第59話 暗闇からの脱出
精霊樹を堕とす。
確かにそう聞こえた。
兵を動かす権利を持っているということは、シュトーラスは魔族の中でも上位の存在ということだろう。
フュネイト侵攻作戦を任されていたバルドルフやノーラに対しても撤退宣言ができるくらいの権限を持っていた。
それだけの力を持っていて、しかも少人数での行動。
フュネイトの時は単身で行動していた。
只者ではないと思っていたが、まさかここまでとは
「つまり、そういうことだ。
俺ら魔族の手で精霊樹を取り戻す。
お前が駄々をこねてなけりゃ結果は変わったかもなぁ?」
グニスが俺を煽る。
しかし、駄々をこねなくても結果は変わらないだろう。
状況が状況だ。
俺が情報を洗いざらい吐いたとしても、シュトーラスは真っ先に俺を殺すだろう。
そういう奴だ、きっと。
だが、精霊樹を取り戻すという言葉には違和感がった。
精霊樹は確か、精霊が人間の繁栄を願ったもの。
あの言い方だと精霊樹はもともと魔族のものみたいな……
どちらにせよ、一刻も早くここから脱出してこの情報を誰かに伝えなければならない。
だが、生憎俺は動けるような状態ではないのである。
鎖を引きちぎったりするような力はないし、ましてや鎖を何とかしたとしても今の俺がグニスを倒せるとも限らない。
「……万事休す、か」
脱出を諦めかけた時、突如として地面が揺れる感覚に襲われた。
気のせいかと思ったが、そうではない。
確かに地面が……いや、この拷問部屋自体が揺れている。
「な、なんだ……!?
何が起こってやがる!?」
グニスが驚きの声を漏らした瞬間、天井が崩れて何者かが姿を現した。
土煙でまだそれが誰であるかわからない。
しかし、その姿を完全に現した時、もはやグニスは気絶していた。
どうやら強烈な一撃をもらったようで、先程までいた場所から結構吹き飛んでいる。
「世話の焼ける男ね。
あたしに何も言わないで地下逃亡かしら?」
土煙の中から姿を現したのは、エルナであった。
なぜかこちらを見てくれないのだが、なんでだ……?
いや、それよりもどうやってこの場所を……?
「……エルナ!?
どうして……ここが?」
「……協力してもらったのよ。
僅かな残留魔力から位置を特定してね」
「特定?」
そんなことが出来る奴がいたのか……?
疑問に思っていると、先ほどエルナが降りてきた天井の穴から、もう一人誰かが降りてきた。
いや、落ちてきた。
「いたっ……!
エ、エルナさん! 置いてかないでくださいよー……」
見覚えのある栗色の髪の毛。
特徴的な赤いフードを今日は下ろしているようだ。
「リ、リッシェか!?
お前、そんなこと出来たのか?」
「あ、アキトさん……!
魔力器官はないですけど、探知する力はありますから……
怪我……大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……
なんとか……」
あれ、リッシェもこちらを見てくれない。
いや、チラチラとは見てくれる。
顔を赤くしているのが気になるが、しばらくすると普通に見てくれるようになった。
……不思議と覚悟を決めたような顔になっているけど。
「おしゃべりは終わり。
早くここから出るわよ。
追手が来る前にね」
エルナが炎の魔法で鎖を破壊。
晴れて自由に身体が動くようになったが、拷問で受けたダメージのおかげでまともに動けない。
結局エルナとリッシェ、二人の肩を借りてなんとか脱出する。
入る時に使った穴はもう使えないので、出口を探さなければならない。
さすがにこれだけ音を立ててれば馬鹿でも気づくので、シュトーラスも気づいていると思うのだが……
「……見えた。
あの階段を登っていけば外につながってるはずよ」
「おかしいな……追手がこないぞ?」
「来ないならそれでいいわ。
今は脱出が先」
エルナが言ったとおり、階段を登っていくと光が見えた。
久しぶりに浴びた太陽の光は、目が痛くなるほど。
辺りを見回すと見覚えのある景色。
「ここは……ウォレスタ王都か?」
「そう。
地下水道のある区画に随分と使われていない空間があったみたいね。
魔族に利用されることも考えていない上層部だとは思わなかったけど」
ここは商業区の幽霊屋敷近く。
人がほとんど訪れない場所であった。
幽霊屋敷に近いから人が近づかないのも頷ける。
「寧ろ都合がいい。
早く城に行こう……いや、行かなきゃ駄目だ。
精霊樹が……ヤバイ……!」
「……状況から考えても、信じるしかないようね。
でも、アキトの言葉だけだと信じてもらえるか……」
「で、でも今のままだと……
その、危ないと思いますッ!」
「いや、大丈夫だ……ありがとうリッシェ。
今は報告が先だ」
「あ、いや、怪我もそうなんですけど……
そ、その……服を……」
「あ……」
そういえば俺は全裸だった。
服を回収していないので、一度支援所に戻らないといけない。
あー……だからか、エルナがこっちを見てくれないのは。
でもそういうの気にするタイプだったか?
寧ろなぜリッシェが気にしないで話せるのか不思議なくらいだ。
……そうか、リッシェは酒場で働いている。
リッシェの働いている酒場の客は、なぜか酔っ払うと男女関係なく全裸になる人が多い。
俺も一度その光景を見ていたが、まぁそれはそれはすごいことで。
あれか、慣れたんだろうな……多分。
「……そういうことだから、一度支援所に戻るわよ。
アリアとフレデリカを待機させてあるから」
「わ、わかった……
行こうか……」
怪我の痛みなどどうでもよくなるくらいの恥ずかしさがこみ上げてきた。
いや、寧ろ恥ずかしいという感情が生まれるくらいには余裕が出てきたのだろう。
脱出できた喜びよりも、今は恥ずかしさが勝っている。
いいのか悪いのか……わからない。
だがとにかく、魔族と人間による戦争が起きようとしているのは確かだ。
もしもこれが世界の滅亡に繋がるのだとしたら……
俺はこの世界で果たすべきことを、果たす時が来たのかもしれない。




