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第4話 時速400kmの無茶振り

 門扉の先には、大きな街が広がっていた。

ここがアリア達の暮らしている街、王都ウォレスタ。

商人ならば一度は訪れると言われるほど商業が発達していて、他の国に展開している有名店の本店が多数存在している。


 ウォレスタはその街柄、主に民間区と商業区そして鋼業区に分かれており、それを成すのがこの街の特徴とも言える巨大な通り。

区を分けるため逆T字型に整備されていて、南に民間区。北西に鋼業区。

そして北東に商業区が置かれており、鋼業区と商業区に挟まれる中央通りは大きな市場として機能している。


 街の中央には広場があり、そこから案内されるように通りが伸びているのだ。

通りの末端にはそれぞれ街の外へ出るために東西の門が設置。

南北の門が存在しないのは民間区が南に置かれているのと、北にはウォレスタの城が聳えているからだ。


 俺がこの世界に来た時に目にした壁の向こうの建物はこの城の城壁塔であった。

ウォレスタ城は王都のどこからでもその一部が見えるほど巨大で、国の強さの象徴として今もなお一部が改築されている。

実際に秋人が通りを歩いていると、確かにどこからでもその姿が確認できた。


「すごいですね、ウォレスタの街!

 めっちゃ大きいし、人も……種族も多いし。

 まさに王都って感じがします」


 普通の人間だけではなく、猫耳姿の人間や、悪魔のような羽を生やした者もいる。

半魔族と呼ばれる種族で、その名の通り魔族と人間のハーフだ。

アリアの話しによると、半魔族がこうして堂々と歩ける街は少ないらしい。

なぜなら、魔族と人間は昔から長きに渡り争っているからだ。


 一時期、共和を目指したこともあったのだが何者かが魔族の王を暗殺したため再び戦火が灯った。

今は戦い自体は少ないが、互いに気を張っている状態らしい。


 故に半魔族という不安因子を受け入れる街は少ない。

ウォレスタ王都はその数少ない街の一つであり、なおかつ商業の権利も与えている。

そのため多くの半魔族が集まってくるのだ。

種族柄その絶対数が少ないため、人口問題にも大きな影響はないらしい。


「ウォレスタは商業で言えばこの世界で最も優れている。

 戦闘術においても他国に負けはしない。

 なにせこの街のには、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)こと、アリア様がいるのだから」


 ニックの熱弁に面を食らうが、ドラゴンを倒した時のアリアを想像するとそれもそうだと思えてくる。

ドラゴンを倒せるような人間がこの世に何百人何千人といたらたまったものではない。

本当に俺がどうにかしなくても世界が救われてしまうぞ。


「よしてくれニック。

 私はまだまだ未熟だ。

 それに、私より『赤髪の剣狼』のほうがよっぽど強いさ。

 私が彼女に勝てるのはドラゴン討伐の腕だけで、剣技じゃ敵わない」


 赤髪の剣狼とは誰のことだ?

『剣狼』という言葉から屈強であり、なおかつ繊細で素早い攻撃が可能な戦士と想像するが……


 おそらくこの国の中でもトップクラスの実力者だ。

ドラゴンを倒したアリアでさえ敵わない剣士がいるのか……

それじゃあなおさら俺、いらなくね?


「しかしアリア様、奴はめったに姿を現さないじゃないですか。

 騎士だというのにろくに鎧も着ずに軽装で行動!

 その上にいざ戦いとなれば『面倒くさい』の一言で出陣拒否!

 あんな奴よりアリア様のほうが強いに決まってます!」


 どうやら狼は相当気まぐれらしい。

狼というより猫……

しかし戦士……いや、騎士でありながら戦いに参加しないとはどういうことなんだ。


 本当に面倒くさいという理由だけなのか? もっと他に理由があるんじゃないか。

余計な思考がぐるぐると回り出す。

答えが詰め所に着くまでに出て欲しいと思いながら、歩を進める。

アリアを褒め称えるニックの声はその間もとどまることを知らなかった、




 結局、脳みその回転が終わる前に詰め所に着いてしまった。

この道のりの間にわかったことはただ一つ、『アリアは凄い』。

ニックのせいで何の気持ちの整理もつかないままこの先の話をすることになった。


 簡素な四人がけの机に、アリアとニックが正面になるように座る。

アリアは背負っていた大剣を壁に立てかけた後に座ると、すぐに結論から話し始めた。


「さてアキト。キミが異世界の人間だというのは信じよう。

 服装や知識量でわかるからな。

 しかし、世界を救う『救世主』であるというのは、やはり信じられない」


 ドラゴンを前に逃走した人間が世界を救えるとは俺自身も思っていない。

魔王さえ越える存在が相手と考えればなおさらだ。

戦う以外の方法で世界を救うことはできるかもしれないが、その確率も高いわけではない。


「今後の生活はどうする?

 この国で何の技術も持たない青年が一人で生きていくのは難しい

 あまりにも酷な仕打ちだと私は思う」


 異世界召喚なら、召喚者がいるため今後の生活がどうにかなっただろう。

転生ならば新たな人生がここで一から始まっている。


 だが俺は違う。

裸一貫でこの世界にやってきた俺は、自分自身の力で生きていかなければならない。

世界を救う前に餓死なんてことも全然ありえるわけだ


 よく考えてみれば……いや、よく考えなくてもだが、俺には何の能力もない。

戦闘能力はおろか知識もだ。

店屋で働くにしろ知識がまったく足りない。

力仕事ならできるか……?

いや、半魔族に仕事を取られていることも考えられる。


 一体どうすれば一人で生きることができようか。

今はすがることでしか生きていけないのか俺は。

アリアやニックに頼み込んで解決策を出してもらおうと考えたとき、アリアが口を開いた。


「……私がどうにかしよう。

 上に掛け合えば騎士団へ……」


「ま、待ってくださいアリア様!

 こいつは素人です!

 騎士団に入団できるのは実力者のみと、国王が直々に仰っていたではありませんか!」


 アリアの言葉を遮ったのはニックだ。

騎士団は実力者のみが入団を許されているらしい。

俺は戦闘において素人で、アリアもそれはわかっているはずだ。


「わかっている。

 しかし入団できないのは、『実力がない者』。

 実力さえあれば何の問題もないだろう?」


「た、確かにそうですが、こいつが素人なのはアリア様もわかるでしょう!

 一体何を考えているのですか!?」


 ニックの声が次第に強くなっていく。

アリアが挑発的な事を言ったのもあるが、焦りのようなものが感じられる。

まるで俺が騎士団にいては困るというようにだ。


 素人がいたら困るのは確かだが、そもそも素人は騎士団へ入団できないのだ。

何が問題なのかわからない。

ついでに、アリアが考えていることもわからない。


「……ニック、アキトと模擬戦を行え。

 それでもしもアキトが勝てば、実力者とみなし騎士団へ入団。

 負ければこの話は無し、ここを出て行く。

 これでどうだ? もちろんハンデはなしだ」


 一瞬、思考が完全に停止した。

信じられない言葉を聞いたからなのか、むしろ聞かなかったことにしたいからなのかわからないが、確かに止まった。

それはニックも同じようで、言葉が出ないという様子。


 俺がニックと戦えば、多分、普通に負ける。

もしかすれば、死ぬ。

一体何を言っているんだアリアは。


「今の状態では勝ち目がないから、一ヶ月間だけ私がアキトに稽古をつけよう。

 それで勝てるかわからないが、どうだアキト、ニック?」


 両者に目配せするアリア。

なるほど、と一瞬だけ思ったがそれでも素直にYESとは言えない。

普通に無理だろどう考えても。


 返事を返せずにいると、ニックが仕方なさそうに頷いた。

おうおう待て待て、マジかお前。

アリアもそれでいいという感じで微笑んでるし。


「正直、いくらアリア様が稽古をつけるとはいえ一ヶ月間の間だけ。

 負ける気がしませんよ」


 「それに、アリア様の剣は私が傍で八年間も見ているのですから」とニックが俺を睨む。

思わず肩を震わせたが、落ち着いて冷静に考えてみよう。


 戦うといっても、それは一ヶ月後だ。

つまり、アリアはここで誘いに乗れば、一ヶ月は衣食住を保証すると言っている。

その間に生活の目処がつきそうなら、そちらにシフトすればいいし、そうでないならニックを倒して騎士団への切符を手に入れればいい。


 そう言っている。そうに違いない。

騎士は命を賭ける仕事だが、正直、今は生きる道筋を選んでいる暇がないのだ。

ならば返事は決まっている。というか、それしかない。


「やります……やります!

 俺、ニックさんと模擬戦、やります!」


 「そうか」と、返事に頷いたアリアは、壁に立てかけてあった大剣を持ち俺を外に出るように促した。

はてなマークを頭上に浮かべつつ外に出ると、アリアは今日一番の笑顔でこう言った。


「よーし、では早速はじめよう。

 私の稽古は厳しいからな、覚悟はいいか?」


 何を……?

言わずとも決まっている。

それが稽古であると。

それが修行であると。

アリアは純粋に俺を鍛えて、模擬戦で勝利を飾って欲しいと考えているようだ。


これから一ヶ月、至って普通の人間に、至って普通ではない特訓の日々が待ち受けている。

……俺、死ぬんじゃないか?

戦わなくても、生き残れない!

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