第21話 暴走
「マジかよ……」
先程までのピンチが嘘のようである。
フレデリカが参戦してから、戦況は大きく変わった。
自由自在に動きまわる手投げ斧が、魔物をバッサバッサと斬り倒していく。
増援が来ても、その後すぐに倒されていくので押しきれるかもしれない。
「しついわね。
どれだけでてくるのよ!」
そう言ってフレデリカは、腰に取り付けられた小さな鞄から何やら取り出した。
小さな結晶のようにみ見えるが、アレは一体……?
「おいフレデリカ!
あまり無茶をするな!」
「大丈夫よこれくらい。
今はとにかく、押し切らなきゃね!」
フレデリカが取り出したものは魔晶石であった。
あれが使い捨ての魔晶石というものか。
あの魔法はフレデリカの持つ魔晶石の力で発揮されているというわけだ。
人間は自力で魔法を使うことが出来ないって言ってたし。
マジックポイントの回復あたりに使われてるのかもしれないが、実際はわからない。
「これなら大丈夫そうだな。
俺も手頃なやつの相手しないとな……」
呑気にしているうちにも魔物は増え続けるので、俺も戦わねば。
アリア、ガーティス、フレデリカ。
この三人がいれば余裕だろう。
戦闘が始まっておそらく一時間以上が経過した。
魔物は数を減らすどころか、逆に増えている。
兵士たちにも疲れが見え始め、押される者が増えてきた。
……まぁ、そのうちの一人が俺なんだが。
魔物の動きは鈍いため、一人で相手にしても余裕はある。
しかし、数の暴力で体力が削られてくるとかなり辛い。
通算何十匹目かの魔物を屠り、俺は汗を拭った。
「くっそ、減らねえなおい!
……そういえば、フレデリカさんは大丈夫かな。
魔法は人間の身体によくないって聞いたけど」
辺りを見回し、フレデリカを探す。
魔物の数が多いので探すのに苦労するが、金髪なのですぐ見つかった。
黒色の海に金色はよく目立つ。
だが、やはり状態はよくないようである。
「ハァ……もう……っ
いい加減に……してよね……!」
フレデリカの呼吸がかなり乱れている。
余裕は確かにあったはず。
しかし、味方の数に対して魔物の数が圧倒的に多すぎるのだ。
「数が多すぎるって!
このままじゃマジでヤバイんじゃねえの……!」
ガンガン数が増えていく魔物。
疲弊して戦力が落ちていく味方。
流石のアリアやガーティスでも疲れが見えてるってのにどうするんだ。
この異常事態に外の人間は誰も気づいていない。
訓練場が特殊なフィールドに包まれているとでもいうのか。
すると突然、俺の目の前に突然何かが飛んできた。
あぶねえ。
あと一歩でも前にいたら顔に直撃していたぞ。
「てか、今飛んできたのって……」
今、この戦場で飛んで回るものといったら一つしかない。
フレデリカの手投げ斧。
だが、なんで俺に向かって飛んできたんだ?
まさか俺が敵だと認識されたのか?
フレデリカを見てみると、ただ無言で敵と戦っている。
魔法を使いながら近接戦闘までこなしているのだ。
人の倍は集中力を要するはず。
しかし、このままではフレデリカがやられるのも時間の問題。
何とかして応援がたどり着ければいいんだが……
「これじゃ、無理か……!」
回りには百以上の魔物がいる。
ここをどうにかして助けに向かうなんて無理だ。
大体、アリアだってこの状況がわかっている。
フレデリカの応援に行きたいのは同じなはず。
でも、このままじゃ……
「……ァァアアアアアアアアア!!!!」
突然、訓練場に怒声のようなものが響き渡った。
同時に、フレデリカの操る手投げ斧が不規則に動き出す。
先程までとは明らかに違う動き。
これはまさか……
「これが、人間が魔法を使う代償なのか……!?」
フレデリカは自我を失い、暴走を始めた。
黒いオーラを放ち、眼は紅く輝く。
辺りにいるすべての者を蹴散らし、ひたすらに獲物を屠る姿はまるで、獣。
魔物の数は暴走したフレデリカと兵士たちの手によってどんどん減っていく。
さらに、フレデリカが暴走を始めてから魔物の増援が来なくなった。
最初からこれが狙いだったのか、はたまた増援が尽きたのか。
どちらにせよ魔物が減るのは助かる。
「アキト!
大丈夫か!?」
魔物が減ったおかげか、アリアがこちらへ応援に駆けつけた。
しかし、大体はフレデリカが駆逐しているし、俺もある程度は倒しているのでもう応援の必要はないんだけどな……
「何とか大丈夫です!
……でも、フレデリカさんが!」
「……暴走を始めてしまった。
これだけの敵と短時間で戦うことは想定していない……
身体に負荷がかかりすぎたんだ」
「やっぱり、人間が魔法を使うのって……」
俺が言おうとすると、アリアが黙って頷いた。
言いたい事はお見通しってことか。
「……フレデリカは、魔族の魔法器官が体内に移植されている。
しかし、不完全な状態でだ。
魔力の蓄積も、排出も魔族の何倍も下。
それでも魔法は普通の人間とは違って使うことができる……」
「魔法器官を……移植?」
「そうだ。
レギルディアでの人体実験でフレデリカは器官を移植された。
移植してなお、不完全なままだから捨てられたんだ」
「そんな……」
「今、彼女の魔法器官は暴走している。
遅かれ早かれ身体が内側から壊され、フレデリカは死んでしまう……」
魔法器官の暴走、そして、死。
人体実験によって手に入れた呪われた能力。
魔物を倒すためにその力を振るい戦っているフレデリカが、自らの力で死んでしまう。
そんな、そんなことが。
「そんなこと、あっていいはずがない!」
何としてでもフレデリカの暴走を止める。
今の俺には、それしか頭にない。