第40話 豪勇のアキト
「あぁ、見たけりゃ見せてやるよ。
俺の完璧な作戦をな!」
俺はそう言って荷物の中から紅魔晶石を取り出す。
左手が使えないので少々戸惑ったが、敵に隙を見せるようなレベルではない。
俺が手に持っているものを見て、さしものバルドルフも驚いた様子である。
「ノーマン……!
まさかそれを……!」
「あぁ……!
そのまさかだ!」
手の中にある紅魔晶石を勢いよく砕く。
その瞬間、身体中に電流が走ったような痛みが走った。
身体の中を何かが掻き回しているような感覚と、内側から肉体を破壊していく激痛に悶えそうになっていく。
それでも、ここで正気を失えば作戦は台無しだ。
正気を失わないように思い切り腕を齧る。
生半可な痛みではいけない。
柔肌を歯が貫通し、血が流れる。
それでも足りない。
全身を爪で掻きむしり、血の涙を流しながらも魔力の逆流に耐える。
やがて、魔力が身体に馴染んだようで痛みが引いていく。
赤黒いオーラが俺を包み込み、力という力が溢れるようだ。
今までの痛みがウソのようだ。
「……こいよ、バルドルフ」
そう呟いて、剣を構え直す。
先程まで使えなかったはずの左腕が動く。
依頼者が言っていた身体能力強化の魔法がここまでだとは。
そして、これほどの魔力が放たれたのだ。
フュネイトの半魔族はこれに気づくはず。
エルナとも距離をとったので影響はほとんどないはずである。
あとは俺の身体は崩壊するまで、時間を稼ぐ。
「ノーマン、お前の覚悟は認めよう。
オレの全力で殺してやる」
「死ぬのはお前だよ、バルドルフ!」
バルドルフが駆けた。
ほんの少し前までは目で追えなかった動きがすべて見える。
まるで世界がスローになったかのようだ。
「それじゃあ……遅い!」
剣を逆手に持ち、こちらも駆ける。
バルドルフに接近し、奴の斧が振るわれた瞬間にジャンプ。
相手が驚いたような顔をするが、それさえスローだ。
斧の柄に着地し、さらに跳躍。
バルドルフの後ろに回り込むとそのまま剣を突き刺す。
筋力も増加しているので剣はねじ込まれるように鎧を貫通した。
「……ぐぅッ!?」
「まだまだ……!」
剣を抜き、バルドルフを蹴り飛ばした。
巨体が宙を舞い地面を転がる。
相手の体重なんて気にしなくていい。
蹴れば、吹き飛ぶのだから。
流石に今の動きには無理があったようで、脚が変な方向に曲がっている。
でも、少し捻れば治る。
異常なまでな回復力に自分でも驚いているが、今はそんなことはどうでもいいのだ。
「どうした……バルドルフ。
さっきまでの威勢は……!」
ゆっくりとバルドルフに近づていく。
いくら回復力が異常とはいえ、無理をすれば身体に負担がかかる。
痛みはマシになったものの、時々内側から刺すような痛みが俺を襲うのだ。
それを悟られれば、相手に付け入られる。
「悪いけど、手加減はしてられないんだ。
さっさと片付けさせてもらうぞ……!」
地を蹴り踏み込んだ。
しかし、バルドルフに辿り着く前にそれは邪魔される。
目の前から幾多の火が俺めがけて飛んできたのだ。
「くそっ!……なんだこれ!」
剣を振るい火球を払う。
火球は一つもオレの身体に当たることなくその残弾を失った。
しかし、こちらの方も剣にダメージが残る。
もうボロボロなので使えそうにない。
仕方ない、この際素手だ。
剣を捨て、再びバルドルフの方を見る。
すると、敵の数が増えていた。
青肌の魔族と……エルナ。
おそらくエルナは、紅魔晶石の魔力を感知した青肌の魔族を追ってきたのだろうけど……
ところどころにダメージの跡が見える。
肌がいい感じに露出しているのでちょっと、あの直視しにくいんだが、それはどうでもいい。
今の俺を見て、明らかに怒っているというのが問題だ。
そりゃ、まぁ、嘘もついたしそうなるのも仕方ないか。
「バルドルフ……
これは一体どういう状況?」
「ノーラ……!
あのノーマンは、禁術を使った……
作戦は失敗だ……」
「……生み出した魔物は全てフュネイトへ放ったわ。
少しは時間稼ぎになるでしょうから、その間にこの子を殺すわよ」
魔族二人が俺へと構える。
どうやら諦める気はないようだ。
この二人までフュネイト進軍に合流したらマズイ。
せめて時間もう少し時間を稼がなければ……
「アキト……
これがあなたの作戦なの?」
エルナが俺に問いかける。
俺は回答を悩んだが、もう誤魔化す必要もないので話すことにした。
できるだけ怒りのボルテージを上げないように。
「……あぁ、そうだ。
嘘をついて悪かった。
でも、これしか方法がなかったんだ。
仕方ないだろ?」
「はぁ、本当にアキトは救いようがないわね……
いいわ、この件については後でじっくり聞かせてもらうから。
今は、あいつらをどうにかするわよ」
エルナがこちらに来てレイピアを構えた。
魔族側、俺ら側……どちらも睨み合って動かない。
下手に動けばやられるのを知っているからだ。
しかし、動かなければ状況は変わらない。
もしかしたらヤバイ魔法でも展開されてるかもしれないしな……
仕方ないが、俺から仕掛ける。
地面を蹴るとともに腕を引き絞り、拳を放った。
狙ったのは青肌の魔族。
相手は寸前でオレの動きに気づき、バリアを張ったようだ。
でも、関係ないな。
一打、二打、三打。
殴りつけて行く度にバリアにヒビが入っていく。
「これでどうだ!」
最後の一撃を放つとバリアは粉々に砕け散り、相手を防ぐものは無くなる。
これで拳が届くかと思えば、右方から別の攻撃が迫っていることに気づいた。
バルドルフの、拳。
それは避けることが出来ずにまともに受けて吹き飛んでしまう。
だが、これは利用させてもらうぞ。
吹き飛ぶ勢いを利用し、着地とともに相手へ跳ぶ。
そして拳を放つと、バルドルフは先程よりも遠くへ吹き飛んだ。
拳は鎧を砕き、おそらく骨や内臓にまでダメージが通っただろう。
この後、俺の拳がどうなるかわからないがな。
ふと横を見ると、青肌の魔族とエルナが交戦している。
どうやらエルナが隙を突いたようで一方的に押しているじゃないか。
これならイケる。
バルドルフに追い打ちをかけようとしたその時。
脚に一切力が入らなくなった。
力が抜けていき、動けなる。
まさか……もう反動が来たってのか!?
俺の身体が貧弱ってのもあるが早すぎるぜ、おい。
「アキト!
どうしたのよ!」
エルナの声がする。
それのおかげで何とか力が戻った。
あと少しなら、動ける……!
俺は全身の力を振り絞り、走る。
バルドルフは今ようやく起き上がったようで、隙だらけだ。
今なら渾身の一撃を放つことができるだろう。
再び腕を引き絞り、バルドルフ目掛けて拳を放った。
しかし、それは突如として目の前に現れた何者かによって防がれてしまう。
一体何が起きたのかと、俺の一撃を防いだ者を見る。
それは全身黒色の……魔族。
俺の渾身の一撃が、片手で防がれているのだ。
紅魔晶石の力で力が倍増した一撃を、だ。
「……シュトーラスか。
この作戦をお前は知らなかったはずだ」
「そうですね。
しかし、異常な魔力を感じたものですから……
なるほど、こういうことですか」
バルドルフがシュトーラスと呼ぶ魔族は、背中に自らの背ほどもある太刀を装備していた。
異形というには相応しい七つ目が、オレンジ色に怪しく光り俺を見つめている。
「バルドルフ、ノーラ!
作戦は中止です。
魔物を囮に私たちは撤退します」
声を張り上げて作戦の中止を告げるシュトーラス。
交戦中であったノーラは、その言葉に反応し退く。
しかし、撤退してくれるのは助かる。
俺も紅魔晶石の反動でそろそろ身体がヤバイ。
もしここで再び戦闘となれば確実に死ぬだろう。
「……今の攻撃は中々でした。
しかし、今度は必ず私が貴方を殺します。
またいつか会いましょう」
そう言うと魔族の一味は空間の中へ溶けるように消えていった。
先程までシュトーラスに掴まれていた拳が自由になるとともに、全身の力が抜ける。
紅魔晶石の力が完全に潰え、反動だけが残った。
腰が抜けたのかわからないが、情けないことに女の子のようにその場に座り込む。
「アキト……!
ちょっと、あなた大丈夫?」
「あ、あぁ大丈夫……
でも……」
俺の脳裏にはシュトーラスの姿が鮮明に残っている。
バルドルフを圧倒した力を、いとも簡単に片手でねじ伏せた魔族……
もしこの作戦を動かしていたのが奴だったら……?
考えるのが恐ろしい。
でも、現に作戦は成功した。
それでいいじゃないか。
俺はそのまま砂浜に倒れこみ、空を見上げた。
あまりに心地いいので眠りそうになるが、そうもいかない。
身体がちゃんと動くようになったら、フュネイトへ向かわなければ……
でも今は、少しだけ作戦成功の余韻に浸らせてほしい。
青空が、作戦の成功を祝福するように笑っているような気がした。
これは修正後の40話となっています。
修正前の40話「空の心臓」を活動報告にて掲載しました。
よろしければそちらの方も合わせて御覧ください。




