第49話 今じゃなくても
「いつまで唸ってるのよ、もうそろそろウォレスタに着くわよ?」
俺は今、フュネイトからウォレスタを目指す船にいる。
女王が船を貸してくれたことで、国近くにある港から直接出港することができた。
行きよりも早くウォレスタに着きそうだなぁと思いながら、俺はただひたすらに「ア"ア"ア"ア"ア"」と唸っている。
ここ三日間くらい唸っている。
何をって、そりゃ恥ずかしいからだ。
女王の言い方だと、フュネイト城にいる人たちは大体全部知ってるわけだよな?
俺とフレデリカのやり取りを知ってるわけだよな?
「もうフュネイト行けねぇよ……
恥ずか死ぬわ……」
「何よその意味不明な単語は。
『死にたがり』もここまで来るとお笑いね。
女じゃないんだから堂々としなさいよ。
アキトがそうしないと、フレデリカもずっとあの調子のままよ?」
そう言ってエルナが視線を送るのは、何処か遠くを見つめるフレデリカ。
海を飛ぶカモメのような生物を見ているのだろうか、違う気もする。
フレデリカの後ろでは、声をかけようかどうしようか悩む勇者様の姿があった。
いつもは男らしい勇者様がうろたえているいう現象すら起きている。
「……これ全部俺のせいか?」
「さぁ、どうかしら。
とにかくこの現状はよくないでしょ?
収拾はつけなさいよね」
エルナはそれだけ言うと、部屋へ戻っていった。
おどおどしていた勇者様も、エルナが戻る様子を見て部屋に戻る。
こうなればまぁ、やることは必要だよな。
「まさか……半魔族の人たちに知られることになるとは」
フレデリカへ近づき、一呼吸置いて話しかける。
言ってから、独り言のようになってしまったかとも思ったが、どうやらフレデリカはちゃんと俺の言葉を受け取ってくれたみたいで俺の方を向いてくれた。
「本当よね……
いつまでもこんな調子じゃ駄目だってわかるんだけど……」
「でs……だよ、なぁ……
特に後ろめたいことではないんだけどなぁ……」
「色々気を使わせちゃったっていうのもあるのかな。
ダリア女王も言いにくそうだったし」
「あの人のことだから普通に言えると思ってたんだけど、ちょっと戸惑ってたな」
「そうよね。
クロム様に聞いたけど、心を読めるんでしょ?
尚更恥ずかしいよ、それ……」
そうか、俺だけじゃなくフレデリカの心も読んでいたことになる。
となると、もしかしたら俺よりも重症……という言い方もおかしいが、何を読まれたかによって恥ずかしさのレベルも変わってくるというわけか。
「ちなみに、何を読まれたんでs……
な、何を読まれたんだ?」
「そ、そんなの言えるわけないじゃない!
余計に恥ずかしいって!!」
そう言われると気になる。
いや、気になってしまうのが俺という人物。
だが深く詮索はしない。
気にはなるけど。
「で、でも……」
フレデリカは再び海を見つめ、少し儚げに言葉を放った。
「あ、アキトのことでは……あった、かな」
思わず目を丸くし、フレデリカを見つめた。
その視線に気づいたフレデリカはみるみるうちに顔が赤くなっていき、慌てた様子を見せる。
瞳と全く正反対の色をした頬の色だ。
「や、やっぱり今のなし!
聞かなかったことにして!」
「え!?
ちょっと流石に無理ですって!
気になりますって!」
「そこはアキトの気合で何とかしてよ!
こっちはもう何か色々と駄目なんだから!」
「何か色々ってなんですか!?」
「いいからもう気にしないで!
あと、かしこまりが出てる!」
非常にカオスな会話である。
先程まで二人で「あぁ、何か今度からフュネイト行きづらいなぁ……」って話をしてたはずなのに今はそういうレベルじゃないんだから。
でもこんな時でもきっちり俺がどう話をしているかわかるんだからフレデリカ、結構余裕なのでは?
「あ、あぁすいま……ごめん。
でもなんだか気になって……」
「い、いいよもう。
そんなことよりほら、もうウォレスタ見えてるよ」
フレデリカの指差す先には、数日ぶりに見えるウォレスタの大地が広がっていた。
小さく王都と城が見えるので、なんだか懐かしくて帰ってきたという気分になる。
「本当だ!
うわぁ……やっべえ、帰ってきたんだなぁ、俺!」
「……そういえば気になってたんだけど、アキトの出身はどこなの?
ウォレスタではないのよね?」
そう言えば俺はフレデリカに出身を話していなかった。
てっきりアリアから聞いていたと思ったんだけど、そうではないみたい。
……どうしよう、言うべきなのか?
でもなんか混乱しそうだし、今の彼女にそれを課すのは駄目だな。
「すごく遠いところです。
ここから行くには途方も無い苦労が必要なくらい、遠いところです」
「遠い……ところ……?」
フレデリカは繰り返し言った。
それは俺に向けられたものではなく、何処か違う、何かへ向けられたものだと俺は思う。
彼女にしか、その真意はわからない。
「そっか。
それじゃ、中々帰るのは難しいよね。
いつかアキトの住んでた場所に行ってみたいな」
「帰るのは難しいですけど、いいところです。
アリアさんやフレデリカさん、エルナや勇者様にガーティス。
みんな見たら驚くと思いますよ」
「……かもね」
フレデリカは海を背に微笑む。
寂しげ……というよりは少し楽しげなように見える。
ちょっとは彼女の心を軽くできただろうか?
フュネイトでの事を素直に受け止めてふんぞり返れるくらい、俺とフレデリカは成長できると思う。
それは例え今じゃなくてもいい。
いつか過去を振り返った時、そうなれればいいのだ。
「アキト、かしこまり出てるよ」
「え?
あっ……!」
だけどまだ、敬語が完全に抜けるのには時間がかかりそうだ。




