
「パパ、何だかだまだまだよ。とろとろにならないよ」
前にママがホットケーキを焼いてくれた時の生地は、とろとろで滑らかだった。だけど、目の前のホットケーキの生地はだまだまだ。
「大丈夫!」
この時、僕はパパへの不信感がいっぱいだった。きっと、このホットケーキは失敗するに決まっている。
「ねぇ、ちゃんとはかって作りなおそうよ」と言いかけた時、タイミング悪くママが帰ってきた。テーブルの上のボールとホットプレートで、ママは何をしているのか瞬時に察知する。のんびり屋のパパとは大違いだ。
「ただいま……まぁ、悠ちゃん、ホットケーキを焼いているの?」
僕は、失敗するに決まっているから、だまだまの生地が入ったボールを隠したい気分だ。なのに、まったくパパは子どもの気持ちが読めないんだ。
「ママの誕生日のお祝いだってさ」
「ちょっと! パパ!」
上手く焼けそうにないのに、なんて事を言うんだ! 僕は焦って止めようとする。
でも、遅かった。いつもはパパよりしっかりしているママが、涙うるうるモードになっている。
「さっきまで赤ちゃんだったように思える悠ちゃんが……ママは、買い物したのを冷蔵庫にしまうから、お願いね!」
駄目だぁ! ママの期待を裏切ることになっちゃう。でも、こうなったら焼かない訳にはいかない。
ホットプレートの上にパパは油を落として、キッチンペーパーで伸ばしている。
「さぁ、悠一! お玉でホットケーキの生地をすくって、この上で焼くんだよ」
ママの前なので、今までのいい加減さを引っ込めたパパは、僕に熱血指導をする。
だまだまのホットケーキ生地を、ホットプレートの上に落とす。小さな生地が丸くなっている。なんとなくホットケーキっぽく見えるかな?
「楽しみねぇ」
わぁ! ママ、ハードルをあげないで! と叫びたい気分だ。
「上がブツブツになったら、びっくり返すんだ」
パパにフライ返しを渡された。
「えっ! 僕がひっくり返すの?」
「当たり前だろう。これは、悠一がママにプレゼントするんだからな」
僕はこれほどドキドキした事は無い。薄情なパパを恨む。
「ほら、ひっくり返すんだ」
フライ返しをホットケーキの下に入れて、ヨッ! とひっくり返した。3個とも、きれいに焼けているように見える。
「まぁ、美味しそう!」
確かに、きつね色のホットケーキは、見た目は美味しそうに見える。でも、ママは生地がだまだまなのを知らないのだ。きっと、食べたら美味しくないだろう。
「さぁ、もう良いだろう。お皿に取り出そう」
お皿に一枚ずつのせて、バターとメープルシロップをかける。とろとろとバターとメープルシロップが溶け合って、凄く良い香りだ。でも、このホットケーキは、きっと美味しくない。
「悠ちゃん、ありがとう」
喜んでいるママに言わなきゃいけない! これは失敗作なんだと。
「ママ、このホットケーキの生地はだまだまだったんだ。だから、きっと美味しくないよ」
勇気を出して、きちんと失敗したと告げる。きっと、ママはガッカリするだろう。
「あら、とても美味しいわよ。悠ちゃんも食べてみなさい」
ママは、僕の告白を無視して、ホットケーキを一口食べて微笑む。
「悠一、美味しいぞ!」
パパもパクパク食べている。僕は目の前のバターとメープルシロップがとろとろになっているホットケーキをナイフで切り取ると、口に入れた。
「美味しい! えっ? なんで? だまだまだったのに?」
不思議そうな僕に、パパとママは愛情がこもっているからだよと微笑んだ。
おしまい