第61話 未来からの手紙
精霊祭から一週間程が経ち、ついにリノシアが魔族の動きを捉えた。
魔族数百名を含む軍勢が、精霊樹へ向けて侵攻しているとのこと。
魔族は、魔物を基本的な兵力としている。
だからそこまでの数を揃えなくても、侵略行為を実行することができるというのは知っていた。
なのにも関わらず、魔族が数百単位で侵攻している。
「それだけ相手も本気ってことよ。
生み出される魔物の予想は十万以上。
こちらは多くても五万ってとこかしら」
ウォレスタの騎士がリノシアへ向けて出発する前日。
俺とエルナは支援所で最後の話し合いをしていた。
明かりも付けずに月明かりだけが差し込む部屋で、テーブルに座り向かい合う。
上層部が手を焼くエルナでも戦力は高い。
本人はあまり乗り気ではないものの、それでも行かなければならないという。
「半分か……
いくら凄腕の騎士がいても流石にキツイんじゃないか?」
「まぁね。
勇者様をカウントしても厳しいのは目に見えてわかるわ。
術者を叩かないと魔物は増え続けるし、分が悪すぎよ」
「……もし、精霊樹が堕ちたらどうなる?」
「さぁね。
難しいことはわからないけど、多分アキトの予想通りよ」
戦いに負けるということが何を表すか。
現実世界の学校である程度は学んだ。
しかし、それは出来る限り綺麗にされているもので、調べれば調べるほど闇が深くなっていく。
きっとこの戦いも同じ。
どこの世界も同じ。
「でも人間の一大事だってのに、レギルディアは何をしてるんだ?
あいつらも人間なんだろ?」
「レギルディアは自分の国に脅威がないと考えてるのよ。
山を隔ててるし、戦力もわからない。
あたしたちでもレギルディアがどんな国か知らないんだから」
「そりゃ……無闇には動けないか。
精霊樹が堕ちるくらいがないと動かないってどんな国だ……」
「しょうがないわ、そういう国よ。
とにかく今回ばかりは、犠牲がどう出ようとおかしくない。
それだけ覚えておいて」
エルナは珍しく真面目な顔で語った。
今回の戦いは、俺が予想しているよりも遥かに大きい戦い。
今までとは比べものにならず、下手すれば知っている人が二度と帰ってこないかもしれない。
そんな戦いだ。
「上も馬鹿じゃないから最終手段くらいは考えてるはずよ。
精霊樹を堕とすには、最低でも神殿には辿り着かなきゃならない。
神殿へ向かう塔でも破壊すれば時間はかなり稼げるはず」
「そんなこと、上がやるのか?」
「だから最終手段って言ったでしょ?
どう攻めてくるか……どう守るか。
全ては始まらなきゃわからないわ」
妙に落ち着いた様子のエルナに、俺は少しだけ疑問を覚えた。
これから戦いに行く。
もしかすれば死ぬかもしれないという戦いで、どうしてそんなに冷静でいられるのかがわからないのだ。
俺と違って戦いの経験が多いエルナなら、イメージが湧かないなんてこともないはず。
ならばなぜ……?
「……エルナは、死ぬのが怖いとは思わないのか?
今回の戦いで戦死する可能性もあるんだろ?」
「……そう、ね。
怖くなかったわ、いつも」
そう呟くと、エルナはおもむろに立ち上がる。
最初は目線を下げていたが、やがて一息深く呼吸をすると、こちらに向き直った。
窓から差し込む月明かりが、エルナの姿を明媚に映し出す。
「だからきっと今回も同じよ。
きっちり終わらせて帰ってくるわ」
「……そうか」
「大体、アキトみたいに世話の焼ける男を置いて死ねないわ。
あたしがいなきゃ、今頃死んでると思うわよ?」
「ハハ、そりゃ言えてる」
実際、エルナがいたから助かったという場面は多く存在する。
一番最初に魔物に襲われた時、リノシアで魔物に襲われた時……
フュネイトの時もエルナが居なければ作戦は成功しなかったし、シュトーラスに捕まった時もそうだ。
思い返してみれば、俺はいつもエルナに助けられてばかり。
世話の焼ける男と言われても仕方がない。
「じゃあ、そろそろあたしは戻るわ。
早く寝ないと明日が面倒」
いつものような足取りで、支援所の扉へと向かうエルナ。
でもなぜか、普段は異常に歩くのが早いのに、今回は遅く見える。
俺が慣れたからか?
いや、明らかに遅いような気もする。
エルナとて人間だ。
明日からのことを思えば、そうなってしまうのもわかる。
「あ、言い忘れてた」
突如歩みを止め、振り向くエルナ。
言い忘れるのはエルナの得意技だ。
「どうした?
言っておかないと、しばらく会えないからどうしようもないぞ」
「そうね、大体十日後くらいかしら……
必ず支援所にいなさい。
手紙なりなんなりが届くはずだから」
「手紙……?
でも十日後って……
どういうことだ?」
問いかけるも、「さ、どういうことかしら」という目でこちらを見るだけ。
その時のエルナは、なんだかいつも通り過ぎて安心するくらいだ。
この表情がいつも通りというのは、なんだか変な気がする、
それでも……それでも、エルナらしい表情と言えるだろう。
「じゃあ、今度こそ行くわ。
お互い死なないように」
手を軽く振りながら、エルナは去っていった。
扉に取り付けられたベルの音も、今はなんだか耳に入らない。
目の前の事と、エルナの言っていた謎の言葉。
気になって仕方がないが、それがわかるのは十日後くらい。
「……このモヤモヤした期間。
俺はどうすればいいんだ……」
エルナから最後にとびきり質の悪いイタズラを仕掛けられた気がする。
このモヤモヤを抱えて十日生活するのか、俺は。
……それでも、俺はいいと思えた。
なんだかエルナらしいし、戦いのことばかり考えているよりは気が楽だ。
そこまで深くエルナが考えていたかわからないけど、そう受け取らせてもらうことにする。




