第17話 見知らぬ地へ
ウォレスタ王国を魔物が襲った日から、およそ一ヶ月。
栄養バランスのいい食事と薬のおかげで身体は全快といっていいくらいに回復した。
身体を動かすには申し分ない。
怪我で身体を動かせない間、世話をしてくれるメイドにこの国と他の国について聞いた。
他の国というのはウォレスタより北にあるリノシア共民国と遥か東のレギルディア神国のことで、リノシアとウォレスタは国同士の仲がいい。
レギルディアは巨大な山脈の先にある交流の機会が少ない国だ。
そしてもう一つ、海を挟んだ先にまだ建国したばかりの国がある。
半魔族の国、フュネイトだ。
半魔族は魔族と人間の狭間にいるため、人間と魔族、どちらの側にいても迫害を受けやすい。
結局、半魔族が迫害を受けないためには自らで国を建てるしかなかったのだ。
幸い半魔族のために動く有志は少なくなかったので建国まで時間はかからなかったという。
俺は、先の戦いで『国のために最後まで戦った戦士』と評価されている。
ついでに『死にたがり』といういらないアダ名も手に入ってしまったが。
実際はエルナが戦ったのだが、魔物殲滅後、秋人がその場で気絶したことになっていた。
エルナが説明を面倒くさがったのが目に見える。
ウォレスタ国王は自らの危険を顧みずに戦った俺に騎士の称号を与えてくれた。
所属する部署のようなものはまだ決まっていないが、リノシアで行われる新人騎士交流には参加することになる。
出発は三日後、必要なものはあらかた支給されるので最低限の荷物だけを持つようにアリアに言われた。
しばらくベッドで自堕落な生活を送っていたので、体力がかなり落ちている。
できるだけ取り戻そうと軽いトレーニングを始めたのだが……
「尋常じゃないくらいに体力落ちてるな……」
とりあえず走り込みでもしようとウォレスタ王都の外周を走っていたのだが、半分もいかないうちに息が上がってしまった。
街の中を走るくらいならいけたかもしれないが、この様子だと危ないだろう。
いつもなら走り込み程度で息が上がることはなかった。
アリアの特訓のおかげでかなり体力がついたと自覚している。
そのため、少しばかり体力に自信を持てていたのだが、こうも体力がが落ちるとは思っていなかった。
仕方がないので、無理をしない程度のトレーニングにとどめておくことにする。
もしのここで無理をすれば、新人騎士交流の前に体調を崩してしまうかもしれない。
「……帰るか」
俺は走り込みを諦め、結局その日は室内で出来る簡単なトレーニングだけで終了した。
次の日のトレーニングもあまり充実したものではなく、体力を取り戻すことができないままリノシアへ出発する日が訪れた。
少しだけ筋肉痛で身体が痛むが、前のと比べると痛みのレベルは低い。
身支度を整え、宿舎の外に出る。
リノシアへ出発する騎士たちは、早朝、宿舎の周りに集められた。
「アキト、調子はどうだ?」
「アリアさん、おはようございます。
調子は……まぁ、普通ですね」
宿舎の周りに集まった騎士は合計十二人。
そのうち二人は、新人騎士ではなく付き添いの上級騎士であるアリアとガーティスだ。
なので俺を含めて新人騎士は十人ということになる。
アリア以外の騎士は鎧や武器を装備しておらず、護服のみの姿だ。
騎士の数は少ないにしても、鎧や武器はかさばってしまうため移動の邪魔になる。
鎧と武器はこちらから持っていくのではなく、リノシアのものを使わせてもらうのだろう。
「結構人数少ないんですね。
もっと多いと思ってました」
「あぁ、今回はかなり絞った
半期ごとに兵士は募集しているが、兵士の質を高めるためにも判定が厳しくなったんだ」
騎士の強さは国の強さ。
新人育成に時間を割くのは当然だが数が多いと指導の質も落ち、結果として兵士全体の質が下がる。
そのため近年は合格者の数を減らし、新人騎士の育成に力を注いでいるらしい。
リノシアでの新人騎士交流もその一環だ。
「そろそろ出発だ。
ベヘルに乗り込む準備をしておいてくれ」
そう言ってアリアは軽く手を振り去っていた。
ベヘルは四足の草食竜のことで、人にも懐く大人しい竜だ。
この世界では主に長距離移動の際、馬車のような役割としてベヘルが用いられる。
スタミナ、パワー、スピード。
全てにおいてベヘルは長距離移動に適していると聞いた。
今回ベヘルは四匹連れられ、二匹一組となって一つの車を引く。
リノシアへ到着するのはおよそ七日後。
一日の移動時間は多くても八時間だそうだ。
「ケツが痛くならないか心配だな……」
いや、ケツの心配をしている場合ではない。
すでに他の兵士たちが並び始めているので、自分も整列しなければ。
ほどなくすると、俺達の前に大男が現れた。
アリアと同じ装飾の施された鎧を着ていることから、この大男がガーティスなるものだろう。
恐らくガーティスは秋人が草原でドラゴンに襲われた時、アリアたちと一緒にいた討伐隊の一人で、ランスと大盾を装備していたあの男だ。
「厳しい試験を乗り越えた者たちよ、今日はよく集まってくれた。
我々一同はこれより、リノシア共民国へ向けて出発する。
長い移動になるが騎士となればこれよりも厳しいことだらけだ。
一つの修行だと思って交流会に臨んでくれ、以上だ」
ガーティスが話を終えると、新人の騎士たちは一斉に了解の旨を叫ぶ。
満足したようにガーティスは頷き、ベヘルがいる街の外へ移動するように新人騎士たちに命じた。
先導はアリアが行い、ガーティスは最後尾を歩く。
ガーティスが来るまで俺が最後尾だったので、後ろにガーティスがついた。
近くで見るとガーティスの大きさがよくわかる。
身長は190cmはあるように感じられ、鎧の隙間から見える筋肉質な身体が強さを滲ませる。
もしニックではなくガーティスと戦うことになっていれば、あの時より早く決着が着いていたかもしれない。
もちろん、俺の負けで。
「おい青年、お前がアリアの言っていたアキトだな。
ニックとの戦いを少しだけ見させてもらったが中々やるじゃねぇか。
それに、魔物との戦いの噂も聞いてるぜ」
後ろのガーティスが語りかけてきた。
新人騎士の前で話していた時のような堅苦しい語り口調ではない。
それに少し驚いたが、気を取り直して答える。
「あ、はい。ありがとうございます。
アリアさんのおかげで少しは粘れました。
結果負けちゃいましたけど……」
あえて魔物との戦いのことには触れないでおこう、
あれは誤解だと説明するのも面倒だし、なにより噂が広まってる以上、謙遜と捉えかねない。
なのでニックとの戦いについてだけ答える
「アリアはスパルタだからなぁ。
何にせよ騎士にはなれたんだ、よかったじゃねえか。
これからも期待してるぜ」
そう言ってガーティスは俺の背を手のひらでバシリと叩いた。
本人は軽く叩いたつもりだろうが、十分なダメージだ。
赤くなっていそうだと背中を手で擦っていると、いつの間にかウォレスタ王都の東門に着いていた。
アリアが門扉の前の兵士と掛け合い扉を開かせる。
扉の先には、この世界で初めてみた光景である広大な草原が広がっていた。
どこか懐かしさを覚えつつ、ベヘルの元に向かう。
ベヘルの準備は、とうに整えられている様子。
六人ずつに分かれ、異なるベヘル車に乗り込むと、ガーティスと同じベヘル車になった。
ガーティスが出発の合図を出すと、まもなくしてベヘルが動き出す。
思ったよりも揺れないので快適な旅を満喫できそうだ。
目指すはリノシア共民国。
まだ知らない、別の地。別の国。
ベヘル車は大きな期待を乗せて、移動の速度を早めていった。