第18話 金髪ポニテと酔いどれ騎士
ベヘルで移動して七日。
長い移動の末、ようやくリノシア共民国への国境が見えてきた。
ウォレスタとリノシアを分ける巨大な河。
レスア大河を越え関所を通ると、リノシア共民国で一番大きな街アルヴェスに辿り着く。
ベヘルを街の外に停めて、ここからは徒歩で進む。
リノシアは水源が豊富で、なおかつ農作物の育ちがいい。
アルヴェス街内にもそれが表れており、幾多の水路と農作物を売る農夫の市が開催されている。
「すげえ、水が超綺麗……!」
「だろ。
水だけじゃねえ。メシも最高にうめえから期待してな」
後ろにいたガーティスはそう言って自らの腹を叩く。
ウォレスタの飯も十分美味しかったのだが、それ以上と考えると今からお腹が空いてしまう。
あちらこちらに目を輝かせながらアルヴェスを歩いているうちに、リノシア城へと辿り着いた。
ガーティスが城の大臣と話をしている間、残された兵士らは宿舎へ向かう。
リノシアもウォレスタと同じように兵士の宿舎があった。
宿舎近くの大規模訓練場で今日からしばらくの間交流が行われるのだという。
「おぉ……でけぇ……」
思わず口から出てしまうほどの大きさ。
リノシアの大規模訓練場は、ウォレスタの競技用コロシアムとほぼ同じ。
いや、それ以上かもしれない。
訓練場には交流会に参加するリノシアの兵士たちが十数人ほどおり、俺たちを歓迎した。
その中でも最も目を引くのが、金髪ポニーテールの女兵士である。
エルナとは真逆の、青い瞳の女性だ。
「フレデリカ、久しぶりだな。
元気にしていたか?」
「えぇ、身体を持て余すくらいに元気よ。
そっちはどうなの?」
「こちらも同じさ。
今日からしばらく世話になるぞ」
フレデリカという名を一度だけ聞いたことがあった。
アリアと親しそうに会話をしているのを見ると、アリアと同じレベルの兵士ということだろうか。
細かいことはわからないが、美人であることに変わりはない。
それにしてもこの二人が並んでいると、姉妹みたいだ。
銀髪と金髪のコントラストが目の保養になる。
などと考えていると、アリアがこちらを向いて先の兵士を皆に紹介し始めた。
「こちらは、リノシア共民国兵士団団長兼、合同訓練統括者であるフレデリカ=シュタイン殿だ。
皆、失礼のないように」
紹介とともに「よろしく」と手を振るフレデリカ。
青い瞳がなんとも綺麗で、まるで宝石のように輝いている。
アリアやエルナも相当美人だが、フレデリカもそれに負けない美女だ。
「わかるぜ、アキト。
フレデリカは美人だからな」
「ですよねー。
いや、なんというか、こう、グッとくるものが……って」
気づけば隣にガーティスが立っている。
俺の心を読んだかのように話しかけられたので思わず普通に会話しそうになってしまった。
「悪い悪い。
アキトがマヌケな顔してフレデリカを見てるから面白くてな
回りの兵士もおんなじような顔してるが、お前のはとびきりだったぜ」
そういうとガーティスはアリアの元へと向かっていく。
気配を消すのがうまいのか、それとも単に俺が周りを見れていないだけなのか。
昨日に引き続き二度も面を喰らってしまった。
「な、なんつか……
絶妙に掴みにくい人だな……」
そんな俺を知ってか知らずか、豪快に笑うガーティスの声が訓練場に響き渡るのだった。
その日の夜。
交流会初日はウォレスタ、リノシア双方の兵士による食事会が行われた。
ガーティスの言っていた通り、晩飯はすこぶる美味しい。
酒も同じくうまいのか、明日から合同訓練が行われるというのにも関わらず、兵士たちはみんな酒を飲んで酔っ払っている。
その中に上級騎士のガーティスも含まれているのが一番の心配どころだ。
アリアやフレデリカがこの場にいないのが救いか。
どうにも夜中まで続きそうな雰囲気だったので、早々に離脱させてもらおう。
俺にはやらなければならないことがあるのだ。
「まぁ……
ここらでいいか」
宿舎近くの開けた土地を見つけると、先ほど借りてきた訓練用の剣を構えた。
殺傷能力は比較的に低いが、重さは普通の剣と同じ。
軽く、一度素振り。
感覚を掴んでから何度もそれを繰り返す。
云わば自主練のようなものだ。
折角騎士になれたのだから、相応の力を身につけるのは当たり前。
ましてや、足手まといになるなんてことは絶対にあってはならない。
そんな影の努力は、誰にも見られないはずだった。
だが、それを見ている者が一人、いや、二人いるなんて思いもしないわけで……
「あの人は確か、ウォレスタの……」
「あぁ、アキト=カゼミヤだ。
よく覚えてたな」
「えぇ、ガーティスの隣にいたのを見たから……
そう、じゃあ彼が……」
「そうだ」と言ってアリアは酒を一口飲んだ。
宿舎の三階。
アリアが泊まっている部屋で、私とアリアは二人で語り合っていた。
酒を話の薪にしていたところ、外から物音がする。
窓を開けて見てみるとそこではアキトという人物が素振りをしていたのだ。
「随分と熱心なんだね、彼。
今日くらいはお酒でも飲んでゆっくりしてればいいのに」
「真面目なんだよなー、アキトは。
もう少し砕けてくれればいいんだけど……」
「気に入ってるのね、その、アキトさんのこと」
「そりゃ当然。
なーんせ、私の修行についてきた愛弟子だからなー」
アリアの酒は止まらない。
実を言うとアリアは既に酒を相当飲んでいる。
今日の内に酒樽をまるまる一つ空けるだろうけど、本当に大丈夫なのだろうか。
飲むペースが落ちないのが恐ろしい。
「明日動けないとか困るからね?」
「わーかってるって!」
「……もう酔ってるじゃない」
「いいんだよ、今日くらいは!
フレデリカも言ってたじゃーん」
「はいはい……」
そう言って窓の外のアキトに視線を戻す。
熱心に、ただひたすらに剣を振るっている。
こちらに気づく素振りは一切ない。
「アキトさー、模擬戦、頑張ったんだよ……
ニック相手に一本取ったんだ、上出来だよ」
不意にアリアの声のトーンが少し下がった。
目が少し潤み、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「私、勝てるって言ったのよ。
勝てるって言っちゃったのよー……」
アリアはため息をついたあと、また酒を煽った。
木製のジョッキをテーブルに叩きつけ、うなだれる。
「私のせいで騎士団入れないみたいなものだった。
入れたら魔物との戦闘を私が止めて、死にかけなくてもよかったし」
「……相当酔ってるね、アリア。
アリアがそんなに酔うなんて珍しい」
「私とて酔うよ、人並に……」
アリアはアキトのことを相当気にかけているようだ。
普段は男顔負けの雄々しさを見せているアリアだが、根の部分ではこんなにも弱い。
自らの部下に心配をかけたくないのはわかるが、あまり抱え込むのもどうか思う。
「……って、それは私もか」
いつの間にか眠っていたアリアに布団をかけ、少しだけ酒を飲む。
喉と頭が熱くなるような、ちょっぴり強めのお酒だ。
「アキト=カゼミヤ、か……」
結局その日アキトが自主練を終えたのは、それから二時間ほど経った後のことだった。