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第16話 女性に半裸を見られるのは慣れてはいません

 どれくらい経っただろうか。

かなり長い時間眠っていたような気がする。

重い瞼をこじ開けても、濁った視界はなかなか晴れない。

やがて景色は実像となり、知覚できるようになった。

前と変わらない天井。


 何故、自分はここにいるのだろうか。

思考を加速させた時、自らが置かれていた状況を思い出す。

人型の魔物、逃げ惑う人々、戦い、そして倒れる騎士。

俺も魔物と戦い、そして――


 身体を動かそうとした時、左肩と左脇腹に痛みが走った。

かけられていた布団を半分だけのけて見ると、上半身に包帯がまきつけられている。

傷はある程度治っているのか、包帯に血が滲んでいるということはない。


 魔物の攻撃で肩と脇腹を負傷した時、俺は死を覚悟していた。

最後に覚えているのは、燃え盛る炎の中心でこちらを見つめるエルナの姿。

彼女と炎はまるで一心同体で、エルナは炎を操る魔法使いのようだった。


 彼女は一体、どうなっただろうか。

考えるより先に、答えは返ってきた。

というより、答えはそこに居た。


「目、覚めたのね。

 生きてるなんて思いもしなかったけど、まぁ、いいわ」


窓のそばに立つ女性は、最期に見た炎のような赤髪を揺らしこちらへ振り返った。

冷たく退屈そうな金色の瞳で俺の全身を見る。


「上半身だけじゃわからないわね」


 そう言うとエルナは俺の布団を剥ぎ取り、身体の様子を確かめた。

俺は今、所謂『パンツ一丁』なのでとんでもなく恥ずかしい。


 しかし、身体を動かすとそれ以上に辛い思いをするので、それに比べればまだなんとか我慢ができた。

歳もそんなに変わらない女の子にほぼ裸のような肉体を晒すというのはこんなにも恥ずかしいのか……

俺は見られて興奮するような趣味はない。


 身体が変な汗を掻く前にエルナは観察を終えた。

どうやらエルナ的に問題はなかったらしい。


「ま、大丈夫ね。

 骨も折れてなかったし無駄に頑丈ね、あなた」


「無駄にって……

 あ、でも、助けてくれてありがとう。

 こうして生きてるのも君のおかげだ」


 礼を述べると、エルナは一瞬驚いた表情を見せたがすぐにいつもの顔に戻った。


「助けたつもりはないわよ。

 邪魔な死体を片付けようとしただけだし」


 「あと、呼ぶときはエルナでいいわ」と、顔色を変えずに淡々と言う。

物騒な言葉の後に言うことではないような気がする。

本当に死体処理のために運ばれたのかもしれない。

エルナならやりかねない。


 しかし、あの状況なら魔物の残骸と一緒に燃やしてしまえばよかったのではないだろうか。

国籍のようなものがあるかわからないが、俺はこの世界において本来存在しない者だ。


「……ん、待てよ?

 炎……?」


 言葉に反応するようにエルナが視線だけをこちらにむけた。

「なに? どうかした?」と尋ねるような眼差しに答えるため口を開く。


「あの、なんか、炎を操っていたように見えたんだけど……

 アレは一体なんだ?」


 放たれた言葉にエルナは小さくため息をついて目を逸らす。

何故か期待はずれといった様子だ。

え、この場合正解とかがあるのか?

エルナは一度逸らした視線をまたこちらへ向け直すと、答えを口にした。


「魔法よ

 魔法を知らないなんて、あなたどこから来たのよ」


「ま、魔法!?」


 魔法といえば、雷を発生させたりワープしたり光の壁を作り出したりできるまさに神秘。

ニックたちが召喚が云々と言っていたのを思い返してみると、魔法が存在するのは当たり前なのだがすっかり忘れていた。


「本来、人間は魔法を使えないんだけど。

 コレがあれば身体に負担はかかるけど使えるのよ」


 そう言ってエルナは腰のレイピアを指差す。


「……武器?」


「違う、この結晶」


 レイピアの刃元に煌めく青い結晶。

結晶の中心には赤い小さな宝珠が埋め込められていた。


「この魔晶石の中に魔法が封じられていて、魔法を使うと宝珠の色がだんだん褪せてくる。

 ヒビが入ってぶっ壊れるまでは使えるはずよ」


 「ま、その前に身体が壊れるけど」とエルナは付け足す。

エルナが炎を操ることが出来たのは、どうやらこの魔晶石のおかげらしい。


「どうやって魔法出してるんだ?

 使うっていっても色々あるだろ?」


「まぁ、大体は念かしら。

 人によって詠唱だったり特定の動作だったりするけれど。

 使い捨ての魔晶石だったら叩き割れば魔法が発動する。

 私はレイピアのグリップと魔晶石がリンクしてるから念で発動。

 アリアも似たようなタイプね」


 なるほど。

聞いたところかなり便利そうだ。


「でもなんで人間は魔法を使えないんだ?

 身体に負担がかかるから?」


「……あなた、なにも知らないのね」


 そう言うとエルナは再びため息をついた。

今度はとびきり大きいため息だったが、「ま、いいわ」と身体ごとこちらへ向き直る。


「魔族の体内には魔力を蓄積させたり、余計な魔力を排出する臓器があるの。

 この臓器から魔力を反応させて魔法を使う……

 人間に当然これはないわ。

 だから、魔法は使えない」


「だから魔晶石か」


「危険物よ、コレ。

 魔晶石を使うと体内に魔力が逆流する。

 臓器がないから行き場を失った魔力は身体の中で暴れまわるわ。

 魔力は身体の内側から人間を破壊させていくの。

 ま、魔族のものを無理やり使ってるから自業自得だけど」


 魔晶石による負担はかなり少ないように見える。

しかし、実際のところ魔力は体内に残留し続けるので急にタイムリミットが来るらしい。


「なるほど……大体わかった。

 で、その魔晶石ってどうやって作ってるんだ?」


 その質問にエルナは少し顔をしかめた。

そして、目線を逸らす。

何か言い難いことがあるかのように感じる。

エルナがそれを口にしようとした瞬間、ドアが開く音がした。


「アキト!

 よかった!目を覚まし……たん、だな……」


ドアの方を見ると、そこには鎧姿のアリアが立っていた。

が、こちらを見た瞬間急に顔赤くなる。

疲れで体調があまりよくないのだろうか。


 考えてみれば、俺が魔物と戦ってる最中、アリアも魔物と戦っていたのかもしれない。

それに俺が眠っている時間も働いていただろう。

疲れるのは当然だ。

しかし、なぜこちらを見てくれないのだろう。


「はい、エルナのおかげで助かりました。

 もう少しで動けるようになると思います」


「そ、そうか……!

 じゃ、邪魔をしてすまない……!

 お大事に……」


 アリアはそう言うとぎこちない動きでこちらに背を向ける。

そして何故か深呼吸をして出て行った。


「……?

 アリアさん、調子悪いのかな」


「悪いっていうより、驚いたんじゃない?」


「驚いた……?」


あ、忘れていた。

エルナがあまりに動じないのですっかり忘れていた。

俺……今パンツ一丁じゃん。


「ドアを開けていきなり半裸の男はアリアには刺激が強すぎたようね。

 騎士は男だらけだけど、裸体なんて滅多に見ないし。

 変な勘違いされてなきゃいいわね。

 ノックしないのも悪いと思うけど」


 そう言われると余計に恥ずかしい。

頬が熱くなり、行き場のない感情が波となって押し寄せてくる。

穴があったら入りたいとはまさにこのこと。

恥ずかしさで悶絶もんだよこれ。

しかし、エルナはそんな俺を無視してドアの方へ向かっていく。


「じゃ、あたし行くから。

 今度は死なないようにね」


「おい! 無視かよ!

 俺は今盛大にショックを……って

 今度は……?」


 今度というワードが気にかかる。

まるでこれからも俺が戦いに見を投じていくのを知っているかのような発言だが。


「あ、言い忘れてた。

 あなた、王国のために最後まで戦った戦士って評判よ。

 騎士の称号も与えられるって噂」


 「よかったわね」と残しエルナは部屋を出て行った。

王国のために最後まで戦った戦士……響きは悪く無い。

だが、ニックとの戦いに敗れた俺が騎士の称号を与えられてもいいのだろうか。


「あ、言い忘れてた」


 出て行ったはずのエルナが戻ってくる。

言い忘れるのは二度目だぞ。


「あと、『死にたがり』ってアダ名がついたわ。

 私が広めたんだけど」


 エルナはそう言うと今度こそ部屋を出て行った。

というか、変なアダ名をつけないで欲しかったが、今は騎士の称号が送られるという情報で頭が一杯だ。

本当にそうならこれは願ってもないことなのだが……


「ま、マジか……」


 誰もいない部屋にその言葉だけが残響を残し、やがて消えていった。

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