第6話 異世界のふるさと
ふて寝もどきから目を覚ました時には、辺りは既に暖かなオレンジ色の光りに包まれていた。
夕方――この世界も現実同様に夕方という時間が存在している。
よく考えて見れば、アリアは昨日「一ヶ月」というワードも口にしていた。
現実と同じ時間、日付の感覚かはわからないが、どうやら概念自体は存在するらしい。
身体は朝よりも動くようになっていたので、ベッドから起き上がって部屋の外に出てみることにした。
身体が傷まない程度にゆっくりと、小刻みに、牛歩で進む。
怪我はしていないが、松葉杖が欲しくなるな。
時間をかけてドアまでたどり着き、一呼吸おいてから押す。
この世界のドアはドアノブが付いておらず、押して開けるタイプのドアだ。
バネのような反発力を持っており、人や物が通ったあとは自動的に元の位置まで戻る。
西部劇の酒場などでみるようなスイングタイプのドアが大型化されていると考えれば話が早い。
普通のドアに慣れているため少し不便だ。
そういえばさっき食事を運んできた女性も、片足でドアを押さえてたな……
そうしなければドアが開いた状態を維持できない。改良の余地があるのではないだろうか。
部屋の外に出ると、左右に分かれた廊下と、目の前に広間があった。
広間には簡素な机と椅子が幾つか並べられており、向こう側にはまた左右に分かれた廊下とドアがある左右対称的な造りだ。
あれ……外はどっちだ?
外へと繋がる場所がどこにあるのかわからないぞ。
やはり部屋に居たほうがよかったかと思っていると、突然声をかけられた。
声の方向を向くと、廊下の先から歩いてくる人が見える。
先ほど食事を運びに訪れたエプロンドレス姿の女性だ。
やはりここに仕えているメイドさん的な人なのだろうか。
「アキト様、お目覚めになられたのですね。
昼食を運んだ際、気持よく寝てらしたので起こさずにいました」
「あ、そうだったんですか、すみません。
ちょっと外の空気を吸いたいなぁって思ってたんですけど、外へはどうやって?」
「アキト様のお部屋から向かって左側の道を進んでいただくともう一つ広間がございます。
その広間に外への扉がございます。
大きな扉なのですぐにわかるかと」
「なるほど、分かりました。
ありがとうございます」
礼を述べて早速教えられた方へと進む。
しばらく歩くともう一つ大きな広間があった。
造りとしてはホテルのエントランスロビーのようになっている。
カウンターと対応するエプロンドレスの女性がいて、広間の端の方にはテーブルとイスが置いてある。
ここは騎士が寝泊まりするだけではなく、宿屋のような役割も担っているのだろうか。
カウンターの女性に軽く礼をしながら、先のメイドさんが言っていた扉を開ける。
すると、すぐに光が飛び込んでくる。
正面に光源……太陽だ。
「すげえ……
めっちゃ綺麗だ」
どうやら宿舎はウォレスタ城の近くに位置していたようで、夕日に照らされた町並みが一望できた。
町の外の様子もわずかながら見ることができる。
人々の行き交う街は夕方とはいえ活気に溢れていて、衰える様子が全く見られない。
目を閉じて耳を傾けると、風の音や人々の声が交じり合い一つの音楽と化している。
街が一体となっているように感じられてどこか嬉しく思う。
自分が育った街でもなく、ただ一晩だけ過ごした街。
なのにこの光景、この感覚を得ただけで心が踊ってしまうのはなぜなんだろうか。
あえて表現するなら「なんとなく」なんだろう。
理由など必要でないくらいに、すばらしいと心が感じている。
だから「なんとなく」なんだ。
「アキト、身体はもう大丈夫なのか?」
はっと目を開けて振り向くと、気づけばアリアが立っていた。
目を閉じていた時間は一瞬、いや、そうでなくてもとても短い時間だと思っていたのだが……
どうやら意外にも長い時間目を閉じていたみたいで、アリアの接近に気づくことができなかった。
「まだ少し痛みますけど大丈夫です。
今日はすいません……でも明日から頑張ります!」
アリアは頷くと「その粋だ」と言って俺の隣にやって来ると、ウォレスタの風景を眺め始めた。
一瞬だけドキリとしたが、悟られないようにまた風景を眺める。
しばらくの間、お互いに無言の時間が続いた。
街から流れてくる音楽が二人に共有され、重なっていくような感覚になる。
「すごく、いい街ですね」
「あぁ、そうだろう。
私の……いや、私達の街だ」
多くは語らない。
しかし、アリアがこの街を大切に思っているこは伝わってくる。
俺も同じようにこの街を大切にしていきたいと思う。
異世界に来てから初めて訪れた街。
始まりの街と言ってもいいだろう。
きっとここが異世界での俺の故郷。
そう思うと、少しだけ心が引き締まったような感覚になる。
「……なぁアキト。
なぜアキトは戦う道を選んだんだ?
こういうのもなんだが、断ることもできただろう」
アリアがこちらを向いて尋ねる。
正直、あの場面だと断りづらくてしょうがないのだが、それを言うのはナンセンスだ。
「そう、ですね……
この世界についての知識がないのもそうなんですけど、強いて言うなら……」
少しの間。
アリアはその間、ただこちらを見つめて解を待つ。
「……生きるため、ですかね。
まだ、ちゃんとわからないんですけど……」
曖昧な答えだ。
けど、戦う道を選んだ理由は生きるためだから。
本当だ。
世界を救うという大きな目標よりも、生きるという小さな目標のために戦う。
今は、それで十分だ。
放たれた答えにアリアは一言、「そうか」とだけ残し、再び風景に目を戻す。
「……アキト、絶対に勝つぞ」
「はい、勿論です」
それ以外、言葉はいらない。