第55話 心の棘
幽霊屋敷から出た俺は、当初の同じ大通りに戻ってきた。
もう夜だというのに、中央通り相変わらず人々でごった返している。
先程まで人がいなかった商業区も、今は普通に人がいるという状況だ。
「どうしよっかなー……
このこと、報告するべきか……?」
「何が報告すべきなのよ」
空を見ながら独り言を呟くと、不意に声をかけられた。
俺の独り言に対する返答をしたのは、餅団子を両手に持ちながら精霊祭を満喫しているエルナ。
普段は着ている防具すら装備せずに立っている。
美味しそうに餅団子を食べるのはいいが、今って仕事中だよな?
「あ……いや、なんでも。
てかお前、なんでそんな格好で餅食ってるんだよ」
「あひらはにひひだってわはるはっほうらとふひんひゃをふははえられらいれひょ?
ふふうほはっほうでひははりひふふ、ふひんひゃをみふへるのよ」
「とりあえず団子食べてから言ってくれ。
わけがわからん」
そう言うと、エルナは仕方なさそうに餅団子を飲み込んでから話し始める。
最初からそうしてくれ。
「明らかに騎士だってわかる格好だと不審者を捕まえられないでしょ?
普通の格好で見まわりしつつ。不審者を見つけるのよ」
「……その言い方だと、不審者を見つけたって感じだな」
「誰かさんが逃がした不審者ならもう捕まえたけど?
まぁ精霊祭の活気を利用して何かしようって連中がいるのは確かね」
「見てたのかよ……。
報告しようにもわざわざ遠くの騎士のところまで行かなきゃいけないから面倒なんだよ」
「まぁ仕方ないわね。
そこはアリアに鍛えられたんだから走ればいいでしょ」
お前簡単に言うけど人混みを走るのって大変なんだぞ?
こいつが全力ダッシュしている様子なんて想像できないから、多分言っても無駄だろうけど。
「あー、音の魔法でもあればなぁ……
エルナ、音の魔法みたいなのはないのか?」
「音……ね。
あたしは聞いたことないわ。
あの子なら知ってるんじゃない?」
そうしてエルナが指差したのは、中央通りを歩くリッシェであった。
リッシェの働く酒場は精霊祭の間、閉店せずにずっと営業している。
かなり忙しいように見えたが、今は休憩中なのだろうか。
「おーい! リッシェー!
ちょっといいかー?」
周りの声にかき消されないように大声で叫ぶ。
リッシェはなんとか俺の声に気づいたようで、辺りを少し見回して俺を見つけると、ご自慢の赤いフードを揺らしながら走ってきた。
「アキトさん、お久しぶりです。
どうかしたんですか?」
「あぁいや、ちょっとな。
リッシェ、音の魔法って知ってるか?」
「音の魔法……ありますね。
魔族の間では秘密裏に情報をやり取りする時なんかに、音を魔法で飛ばして会話したりしてます」
「音の魔法は存在する……」
その瞬間、俺の脳内を電流が駆け抜けた。
なぜ最初に音の魔法の存在を考えたとき、想像できなかった?
疲れていたからなんて理由は通らない。
普通なら思いつくし、真っ先に考えないといけないことなはずだ。
「あの厨二病が言ってたことを考えると……
やっぱりそういうことか……」
「なによアキト。
柄にもなく深刻そうな顔して」
いつの間にか餅団子を全て食べ終えていたエルナ。
頼む、今はちょっかいを出さないでくれ。
でもこれを伝えたところで誰が信じるっていうんだ?
あいつの言っていたことをそのまま伝えて信じる奴がいるのか……
いや、伝えようとしなければ伝わらない。
例え伝わらなくても、伝えようとすることは忘れてはならないんだ。
「エルナ、今から言うことを信じるかはお前次第だ。
でも、出来るだけ真面目に聞いてくれ」
エルナの両肩を掴んで、訴える。
出来るだけ真剣な表情で、エルナの金色の瞳から目を逸らさずに、じっと見つめる。
「は……?
ど、どうしたのよ急に……」
突然のことに驚いた様子のエルナだが、この状態ならいつもの様にあしらわれることはないはず。
そう信じるんだ。
「……実は、魔族は精霊樹を堕とす計画を立てている。
もしかしたら、もうその計画が動き始めているかもしれないんだ」
「……どういうことかしら。
詳しく説明して」
俺はエルナに魔族の計画を話した。
あくまで自分の予想としてだ。
幽霊屋敷の一件を引き合いに出しても信じてもらえそうにないからな。
魔族が精霊樹を堕とす計画を立てていて、その計画を動かすなら今がチャンスということ。
この精霊祭では、リノシアの兵士も駆りだされている。
精霊樹に最も近い国はリノシアで、その兵士が今は少なくなっている状況だ。
ウォレスタの兵士も、精霊祭で忙しい。
そして今日見た不審者。
奴はもしかしたら、ウォレスタの現在の情報を、音の魔法で魔族に伝えていたかもしれない。
想像の範囲にすぎないし、今まで魔族が動かなかったことすら不思議に思える。
しかし、フュネイトでの計画が失敗したからこその行動だと考えればどうだろう。
魔族は今、結果を求めているのかもしれない。
人間よりも優位に立つための結果を。
「……なるほどね。
もしかしたら、そうかもしれない。
でも、本当かどうかはわからないわ。
あたしも調べてみるけど、今は動かないほうがいい」
「わかった。
俺も上手く調べてみる。
怪しまれない程度に……」
会話を終えると、エルナは中央通りの人混みに消えていった。
餅団子を食べていたときの表情とは違う、獲物を見るような表情で。
「あ、あの……
本当に魔族は精霊樹を……?」
話を聞いていたリッシェが尋ねてくる。
リッシェには出来るだけ精霊祭を楽しんでもらいたい。
「いや、わかんない。
もしもの話だからな。
引き止めてごめんな、明日は休憩になったら酒場に行くよ」
「そ、そうですか……わかりました。
お待ちしてます……!」
そう言ってリッシェも人混みの中に消えていく。
先程までは楽しげに聞こえていた人々の声が、今は全て怪しく感じる。
全部が演技で、俺を騙そうとしているように。
心の何処かに刺さった棘が抜けないまま、精霊祭一日目は終わった。
ゆっくりと、確かにその時は迫っている。
そんな気がするのだ。




