第20話 フレデリカの力
見渡す限り人型の魔物。
訓練場を埋め尽くすが如く現れたそれは、個々に動き始める。
「ちゃんとした武器と防具取ってくる!
それまで頼んだわよ! アリア!」
「わかった!
だが、早急に頼むぞ!」
フレデリカはそう言って訓練場内から離脱する。
模擬戦用の武器や防具では魔物を倒せないし、攻撃も防げない。
俺たちに実戦用の武器を用意させたのはこのためだ。
「……あたしはパス。
こいつらとじゃれあうために来たわけじゃないもの」
エルナは相変わらずといった様子。
アリアも構っていられないようで、リノシアとウォレスタの兵士たちに指示を出す。
「各自散開!
だが、一人では戦うな!
必ず二人以上で叩け!」
了解……!
と言いたいところだが、既に俺は孤立している。
クラスの班分けでぼっちになる確立が高い俺のスキルがここでも活かされてしまった。
四面楚歌とはまさにこのことで、四方に敵がいる。
すべて剣を装備した魔物だ。
ボウガンがトラウマになりそうだったのでこれは好都合。
まだやりようがある。
「アキト!
そっちに応援が行くまで持ちこたえてくれ!」
アリアが大剣を振り回しながら言う。
いつもなら無茶ぶりすぎると思う場面、今日の俺は一味違うぞ。
いや、俺だけじゃない。
ここにいる兵士全員が、エルナとフレデリカの戦いを見て燃えている。
そのおかげか、他の兵士たちもあまり苦戦はしていないようだ。
持ちこたえる……?
否。
別に、こいつらをすべて倒してしまっても構わんのだろう?
自らでも調子に乗っているとは思った。
だが、もう止められない。
前方の魔物へ向けて走ると、剣を逆手で構える。
ダガーを扱う時と同じスタイルだ。
魔物が振り下ろしてくる剣をなんなく避け、相手の脇腹に斬撃を加える。
そして瞬時に両手持ちに切り替え、がら空きの背中に一撃を加えると魔物はゆっくりと倒れた。
調子がいい。
残るは三匹、こいつらも全員倒してやる。
「おいアキト!
一人で突っ込みすぎるな!」
アリアの声が聞こえるが、そうはいかない。
なぜなら、三匹の魔物が既に俺へと攻撃を仕掛けてきているからだ。
その場から飛び退き攻撃を避ける。
空を切り裂いた剣は、勢いを失い地面へと叩きつけられた。
この隙を狙う。
飛び退いた直後、すぐさま前方へ踏み込んだ。
その威力を利用して突きを放てば、一匹の魔物の胸部を貫く。
これで二匹。
剣を魔物から引き抜き、右方の魔物へと標的を変える。
相手の繰り出してくる斬撃をすべて受け止め、隙が生まれたところを、攻撃。
一撃では倒れなかったが、後方にいるもう一匹の魔物にも対処しなければならない。
欲張りをせずに離脱。
後方にいた魔物は既に剣を振りかざしており、俺を狙った攻撃は味方であるはずの魔物を切り裂いた。
ラッキー。
これで残るは一匹。
「なんだ、随分と楽勝じゃん!」
ウォレスタで戦った時よりも余裕がある。
あの日は日頃の疲れが溜まっていたのかもしれない。
だが、今日は万全。
これならいくらでも相手にできる。
そう思った時。
「……おいおい、聞いてないぞ」
辺りにまたも霧が立ち込める。
闇の渦が発生し収束すると、人型の魔物は数を増していった。
増援だ。
「くそ、シミュレーションゲームかっての」
先程までの余裕は失われた。
それは他の兵士たちも同じようで、自分の回りにいる魔物の処理に精一杯という様子。
アリアやガーティスなど腕利きの兵士の回りには、大量の魔物が押し寄せている。
これでは俺を助けにくることなんて出来ない。
「で、そんな俺はどうしたらいいんだ……」
目の前には数えるのが面倒になるほどの魔物。
振り返っても状況は同じ。
四方の魔物は先程の十倍以上に数を増やした。
俺は腕利きじゃないってのに、そこそこの数の魔物をあてがわれてしまったぞ。
この状況でもエルナは戦っていない……というかいつの間にかこの訓練場から離脱している。
「……マジで死ぬんじゃないか」
剣を構えながら思う。
合わせるように四方から一斉に魔物が俺に向かってきた。
黒い波。
これを一体どう避ければいいんだ。
とりあえず、目の前の魔物に体当たりでもして、無理やり離脱経路をつくるか……?
いや、体当たりの瞬間に心臓でも貫かれたりしたら死ぬな。
でもこの場合、死ぬ以外のルートのほうが珍しい。
万事休す。
しかし、その瞬間。
押し寄せてきたはずの魔物の動きが止まった。
「……え?」
呟くと同時に、魔物たちの腹部が裂けていく。
まるで傷が開くみたいに……そんな感じだ。
目にも留まらぬ斬撃。
それがほぼ同時に、幾多の魔物へ向けて放たれていた。
「お持たせ!
ちょっと時間かかちゃった!」
声の主は、見慣れたような金髪ポニーテール。
兜を被っていないのは自信の表れだろうか。
青銀に輝く鎧と、白銀のハルバード。
反対側の手には小さな盾を装備し颯爽とその姿を現したのは。
「ふ、フレデリカさん!?」
魔物への斬撃は、思いもよらない方法で与えられていた。
フレデリカが腕を振るうと、どこからともなく手投げ斧が飛んでくる。
一本や二本ではない。
見る限り、十本はあるだろう。
それは意思を持ったかのように魔物たちを切り裂き、どんどん数を減らしていく。
「す、すげえ……」
役目を終えた手投げ斧は、フレデリカの腰に取り付けられたホルダーに自ら戻っていく。
自ら動かなくとも、魔物を殲滅する能力。
思い当たるものは、一つしかない。
「ま、魔法!」
「これが私の真髄、念力魔法よ!
私の仲間には、指一本触れさせない!」