第28話 引き金
鍋の修理が思ったよりも時間がかかった。
持ち手の部分が木でつくられていて、そのネジ止めのようなものが緩んでいると聞いたはず。
実際は持ち手を繋ぐ部分に亀裂が入り、そこから水が侵入。
木が腐ってしまっていたのだ。
結局腐った木を全部除去し、新しい持ち手部分を作ってくっつけた。
正直、その持ち手を作る作業が一番時間を要したよ。
お昼からのお客さんがまだ来ていないのが救いだ。
「よーし……これで完成っと」
「お疲れ様。
大分いい感じじゃない?」
自分で言うのもなんだが、自信作だ。
前の持ち手よりも、かなり持ちやすく作ったからな。
これで手首の負担が減るはず……
鍋の修理が終わり一息ついていると、扉が開かれる音がした。
その後少し遅れて扉に取り付けられたベルが音を鳴らす。
現れたのは、頭にターバンのようなものを巻いた商人らしき男だった。
ナイスタイミング。
「……ここが国騎支援所で合ってるか?」
「えぇ、合ってますよ。
この前予約された方ですか?
「あぁ、今日の昼に来ると連絡した者だ。
早速だが、話を聞いてほしい」
そう言うと男はカウンターに座る。
俺も正面に位置するように座って、その話とやらを聞くことにした。
「それで、どんなお話ですか?」
「……あまり大きな声では話せない。
これを俺が持ってきたことを誰にも話さない、そして話を大きくしないことを約束してくれ」
「わかりました。
約束しましょう」
「……これを見てくれ」
男は鞄から紅色の結晶を取り出した。
それはとても美しいのだが、まるで血に塗れたような色をしている。
光を反射させ、こちらを鋭く睨むように輝きを放つ。
結晶を見た途端、フレデリカが立ち上がった。
それがどんな物であるかを知っているという素振りで彼女は手を震わせる。
「これは一体?」
「知らねえか。
まぁ無理もねえ。
一般には広まらねえからな」
「……それは魔晶石よ。
かなり純度の高い魔晶石」
俺の疑問にフレデリカが答える。
魔晶石、魔力や魔法を結晶化させたものだと聞いた。
純度の高い魔晶石は紅色に輝くというのは初めて知ったが。
「ねぇ、それは何処で?」
「それは言えねえ。
今回の依頼はこいつの処分だ」
「魔晶石の処分……ですか」
そういえば魔晶石をどうやって処分するのかわからない。
捨てるとかそういうレベルの物ではないことはわかる。
だが、手順が一切わからない。
現代なら危険物取扱者の資格が必要だろう。
「この魔晶石……まぁ、紅魔晶石としよう。
こいつに閉じ込められた魔法は『身体強化』の魔法だ。
だが、魔法として使っての処分はオススメしねえ。
売ることも同じだ。
俺はこいつの完全な抹消を頼みたいんだ」
「わかりました……
しかし、魔晶石の処分方法がわからないんですよね」
「魔法のことならフュネイトの半魔族がよく知ってる。
あいつらは魔法に敏感だ。
魔法の発動なんかを探知できるくらいだからな。
あいつらなら紅魔晶石の処分方法がわかるはずだ」
「なるほど……
今回の場合、かなり危険な作業が予測されます。
一応、失敗する可能性もあることを承知ください。
「その時は、お前の肉体で処分してくれ」
無茶を言うな、この依頼者。
オススメは出来ないけど最終手段ってか……
まぁ今回の場合、失敗=死だから同じようなものかもしれないけどさ。
「……頑張ります」
「……ちょっと、アキトさん。
本当にこの仕事受けるの?
この魔晶石がどんなものかわかってる?」
心配したフレデリカが俺を小突き、小声で聞いてくる。
確かに恐ろしくヤバイものだという感覚があるのは確かだ。
魔力が暴走を起こせばどうなるかをフレデリカはよく知っている。
俺もこの目で見たし。
だから。
「だからこそ、ですよ。
俺じゃない誰かが処分を間違ったら、大変なことが起きます。
一応、ある程度は融通の聞く騎士だからこそ出来ることがあると思うんです」
「……知らないよ。
その魔晶石は、アキトさんが考えるより危険なんだから」
「気をつけます。
まだまだやらないといけない仕事もありますから」
こうして俺はこの依頼を受けることに決めた。
依頼者である男に必要事項の書類を書かせ、王国へ申請する。
優先度を最高にしたので恐らく申請は通るはずだ。
紅魔晶石のことを国がどう判断するかわからないので工夫は凝らすが。
「これで今日の手続きは終わりです。
申請が通れば今書いてもらった住所に通知が届きます
料金についても、通知でお知らせしますので」
「あぁ、わかった。
とりあえずブツは預けとく。
くれぐれも、慎重に扱えよな」
男は最後の最後まで紅魔晶石を指差しながら帰っていった。
なぜ国騎支援所にこの依頼をしたのかはわからない。
もっとヤバイ仕事を専門に受けてるところに頼めばいいような気がするんだが……
「まぁ、用心するに越したことはないな」
「私もう知らないからね?」
「大丈夫です。
これは国騎支援所の仕事なので、フレデリカさんの手を煩わせるようなことはしません」
「……そう、ならいいんだけど」
魔晶石を扱う仕事なら、なおさらフレデリカと絡むわけにはいかない。
なにせかなり純度の高い魔晶石だ。
些細なことで、フレデリカがまた暴走してしまうかもしれないし。
「じゃあ、私はそろそろ行くね。
明日は少し早いから戻らないと……」
「わかりました。
すいません、今日はありがとうございます」
「私は何もしてないけどね。
これからも頑張ってね、お仕事」
「はい! 勿論です!」
「……本当にそれ、気をつけてね」
そう言い残しフレデリカは去っていた。
依頼者の男もフレデリカも、この魔晶石がどれだけ危険かをわかっている。
わからないのは、俺だけ。
だが、あえて危険な仕事に手を出したという部分もある。
理由がないわけではない。
普通に考えればこの仕事を受けること自体が間違いだと俺は知っているから。




